「利害の一致」
幾度となく謝る貴方に首を振る。
貴方から持ちかけられた、偽りの関係。
付き合っているフリ。偽の婚約者。
貴方は自分の都合で私のことを利用していると思っている。
期限付きの関係。
貴方が目的を達成するまでの、カモフラージュ。
願ったり叶ったりだ。
利用しているのは私も同じ。
決して実ることはない、恋。
果てしなく、現実に近い夢を見させてもらっている。
私は貴方と過ごす日々を、一生の思い出にしていく。
謝るのはこちらの方。
貴方が本気で私を好きになったとしても、私は本当の気持ちも、想いも、告げることはできない。
────「ごめんね」
「アクセント」
「暑い……半袖にすればよかった」
何気ないひとりごとに、以前から密かに気になっていた同じサークルの女子が食いついた。
「もしかして、長野の人?」
「……そうだけど。なんで」
「えっと『半袖』のイントネーションがそれっぽいなぁって……あの、兄が比較言語学の研究していて……」
マジかよ!
自分では標準語を話しているつもりだったのだが。
「えっと……なんか……変なこと言っちゃったかな。ごめんね」
「いや……」
「ほ、ほら、方言だと思ってない言葉って、どこの地域にもあるって兄も言ってたし。東京だって方言あるから……『れんこん』を『はす』とか『青物市場』のことを『やっちゃば』とか……」
フォローになっていないようなフォローだが、彼女とはそれがきっかけで親しくなった。
しかも、あとから聞いた話では、なんとかして俺と会話をするキッカケを掴みたくて話しかける機会を伺っていたのだという。結果オーライということにしておこう。
────半袖
「初めて学校をサボった日」
初めて学校をサボった。
近所の小学校から、運動会のリハーサルの音が聞こえてくる。
窓もカーテンも閉めた部屋のベッド。
布団を頭からかぶっても聞こえてきて、息が詰まりそうになる。
一番落ち着く場所にひとり。
普段は安らげる空間。
外界の様子なんて、知りたくないのに。
眠ってしまえばいいのかもしれない。
だけど、こういうときに限ってなぜか眠れない。
急かされるメロディーが頭の中にこびり付いて離れなくなりそうだ。
こんなことなら、這ってでも学校に行けばよかったのだろうか。
何も知らない頃に戻れたらいいのに。
明日なんて来なければいいのに。
アップテンポな曲に合わせて、まわる。
胎児のように体を丸めて、嵐のような音が通り過ぎるのを待っている。
────天国と地獄
「月に一度の」
私は三日月が綺麗な夜に生まれたそうだ。
だからだろうか?
月に見守られている気がして、心の中で話しかけてしまう。
悲しいこと、悩み、嬉しいこと。
家族にも友達にも、そしてあなたにも言えないことを、月は知っている。
あなたの住む街は、ここよりも煌びやかなところだから、星は見えないかもしれない。
だけど、月なら雲に隠れてなければ見えるでしょう。
月は何も言わないけれど、きっとあなたのことも見守ってくれるはず。
月に手を伸ばす。
届かない指先で、あなたへのメッセージを紡ぐ。
日に日に期待に膨らむように、満ちていく。
この月が満ちて丸くなる頃、やっと会える。
────月に願いを
「『泊まっていけよ』と言えたなら」
君を引き留める理由を探す。
ネットで雨雲レーダーを何度も確認する。
強くなっていく雨音に合うBGMを探し、ネットの海を彷徨う君。
他の人たちには悪いけど、このまま降り続いてほしい。
どういう言い方をしたら、自然な感じで君を留めておけるのだろう。
下心満載だけど、それを感じさせないような……
どうか、あと少しこのまま降り止まないでほしい。
窓を叩く音は強くなって、沈黙を塗り替えていく。
────降り止まない雨