お題『誰かしら?』
在宅勤務をしていたある日のこと、ドアをノックする音が聞こえてきた。宅配便かな、それならインターホンを鳴らせばいいと思う。知り合いであれば事前に連絡があるはずだ。
気持ち悪いし怖いので無視しているとふたたびドアをたたく音が聞こえてくる。
ひょっとして私は近所迷惑になるようなことをしたのだろうか。それとも女性の一人暮らしを狙って家に押し入ろうとしているのだろうか。
本当に怖くなって私はとりあえず武器になりそうな卵焼き用の小型のフライパンを持ち、ドアの小窓をのぞいた。
そこには誰もいない。
ほっとしてドアに背中を向けたのもつかの間、またドアをノックする音が聞こえる。
意を決してついに扉を開ける。
「誰なんですか」
すると、そこにいたのは青白い女の姿だった。お互いに叫んだと思う。その女はすぐさま非常口のドアを開けて階段を降りていった。
そういえば思い出す。しばらく隣の部屋がうるさかったことを。カップルの口論が絶えなくて、ある時別れたのか二人とも出ていってしまったことを。その青白い女の姿はどことなくカップルの片割れにそっくりだった。
私は恐ろしくなっていったん扉を閉めた後、棚から塩を持ち出してなんとなく自分の部屋の周辺にばらまき始めた。
お題『芽吹きのとき』
昔、小学校低学年の時の私は同性愛的なものを見てギャグにしていたことを思い出す。今からしたら、その価値観は恥ずべきものだし、そういうものが異性愛と一緒の立ち位置になるまでアップデートしていく必要があるものだけど。
さて、同性愛的なものにいつはまるようになったか。
多分、小学校高学年に入った頃である。私はその頃、あるゲームにはまっていて、家ではネットがつながっていたのでそのコンテンツの二次創作を見漁っていた。
そんな時、当時「かっこいいな」と思っていたキャラクターがべつの男性キャラと絡んでる絵(全年齢)を見つけて、正直自然と口角が上がってしまった。これが今に至るまでの私の腐敗した趣味の芽吹きの瞬間である。
お題『あの日の温もり』
あの日、急に彼に抱きしめられた。おどろいて思わず突き飛ばしてしまったけど、あれ以来彼の心臓の鼓動や腕のなかのあたたかさを忘れられずにいる。
あれからなんとなく彼がいそうな場所を避けて、でも私が悲しんでるからといってなんであんなことをしたのかと問い詰めたい気持ちがあった。
夜、残業して公園の前を歩いているとなぜか彼に出くわした。私もきまずかったし、彼も気まずそうな顔をしている。
彼はとっさに逃げようとした。私は思わずその手首をつかむ。
「まって!」
振り返った彼は今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「ごめん、ごめん」
と何度も言ってあんなことしたくせに被害者面をするなと思う。
「ごめんじゃなくて。なんであんなことをしたのか、話を聞かせて欲しい」
すると彼は顔を一気に赤らめさせた。夜の暗がりでもそれがはっきり分かるくらい。
彼は私から視線をそらしながら言う。くちもとが震えている。
「そ、そそ……それは、きみがすき、だから……」
それを言われても今更驚かない。さすがに抱きしめられた時は驚いたけど、あの時元々付き合っていた彼氏にフラレて落ち込んでいたのは事実だから。
「うん、わかった。とりあえず、今度お茶でもしない?」
彼を誘うと一変、パァァァという効果音が出るのではないかというくらいに嬉しそうに笑った。
お題『cute!』
普段「かわいい」という言葉を口にすることがない彼女が雑誌を開いて「キュートだ……」とか言ってる。
なんの雑誌を読んでいるのかと思ったら、絵の男たちが表紙になってるゲーム雑誌だという。
なににかわいいとか言ってるのかと思いのぞいたら、あろうことか、彼女は筋骨隆々のおっさんに対して「かわいい」とか言っているのだ。
人の好みはいろいろあるというが、あいにく俺は筋骨隆々でもない、背も高くなければ年齢も彼女と同い年。聞けばそのかわいいと投げかけた彼の年齢は四十八だという。俺よりもずっと年上じゃねぇかと思う。
「どのへんがその……キュートなの?」
と聞くと彼女がしぶしぶ見せてきた。俺がアニメのキャラに対してですら案外嫉妬深い性質なのを知ってるから、あまり隠すことはなくなったからだ。
そこには、夕焼けの下で若いイケメンの男がそのおじさんを抱きしめているイラストが載っていたのだ。おじさんは、頬を赤らめている。
「おじさんの心の闇を晴らす展開と、おじさんが見せるいじらしさがかわいい」と言う彼女にただ俺は困惑するしかなかった。どうやら『そうされたいわけ』ではないことはなんとなく分かっていて、俺にできるのはただ否定せず、見守ることだなとさとった。
お題『記録』
現在進行系で私は『自分史上文章投稿連続一位』を更新し続けている。ひとえにこのアプリのおかげである。
お題さえ与えられればとりあえずなんでも書けはするのだが、今までそれを連続でやれなかったのは人の評価が気になるからである。
Xに投稿すれば、拡張機能を使わない限りいいね数が可視化されて、『自分の作品は受けないんだ』という事実をつきつけられたり、人気ある人がちやほやされてるのが見えてしまう。その事実に歯噛みしていた。
他の小説投稿サイトにいたっては、モノによって作者同士がいいねを投げ合い、Xで互いにリポストしあったりする文化が根付いているものもある。私にはそういう互助会的なものは無理だし続かないし、それでいいねがついても複雑な気分になるだけだ。
このアプリ、なにがいいかと言うと自分のいいね数は自分しか見ることができないこと。そして、他人のいいね数が可視化されず、ランキング機能もないこと。これが私には合っているようだった。
願わくばそういう小説投稿サイトができないかなと願っている。だが、ランキング機能がないと読むだけの読者はつかなさそうだ。難しい話である。