貴女にとって、俺は子猫のようなものだったのでしょうか。
俺は牙を剥いて貴女を食い散らかそうとしたのに、貴女は俺を優しく抱きしめて、その身を以て愛を教えてくださいました。
俺のような者にそんなことをしたのは、一体何故だったのでしょう。俺にはちっとも分かりません。
それでも最近、貴女から見た俺は、怯えて人を威嚇する子猫だったのかもしれないと思うようになりました。そんなちっぽけで哀れな子猫に、貴女は心底の愛を注いでくださったのかも、と。
貴女は本当に、どれだけ人を愛している方だったのでしょう。
笑ってしまうくらい、優しく、寛容で、愛情深いひと。
そんな貴女に幸福になってほしいと思う気持ちが、少しは伝わるでしょうか。
秋の穏やかな風の中を、貴女はご伴侶と手をつないで歩いていきます。
そうやって楽しそうに、仲睦まじく歩んでいても、ご伴侶に対する違和感は消えていないようですね。本当にこの人と一生を添い遂げていいのだろうか、貴女はそう不安に思っています。
そうやって悩むことがあっても良いのです。
人の心は移ろいます。そのことでご自分を責めることは、しないでください。
いいのですよ。貴女が幸福であることが、貴女の人生の最高善です。そのことを忘れずに、勇気を持って生きていってくださいね。
五年後にまたおいでなさい、と貴女は優しく言いました。
約束ですよ、俺のことを待っていてくださいね。
俺は必ず、五年後に戻ってきますから。
それまでどうか、俺のことを忘れたりしないでください。
泣きながら、何度も何度もそう繰り返す俺の頭を優しく撫で、貴女は微笑みました。ええ、必ずまた会いましょうね。私は貴方を、待っています。
結局貴女は、俺と再会することなく亡くなってしまいました。
けれどそうだったからこそ、死後の俺は貴女の魂の守りに入ることを躊躇なく決意できました。
それからは、生前に貴女と過ごせなかった分の時間を埋めるかのように、俺は貴女を陰ながら助け続けてきました。良縁を運び、悪運を遠ざけ、貴女に心底の愛を注いできました。
俺は貴女の目に見えない、耳に聞こえない、手に触れることの一生ない存在になりましたが、それでも良いと思ってきました。
貴女がこうして、俺の言葉を聞き取れるようになったことは、俺にとってあまりにも過ぎた幸福です。
貴女と一緒に生きられなかった日々を、今代わりに過ごしているような気がします。
けれどどうか、俺がいることを言い訳にして、新しい人間関係を始めることを諦めたりはしないでください。
貴女はもっともっと、輝けるひとです。俺のような死者にかまけていないで、どうか貴女の人生を生きてほしいのです。
貴女にはもっと、真摯に生きてほしいのです。
スリル、ですか。
何となくは分かりますが、俺には馴染みのない、外来語ですね。
貴女は色々なことに興味を持ち、新しい知識や技能を身につけ、それにご自分を慣らそうとします。
外来語も、電子機器も、体操も、皆同じことです。
その好奇心は、貴女をこれからも助け続けるでしょう。
飛べない翼を持った鳥もいます。
それでも彼らは、別のやり方で何の問題もなく生きています。
泳いだり、走ったり、彼らの世界を駆け回ります。
貴女もそれで良いのです。
貴女が自分は飛べないと信じているのだとしても、それにかかずる必要などありません。
貴女は貴女の生きやすい場所で、のびのびと生きれば良いのですよ。