「未来がわかる本」
何かに導かれるように入っていった路地の奥。
小汚い古本屋の店先にあった本は表紙にタイトルが書かれていなかった。
「あら少年。その本が気になるの?」
昔再放送で観たアニメに出てきた悪の組織の女ボスのような、肌の露出多めの色っぽい女性が俺を見ている。
「あ、いや……」
「その本にはね、見たいと思った人の未来が書かれているのよ」
「……はぁ」
「信じてないわね」
いや、そんなこと信じられるわけないだろ。
「知りたくない?」
「…………」
「ほら、好きな子とうまくいくかなぁとか、進路のこととか、ね?」
「…………」
そりゃ、未来のことは気になるさ。
でも……
「いや、やっぱりいいです。俺には必要ないんで」
「あら、残念」
「……失礼します」
そっと本を戻し、女性に背を向けて歩き出す。
未来を見るのは、正直言って怖い。
自分が思い描くものと違っていたら……
あの子の隣に俺以外の男がいたら……
そんな未来は知りたくない。
たとえ結果がうまくいかなかったとしても、初めからそれを知りたくない。
それに、もしも自分の理想通りの未来を見たとしたら、俺はきっと調子に乗ってしまうだろうから。
だから、俺には必要ない。
「ほんと、残念だわ……」
女性の声に思わず振り返るが、あったはずの怪しげな店も女性の姿も、そこにはなかった。
────もしも未来を見れるなら
「変わる世界」
あいつらが見ている世界と俺が見ている世界はたぶん違うのだろう。
目標に向かって努力しているあいつらには、きっと世界はキラキラと輝いているように見えている。
それに対して、何の目標もなく夢もやりたいことも見つけられていない俺。
「それって、まだこれからどうとでもなるってことじゃない?」
彼女はそう言って笑った。
意味がわからず、首を傾げる俺。
「これからいくらでもやりたいこと探し放題ってことだよ」
「どうやって探すんだよ、やりたいことって」
「本当に無いの?」
「……ああ。無い」
「じゃあ、あたしと付き合ってみる?」
「なにを言って……」
「あたし、多趣味だからさ。きっと世界広がるよ」
悪戯っ子のように笑う彼女から、目を逸らすことができない。
色鮮やかな世界への扉が開かれたような気がした。
────無色の世界
「私を忘れないで」
桜は満開になるまで風が吹いても散らないが、満開になったら何もしなくても花びらは舞い散る。
「桜散る」は、受験に失敗したという表現に使われるけど、個人的には納得がいかない。
精一杯開かないと散らない、でも満開になったら散ってしまうのは、寿命みたいで、努力したけど実らなかった事と結びつけるのは違うのではないかって。
「じゃあ、桜散るっていうのは君にとっては天に召されるってことか」
「あー、うん。そうかも」
だから、私は天に還るのは桜の舞う日がいいと、思っているのかも。
私を失っても、他の誰かと幸せになってほしい。
だけど、桜が散るのを見た時だけ、私のことを思い出してほしい。
この満開の桜をふたりで見たことも。
今のこの幸せな日々も。
年に一度だけ、私のことを思い出してくれればいい。
決して口に出せない。
たったひとつの願いごと。
────桜散る
「かくれんぼ」
「あたまカタイなぁ……」
物理的なことではなく、発想のことである。
大人が大人として生きていくには、無くした方が良いものではないかと思っていた。
だけど、無いと困ることもある。
まさに今。ピンチだ。
「柔軟な発想……って言っても、ねぇ……」
子育てしたこともなく、子供も身近にいない。子供の頃の気持ちなんてとうに忘れてしまった。
とりあえず、勉強のためと子供向け番組をいくつか鑑賞。
頭空っぽで楽しめばよかったのだろうが、仕事の資料として子供番組を鑑賞するというのは意外と苦行だったようで、頭が痛くなり、布団に入ることにした。
その夜に見た摩訶不思議な夢がヒントとなり、どうにかピンチを切り抜けることが出来た。
あの頃の気持ちを無くしたと思っているけど、奥の方で「かくれんぼ」しているだけなのかもしれない。
────夢見る心
「消火」
「距離の取り方 自然に」
「距離を置く 不自然ではない」
最近の検索履歴。
あなたはあの子のことが好き。
あの子はそれを知りつつも、あなたとは付かず離れずの関係を保っている。
いっそ付き合ってくれれば、諦められるのに。
あの頃に戻れたらいいのに。
あなたを好きだと気付く前に。
あなたがあの子しか見ていないことを知る前に。
この想いが鎮火するまで、好きなままでいようと決めたけど、もう無理みたい。
もう会わない。
忙しくなる理由を探してる。
────届かぬ想い