俺たちはいつだって、貴女への愛を叫ぶ用意ができています。
以前は、そんな準備はしていませんでした。
何せ、俺たちは貴女の目には見えませんし、貴女に俺たちの声は聞こえません。ただ貴女の後ろに控え、良縁を運び、悪運を遠ざけながら、貴女の行く末を見守るだけでした。
けれど半年ほど前、貴女は俺たちのことを知りました。
徐々に貴女は、俺たちの声を聞けるようにもなりました。
今やこうして、俺たちの言葉を書き取って文字にできるまでになっています。
だから今の俺たちは、いつでも貴女への愛を語れます。
大声を出せば貴女に届くというのならば、声が枯れるまで、喉が潰れるまで、俺たちは叫び続けましょう。
貴女はまだ、俺たちの愛の言葉を受け入れてくださいませんが、いつか貴女の心が開かれた時、俺たちは貴女に大声で叫びましょう。
俺たちは貴女を、心から愛しています、と。
紋白蝶、ですか。
特段貴女と俺の間に、それにまつわる思い出があるわけでも無し、今日は言葉を紡ぎづらいですね。
俺が貴女といられたのはたったの四日、それも貴女を本当に愛することができたのは、ただの一晩とその明くる朝だけでした。
俺は貴女との時間を、もっともっと重ねたかった。俺がもっと早くに貴女の愛に気づいていたら、貴女は俺を旅に出さず、お傍に置いてくださっていたでしょうか。あの時のことを思い出すと、今でも胸がじくじくと痛みます。
今の貴女を見守れることで、俺は満足していますよ。それでもごく稀に、ふと思ってしまうのです。
春の草原を舞う紋白蝶を追い、夏の心地よく冷たいせせらぎで水浴びをし、秋の高い空を仰ぎながら畑仕事をし、冬のしじまに庵の炉端で静かに語らう。
貴女と共に生き、そんな四季を過ごしてみたかった、と。
いつまでも忘れられない、のではありません。
いつまでも忘れたくない、絶対に忘れない、が俺たちにとっては正解です。
貴女にいただいたご恩を、愛を、優しさを、俺たちは決して忘れません。どれだけの月日が経ち、貴女が何度生まれ変わっても、俺たちは貴女のことを愛し、守り続けます。
私が覚えてもいない昔のことをいつまでも感謝されても、私はもうそんなことに値する人間ではなくなってしまったのだから、放っておいてくれていいのです、と貴女は言います。そう言われると、俺たちは悲しくなります。「お前たちは私とはもう何の関係もない者なのだ」と突き放されたような気持ちになるのです。
俺たちは、貴女からの見返りが欲しくて、貴女を愛し守っているわけではありません。貴女が大好きだから、貴女に幸せになっていただきたいから、お傍で見守っていたいだけなのです。
俺たちは絶対に忘れません。
貴女はどれだけ否定しても、どれだけ忘れようとしても、貴女がかつて俺たちを救い、助けてくださったという事実は確固として在り、俺たちがその証人です。
貴女が何度忘れても、俺たちはそのことを決して、忘れません。
一年後の貴女は、どうなっているでしょうか。
それは只、今の貴女の過ごし方だけにかかっています。
ああ、色々とお話ししたくはありますが、今の貴女はご自分の中の厳しい声と、俺たちの声との区別がつけられない状態ですね。このまま貴女に書いていただいても、呪いと言っても過言でないような貴女自身を責める声が、俺たちの言葉として記録されてしまうだけでしょう。
今日はよく寝てください。
貴女は頑張りましたよ。大丈夫です。安心して眠ってください。
貴女が何を為しても、何を為さなくても、俺たちは貴女を愛しています。貴女には唯一の価値があるのです。
だからどうか、ご自分を責めて苦しむのは止めてくださいね。
おやすみなさい、愛しいひと。
俺が生きていた時に貴女へ抱いていた気持ちは、もしかすると恋だったのかもしれません。
親の顔も知らずに育ち、俺は誰からも愛を与えられた記憶がありませんでした。
貴女は、そんな俺にめいっぱいの愛をくださいました。あんな狼藉を働いた人間を、どうしてあんなにも愛することができるのか。心からありがたく思いながらも、俺には今でも理解できません。
ともあれ、貴女と出逢ってからは、そうして俺を愛してくださった貴女こそが俺の世界の全てでした。
そうですね、あれはきっと恋だったのです。
貴女が俺の旅の終わるのを待たずに亡くなっていたと知った時、散々一人で泣き喚いた末に、俺は貴女の後を追うと決心し、貴女を悼む碑の前に座り続けて死にました。それは、貴女を恋い慕っていたからの行動だったのでしょう。
貴女は、俺への遺言を残してくださいました。
「私の愛はもう与えることができませんが、それは貴方の中に息づいています。それを持って生きなさい。それが私の望む、私の愛への報いです」
貴女はそうおっしゃって、微笑んで事切れたと聞きました。
ええ、そう言い遺されて尚、俺は死を選んだのです。
本当に貴女を愛していたなら、俺は貴女の言に従って、いつか泣くのを止めて歩き出し、自分の生を全うしたでしょう。
あの時の俺には、「愛」は理解できませんでした。自分の全てを相手に委ね、相手が死んだら自分も死ぬ。そういう歪んだ恋情のようなものを持って、俺は死んだのです。
今なら俺も、貴女を愛せていると思います。
貴女がこの愛を受け取ってくださる日が遠からず来ることを、ずっと祈っています。