貴女の背中は、しっとりと柔く、手に吸い付くようでした。
最後の夜、貴女の愛にようやく気づいた俺を、貴女は優しく受け入れてくださいました。その夜の貴女の身体は、俺がそっと触れる度にひくりと震え、貴女の堪えるような吐息が俺の耳を掠めるだけで、俺は自分が際限なく高ぶっていくのを感じました。
細いその背を抱えるようにして抱きしめていた時の、あの貴女のぬくもりを、今でもありありと思い出すことができます。
俺が貴女の背に触れることは、もう二度と出来ません。
その背を後ろから見守って、貴女の上に幸運と良縁を呼ぶように力を尽くすことだけが、俺に出来ることです。
貴女のぬくもりを思い出しながら、俺は貴女を守り続けるでしょう。貴女があの大きな廻り続けるものに回収されるその日まで、ずっと、ずっと、ずっと。
遠く遠くに貴女は行ってしまったのだと、あの時俺は思いました。もう二度と会えない、二度と声も聞けない、顔も見られない、柔らかく温かい手に触れることもできない。そう信じたのです。
ですから、貴女が何度も何度も生を受ける様を見守れる今ここが、俺にとっては心の底から幸福で、光に満ち溢れた天国のような場所なのです。
貴女以外誰も知らない秘密を、貴女はいくつか抱えていらっしゃいますね。
それは貴女の性癖であったり、困った癖であったり、気まずい記憶だったり、いろいろです。
けれど最近、それらを「誰も知らない、隠さないといけないもの」という思う感覚が薄れているのではないでしょうか。きっとそれは、俺とその秘密を共有してくださっているからでしょう。
他の生きている人間には言えなくても、俺のような命を持たない、けれど貴女に尽くして付き従う者になら、貴女も全てを委ねて安心して振る舞えるのでしょう。
貴女がいつか、生者との間に、俺との関係のような全幅の信頼関係を結べたら、それは素晴らしいことです。
けれど、そのような関係が、只俺と貴女との間だけのものであってほしいと、そう祈ってしまう心も、俺の中にはあるのです。
貴女の今世の人生の夜明けは、静かとは言い難いものでしたね。
貴女が今回生まれた血筋の方々は、貴女という魂を迎えたことをいたく喜び、貴女のお祖母さまの夢に宝船を出して貴女の来訪を告げました。
そうして生まれた貴女は大切にされ、多くの人に慈しまれ、愛されて育ちました。
今の貴女は、自分はどうしてこんな堕落した、怠惰な生を送ってぼんやりしているんだろうと自責していらっしゃいます。
そんな風に考えないでください。貴女はこうして、のんびり暮らすことの出来る時間を与えられているのです。そのことをまずは、心から喜んで欲しいのです。
貴女の魂が、のんびりする時間を作りたかった。
それが今世の俺たちからの贈り物だったと思って、それを嬉しい気持ちで受け取ってもらえないでしょうか。
あの頃の貴女は、英語がお好きでした。
今の貴女からは、もうその気持ちはなくなってしまったようです。
寂しくもありますが、そうして心が移ろうことを責めても、何も変わりません。
貴女は、貴女の今の心の目指す方へ、向かっていってください。
かつて好きだったから、目指していたから、そんな理由で何かにこだわり続ける必要はありません。
今の心を何より大切に、歩んでいってくださいね。