「ほんとうの家族」
物心ついた頃、すでに親族がいなかったから、血の繋がりのある者同士の関係は、今でもよくわからない。
育ててくれた人たちは、本当の子供のように、優しく、時には厳しく接してくれていたけど、本当の親ではないことは、わかっていたのだ。
「あー、やっぱりそうだったのか」
成人したから、と本当のことを告げられた。
妙に冷静な自分に思わず笑いそうになる。
「気付いてたのか」
「んー……なんとなく……」
たぶん、本能的なものなのだろう。
あと、顔が似てない、というのもある。
「でも、父さんと母さんが、俺の両親であることは変わりないから」
心からそう思う。
「育ててくれて、ありがとう」
────これまでずっと
「私たちのペース」
『よろしくお願いします』
『こちらこそよろしくお願いします』
そんなやりとりして、それっきり。
『ともだち』とアプリでは分類されているけど、違和感しかない。
だったら連絡先交換しないほうがいいのでは。
そう思うが、状況によっては交換せざるを得ないこともある。
「あー、LINEもうやめようかと思ってるんだ。なんかあんまり好きじゃなくて」
プライベートな場面でLINE交換しようと言われたときは、そう言うようにしている。
大抵「それでもいいから」と交換することになるのだけど。
そして『よろしくお願いします』でやり取りが終了。
「意味あるのかなぁ、これ……」
「そう思うなら、こっちからLINEすればいいじゃん」
「とくに用事ないもの」
「あー……うん……姉ちゃんそういう人だったわ」
妹は呆れたような顔をして、ソファに寝転んだ。
「彼氏とはLINEしてるんだよね?」
「してないけど」
「えええっ……じゃあ何で連絡取ってるの」
飛び起きる妹。
そんなに驚くこと?
「SMSメッセージだけど」
「い、いまどき?!」
「いいじゃんべつに」
「SMSだとスタンプないし、不便じゃない?」
「スタンプ選ぶ時間勿体ないじゃないの」
『よろしくお願いします』だけで止まってしまっている彼氏とのトーク画面を眺める。
これは単に、私たちの生活スタイルや会話のペースとLINEが合わなかっただけだ。
「えっと……あーうん、まぁ……二人がそれでいいなら外野がとやかく言うことじゃないか……」
妹は自分に言い聞かせるように呟き、再びソファに寝転んだ。
──── 一件のLINE
「痛みは証」
恐ろしい夢を見ていたような気がする。
だが、夢の内容は思い出せない。
喉はカラカラに乾いていて、べたりと喉の奥に何かが張り付いているかのようだ。
室内の様子から、ここがどこなのかがわかる。
入院中の病院。割り当てられたベッドの上。
どうやら「最後の手術」は成功したようだ。
生きているのがその証。
まともな食事を摂れるようになるまでが辛いんだよなぁ……
前回の手術で辛かったことのひとつだ。
そして、今は痛み止めが効いているから喉の違和感だけで済んでいる。
手術そのものは頑張ったという自覚はない。
私は寝ていただけだから。
だが、戦いはこれから。
痛みは生きていることの証だと思えるようになるまで、戦いは続くのだ。
────目が覚めると
「三割は多いのか少ないのか」
「うちの両親、バカップルなんじゃないかって、うっすらと思ってたけど……」
ため息をついてネット記事を見つめる。
『自分の常識は他人の非常識』とは言うが、まさかこんなことでそれを実感するとは。
とあるアンケート調査によると、夫婦で一緒にお風呂に入っているのは約三十四パーセントだという。
つまり、一緒にお風呂に入っていない人たちの方が圧倒的に多いのだ。
ことの発端はクラスメイトとの会話であった。
なにげなく、両親が一緒にお風呂に入ったときに起きたハプニングの話をした。
すると、そのハプニングそのものよりも、両親が一緒にお風呂に入っていることについて驚かれたのだ。
「うう……子供抜きで二人だけでデートする、っていうのも、他の家では、あまりやってないっぽいし」
これは、ひょっとしたら挨拶のキスを日常的にしている、というのも他のご家庭ではやっていない可能性が……
「調べないことにしよう……そうしよう……」
世の中には、きっと知らなくていいことがたくさんあるのだ。
────私の当たり前
「星が拗ねる」
カーブを描きながら、バスは山道を一定の速度で、ぐるりぐるりと降る。
遠くに見える夜景。
月が見えない日。
「街が明るいと、お星さまは拗ねちゃうの」
懐かしいことを思い出した。
我が母は、なかなか可愛らしいことを言う人で、私はそんなことあるわけないと思いつつも、母に合わせていたものだ。
街の明かりは光の海のよう。
その海へ向かって走るバスが揺れる。
────街の明かり