「新店オープン」
自宅から車で二十分ほどの場所に新しくオープンしたお店に行った時のことだ。
開店日から三日間、買い物すると先着で粗品が貰えるという。
あと数分で開店という時刻になり、車から降りて店の入口前に出来ている待機列に並ぼうとしたそのとき、声をかけられた。
「えっ……ええっ……うそっ!なんで?」
小学生の頃、仲が良かった子だった。
中学はそれぞれ私立と公立に分かれてしまい、どちらともなく連絡が途絶えてしまったのだが、まさかこんなところで再会するとは。
社会人になり、転勤の多い職場だったため、全国各地を転々としていた私。
転勤先であるこの地域の地元の人と結婚し、再就職。
故郷から、だいぶ離れたこの地で生活して、そろそろ五年経つ。
彼女の方はというと、夫のご実家がこの辺りで、こちらで子育てをしようと、最近引越してきたのだという。
しかも、私の家のすぐ近くに住んでいて、子供の年も同じなのだ。
「もー、本当にびっくり。すごい偶然!」
思わずオープン記念で貰える粗品のことも忘れ、盛り上がってしまった。
無事、粗品をもらった私たちは再会を喜び合い、連絡先を交換。
それ以来、彼女との関係は続き、もうすぐ二十年経つ。
その間、様々なことがあったが、彼女がいたから乗り越えられたと言っても過言ではない。
あの日、偶然再会した店は、もう無い。
だが、その跡地に建っている赤い屋根の建物は、彼女と私の店だ。
本日開店するこの店が、誰かの素敵な出会い、もしくは再会の場になりますように。
そう願いながら、ふたりで店の扉を開く。
────手を取り合って
「他人を巻き込まないで」
多くの人々が他者と自分を比べているものだと知って驚く。
優秀な人を見ても「すごいなぁ。努力したんだな」と思うだけで「それに比べて私は……」とまでは思わない。むしろ何故そこで自分のことが出てくるのかと思うのだ。
「ええ……それって『羨ましい』って思ったことないってこと?」
「あー……どうなんだろう。よくわからない」
同僚に信じられないものを見る目で見られている気がする。
「じゃあ『あの人に勝ったわ、ふふん』みたいなことは?」
「ないかな。そもそも競争したいと思わないし」
まるで宇宙人を見るような目で同僚は私を見ている。いや、だって競争って面倒じゃない?
「あまり人に言わない方が良いよ、それ」
「なんで?」
「多くの人は、他人と自分を比べているものだから。それに、劣等感強い人のなかには『人は人、自分は自分』っていうタイプ見るとイラっとして攻撃的になる人もいるから……」
同僚はため息をついた。
そう言われてみれば、私に対してだけ、やたらと当たりが強く、仕事に支障が出るレベルの嫌がらせに近いことをしてくる同期がいるが……
私のことが気に食わないのは、コンプレックスを刺激されるからってこと?
なんだソレ。知らんがな。自分の心の事情に他人を巻き込まないでほしい。
「まぁだから、あの人には気をつけて」
「あー、うん。ありがとう。大丈夫。レコーダー持ち歩いてるし、言われたこと逐一メモしてるから」
「こわっ」
「いや、仕事に支障出てるし、然るべきところに持っていくには証拠が必要だし」
同僚とのこの会話のあと、同期からの嫌がらせがぱったり止んだ。
まぁ、これで終わりなら、どうでもいいのだけど。
────優越感、劣等感
「ほんとうの家族」
物心ついた頃、すでに親族がいなかったから、血の繋がりのある者同士の関係は、今でもよくわからない。
育ててくれた人たちは、本当の子供のように、優しく、時には厳しく接してくれていたけど、本当の親ではないことは、わかっていたのだ。
「あー、やっぱりそうだったのか」
成人したから、と本当のことを告げられた。
妙に冷静な自分に思わず笑いそうになる。
「気付いてたのか」
「んー……なんとなく……」
たぶん、本能的なものなのだろう。
あと、顔が似てない、というのもある。
「でも、父さんと母さんが、俺の両親であることは変わりないから」
心からそう思う。
「育ててくれて、ありがとう」
────これまでずっと
「私たちのペース」
『よろしくお願いします』
『こちらこそよろしくお願いします』
そんなやりとりして、それっきり。
『ともだち』とアプリでは分類されているけど、違和感しかない。
だったら連絡先交換しないほうがいいのでは。
そう思うが、状況によっては交換せざるを得ないこともある。
「あー、LINEもうやめようかと思ってるんだ。なんかあんまり好きじゃなくて」
プライベートな場面でLINE交換しようと言われたときは、そう言うようにしている。
大抵「それでもいいから」と交換することになるのだけど。
そして『よろしくお願いします』でやり取りが終了。
「意味あるのかなぁ、これ……」
「そう思うなら、こっちからLINEすればいいじゃん」
「とくに用事ないもの」
「あー……うん……姉ちゃんそういう人だったわ」
妹は呆れたような顔をして、ソファに寝転んだ。
「彼氏とはLINEしてるんだよね?」
「してないけど」
「えええっ……じゃあ何で連絡取ってるの」
飛び起きる妹。
そんなに驚くこと?
「SMSメッセージだけど」
「い、いまどき?!」
「いいじゃんべつに」
「SMSだとスタンプないし、不便じゃない?」
「スタンプ選ぶ時間勿体ないじゃないの」
『よろしくお願いします』だけで止まってしまっている彼氏とのトーク画面を眺める。
これは単に、私たちの生活スタイルや会話のペースとLINEが合わなかっただけだ。
「えっと……あーうん、まぁ……二人がそれでいいなら外野がとやかく言うことじゃないか……」
妹は自分に言い聞かせるように呟き、再びソファに寝転んだ。
──── 一件のLINE
「痛みは証」
恐ろしい夢を見ていたような気がする。
だが、夢の内容は思い出せない。
喉はカラカラに乾いていて、べたりと喉の奥に何かが張り付いているかのようだ。
室内の様子から、ここがどこなのかがわかる。
入院中の病院。割り当てられたベッドの上。
どうやら「最後の手術」は成功したようだ。
生きているのがその証。
まともな食事を摂れるようになるまでが辛いんだよなぁ……
前回の手術で辛かったことのひとつだ。
そして、今は痛み止めが効いているから喉の違和感だけで済んでいる。
手術そのものは頑張ったという自覚はない。
私は寝ていただけだから。
だが、戦いはこれから。
痛みは生きていることの証だと思えるようになるまで、戦いは続くのだ。
────目が覚めると