「あなたは、なにもできない」
うまく人と話せないあなたの友達は、私だけ。
あなたは、私がいなければカフェでお茶もできない。本も洋服も買いに行けない。
そうなるように、私がしたから。
このまま大人になったら、あなたは私がいなければ何もできない。
それでいいの。
私が何もかもうまくやってあげる。
一生、私があなたの世話をするの。
そうなるように、私がしたから。
このまま、ずっとずっと一生、あなたは私がいなければ生きられないの。
なんて楽なのでしょう。
あなたは全部私に任せていればいい。
あなたは幸せ。私も幸せ。
あなたは逃げることはできない。
逃げようと思うことがないように、私が教え込んだから。
ずっと、ずっと私だけのあなたでいて。
私だけを見ていて。
────私だけ
「海沿いの町」
幼い頃、何度も何度も見ていた夢があった。
一緒に遊んでいる男の子は、たぶん幼馴染なのだろう。なんとなく、そんな気がした。
そして、その夢の中で住んでいるのは海沿いの町。
高校生になるまで、本物の海を見たことなんてなかったのに。
自分でお金を稼げるようになってから、海沿いの町へと旅をするようになった。
大きくなるにつれ、その夢を見ることはなくなってしまったが、夢に出てきた町が何処なのか知りたかったのだ。
そこに行けば、その男の子と会えるような気がしたから。
何年もかけて海沿いの町を巡ったが、その町を見つけることはできなかった。
所詮は夢か。
そう思って諦めかけていたとき、夢の中の男の子にどことなく似ている男性と出会った。
トントン拍子で話が進み、出会って半年もしないうちにプロポーズ。
連れて行かれた彼の故郷は、島で、何度も何度も見ていたあの夢の町とそっくりだった。
────遠い日の記憶
「あの空の向こうに」
子供の頃は、何かに似ている雲の形を面白がっていた。
くまさん、ひつじさん、ソフトクリーム、ぎょうざ、サンタさんのおひげ。
少し大きくなって、宇宙の存在を知った。
「この空の向こうの、ずっとずっと向こうに宇宙があるんだ……」
そう思うようになった。
社会人になると、空を見る余裕が無くなってしまった。
ただでさえ慣れない都会でのひとり暮らし。
その上、いわゆるブラック企業に就職してしまったのだ。
身体も心も傷ついて、仕事を辞めて実家に戻ってからは、日中の空は恨めしいものに変わり……
ようやく家事が出来るまで立ち直った頃。
このあと晴れ続けるのか、洗濯物を夕方まで外に出しておいても大丈夫なのか、そんなことが気になるようになった。
そして今、再び雲の形が何に見えるかを楽しんでいる。
この空は何処かにつながっているということ。
当たり前なのに不思議だと感じる。
身体は土に、魂は空に還る──などと言うが、この先、年を重ねたとき、そして最期の時が近づくとき、どんなことを思って私は空に手を伸ばすのだろう。
────空を見上げて心に浮かんだこと
「旅するように」
何もかも捨てて、知っている人がひとりもいないところへ行きたくなることがある。
家族もなく、友達と呼べるような関係の人もいない。
知り合いはいるが、お互い自分自身のことを詳しく話したこともないから、私がいなくなっても気にも留めないだろう。
幸いなことに、仕事は何処にいても出来る。
海外に出るのは色々と手続きが面倒そうだし、日本食が恋しくなるのは確実なので、日本国内であれば何処でもいい。
ひとつの地域に三年居るか居ないかの生活は、ある意味とても気楽だ。
その反面、面倒だし、時々こんなふわふわしていて良いのだろうか、とも思う。
だが、ひとつの地域にずっと居ると見えないものもあるのだ。
終わりを決めるということは、始まるということ。
環境を強制的に変えて、リセットをしないと息が詰まる。
それでも、時々思うのだ。
流れて、流されて、たどり着いたその先は、何処なのだろう、と。
地図を広げて、布団に寝転がる。
目についた街の名前が綺麗だったというだけで、其処に決めた。
いつか、ずっと此処にいようと思える日が来るのだろうか。
その時が来たら、今まで荷物になるからと買っていなかったベッドを買おう。
────終わりにしよう
「新店オープン」
自宅から車で二十分ほどの場所に新しくオープンしたお店に行った時のことだ。
開店日から三日間、買い物すると先着で粗品が貰えるという。
あと数分で開店という時刻になり、車から降りて店の入口前に出来ている待機列に並ぼうとしたそのとき、声をかけられた。
「えっ……ええっ……うそっ!なんで?」
小学生の頃、仲が良かった子だった。
中学はそれぞれ私立と公立に分かれてしまい、どちらともなく連絡が途絶えてしまったのだが、まさかこんなところで再会するとは。
社会人になり、転勤の多い職場だったため、全国各地を転々としていた私。
転勤先であるこの地域の地元の人と結婚し、再就職。
故郷から、だいぶ離れたこの地で生活して、そろそろ五年経つ。
彼女の方はというと、夫のご実家がこの辺りで、こちらで子育てをしようと、最近引越してきたのだという。
しかも、私の家のすぐ近くに住んでいて、子供の年も同じなのだ。
「もー、本当にびっくり。すごい偶然!」
思わずオープン記念で貰える粗品のことも忘れ、盛り上がってしまった。
無事、粗品をもらった私たちは再会を喜び合い、連絡先を交換。
それ以来、彼女との関係は続き、もうすぐ二十年経つ。
その間、様々なことがあったが、彼女がいたから乗り越えられたと言っても過言ではない。
あの日、偶然再会した店は、もう無い。
だが、その跡地に建っている赤い屋根の建物は、彼女と私の店だ。
本日開店するこの店が、誰かの素敵な出会い、もしくは再会の場になりますように。
そう願いながら、ふたりで店の扉を開く。
────手を取り合って