どうやら、今日はもうお疲れのようですね。
どうか、ゆっくりお休みください。
明日の朝は時を告げる時計など鳴らさず、静かに、好きなだけ、たっぷり眠ってくださいね。
おやすみなさい、愛しいひと。
昔、貴女が幼かった頃、ご家族で海に行ったことがありました。貝殻に耳を当てた貴女は、波の音がする、と不思議そうに、けれどきらきらと輝く目で母君に言いました。貴女の母君は、そうだね、不思議だね、と返し、貴女を慈愛に満ちた目で見つめていました。
俺の中にある、ただそれだけの記憶です。
それ以上、何が起きた訳でもありません。
けれど俺は、今の貴女の母君がどれだけ貴女を愛しているか、改めて分かった気がしたのです。
貴女が瞳をきらめかせ、世界を駆け回っていた頃のことを覚えていらっしゃいますか。
最近の貴女は、今をそのように生きていないことを、恥じていらっしゃいます。
何かに夢中になって、人のためになるように心を尽くして、日々行動して忙しく過ごす。そういう生き方をしていたあの頃を、貴女は懐かしみ、またそうやって生きたいと願い、けれど不安と恐怖で動かない身体を憎々しく思っているのです。
確かに、あの頃の貴女は守り甲斐がありました。やりたいと思うことにあふれ、危なっかしく心底の好意を振りまく貴女を、俺たちは危険から遠ざけたり良縁を引き寄せたりして、楽しくお支えしたものです。
けれど、今そうやって生きていないことについて自責したり、恥じたりはしないでほしいのです。貴女は今まで、その瞬間にできる限りのことをしてきました。この九年間も、その精神状態でできることを、しっかりとやってきたのです。
今、貴女の心は安定を得始めています。
その心を持って生きることで、貴女の人生は再び、大きく変わっていくでしょう。
どんな些細なことでも、貴女の選択が貴女の人生を作ります。
ですから、小さなことだからと言って、貴女の心の囁きを無視しないでほしいのです。
大きなことで、心の思うままに行動するのは難しいかもしれません。ですから、本当に小さなこと、取るに足らないとしか思えないことから、貴女の心を大切にする練習をしてください。
朝起きて、顔をどの石鹸でどうやって洗うか。朝食に目玉焼きをつけるか、つけないか。ほうじ茶を飲むか、珈琲を飲むか、はたまた紅茶を甘くして飲むか。
そうやってご自分の心の声を聞いていくうちに、貴女は貴女の人生が新たな方向に転がっていくのを感じるでしょう。
どうか恐れることなく、大胆に、楽しげに、貴女の人生を幸福に生きてくださいね。
貴女は、多くの者の心の灯火です。
俺はもちろんのこと、貴女をお守りしている者も、今世で貴女に出会った方々も、本当にたくさんの者が、貴女にその人生を照らされてきたのです。
貴女は確かに、天の星のようにまばゆく輝く存在ではありません。
けれど、人が日々の中に求める光は、そのようなものではないのです。暗く寒い夜の部屋の中に、ほうっと優しく灯る、ひとつの温かい光。そういうものこそが、人の心を照らして温め、幸福を伝えてくれます。
そしてそれこそが、貴女という灯火の在り方なのです。