「高校三年生男子が欲しいもの」
「バイク」
「東大に現役合格できる頭脳」
「運動神経」
「いや、やっぱ、金だろ」
「ロマンねぇな」
「なんだよ、世の中結局は金だろーが」
「けっ。金じゃねーよ。愛だろ。俺は愛がほしい……彼女がっ、彼女が、ほしい!」
昼休み。中庭でいつものメンバーと弁当を食べているのだが、なぜか今一番欲しいものは何か、という話になった。
悪友のひとりは、彼女が欲しい欲しいと駄々っ子のように喚いている。
「あー、また始まったよ……」
「頭も顔も別に悪くないし、背だって平均以上あるのにさぁ。なぁ、なぁ、なんで俺に彼女ができねーの?」
「そういうとこだろ」
「そういうとこだな」
「俺が女だったら、こいつだけは彼氏にしたくねーな」
「うるせーよ。これだから彼女持ちは!」
「彼女持ちは彼女持ちで、それなりに色々悩みもあるんだが?」
「単なる惚気だろ!」
ギャーギャーうるさいやつめ。
普段はいいヤツなんだが、一旦、彼女欲しいと言い出すと、しばらくうるさいんだよなぁ……
「お前ら、うるせーぞ。ほら、チラチラ見られてんだろ。周りの迷惑も考えろ。静かに食え」
「はーい、お父さん」
「誰がお父さんだ。お前らみたいな子供作った覚えは無い!」
「そんな……ボクの本当のお父さんじゃないなんて!グレてやる!」
「おーおー、グレてみろ」
おさまらない騒がしさ。
だが、不快ではない。
俺は欲しいものが特にない。
つまらんヤツだと言われるだろうから、こいつらには言わないが、幼い頃から物欲がなかったので「誕生日になにが欲しい?」と聞かれるたびに困っていた。
今、特に欲しいものはない。
ないのだが……
こんな風に、こいつらといつまでもいられればいいのに。
心の中でそっと呟き、弁当箱の蓋をする。
それは、けっして叶うことがない願い。
────今一番欲しいもの
「揶揄われる筋合いはない」
ある人は、キラキラネームだな、と言う。
別の人は、古風なお名前ですね、と言う。
人によって印象が違うのは仕方がないけれど、どうやら読めない人はキラキラネームと認識しているようなのだ。
仕方がないのかもしれない。
だが、わざと間違った読み方をされ揶揄われるのは腹が立つ。
小学生のころ、揶揄ってきた同じクラスの男子に反撃して泣かせたことがあるが、これは黒歴史だ。
この名前を読める人も、なぜこの漢字でその読み方なのか、知っている人は多くない。
私の名前の由来は、それと関係がある。
だが、由来を長々と説明するのは面倒で仕方ない。
古今和歌集の和歌でも使われている言葉。
読み方は珍しいけど、意外とこの名前の人は存在している。
私と出会った人は、この先どこかで私と同じ名前の人に会ったとき、間違うことなく読めるはずだ。
「そうは言うけど、まだ出会ってないなぁ」
長い付き合いの友人が、子供をあやしながら呟く。
高校入学時にクラス名簿を見て、名前の読み方を尋ねてきたのがきっかけで話すようになった子だ。
「大学の時の友達で、今パートで医療事務してる子がいるんだけど、この前、私と同じ名前の患者さんがいたって」
「へー。どんな感じの人だったって?」
「おばあちゃんだったらしい」
「やっぱり古風な名前なんだよー。まぁ私も人のこと言えないけど」
「だよねー」
この子に限らず、私の友達は古風な名前の子ばかりなのだ。不思議なことに。
────私の名前
「君は決してこちらを見ない」
君が誰を見ているのかなんて、初めからわかっていた。
そんなヤツやめとけ。
そう言えたらいいのに。
悔しいことに、そんなこと言えないほど、あいつはいいヤツなのだ。
しかも、あいつも君のことをいつも見ている。
入り込める隙間など無いし、入り込もうとも思わない。
いい加減もう諦めてしまいたいのに、なぜ君から目を離せないのだろう。
そして、君が振られることを願ってしまう。
こんな人の不幸を願うようなヤツが、君の視界に入るわけないのに。
────視線の先には
「あなたは、なにもできない」
うまく人と話せないあなたの友達は、私だけ。
あなたは、私がいなければカフェでお茶もできない。本も洋服も買いに行けない。
そうなるように、私がしたから。
このまま大人になったら、あなたは私がいなければ何もできない。
それでいいの。
私が何もかもうまくやってあげる。
一生、私があなたの世話をするの。
そうなるように、私がしたから。
このまま、ずっとずっと一生、あなたは私がいなければ生きられないの。
なんて楽なのでしょう。
あなたは全部私に任せていればいい。
あなたは幸せ。私も幸せ。
あなたは逃げることはできない。
逃げようと思うことがないように、私が教え込んだから。
ずっと、ずっと私だけのあなたでいて。
私だけを見ていて。
────私だけ
「海沿いの町」
幼い頃、何度も何度も見ていた夢があった。
一緒に遊んでいる男の子は、たぶん幼馴染なのだろう。なんとなく、そんな気がした。
そして、その夢の中で住んでいるのは海沿いの町。
高校生になるまで、本物の海を見たことなんてなかったのに。
自分でお金を稼げるようになってから、海沿いの町へと旅をするようになった。
大きくなるにつれ、その夢を見ることはなくなってしまったが、夢に出てきた町が何処なのか知りたかったのだ。
そこに行けば、その男の子と会えるような気がしたから。
何年もかけて海沿いの町を巡ったが、その町を見つけることはできなかった。
所詮は夢か。
そう思って諦めかけていたとき、夢の中の男の子にどことなく似ている男性と出会った。
トントン拍子で話が進み、出会って半年もしないうちにプロポーズ。
連れて行かれた彼の故郷は、島で、何度も何度も見ていたあの夢の町とそっくりだった。
────遠い日の記憶