お題『ひそかな想い』
真面目な優等生。それが私の周囲からの評価らしい。
たしかに勉強頑張ってるから成績はいいし、クラス委員だってやっている。校則だってきちんと守る。
だけど、本当はSNSをよく見ていてインフルエンサーのようにかわいいかっこうをして映える写真を撮ってバズりたいと思っているし、好きな歌い手がいてそのライブに行ったりしては推しの良さを浴び続けていつか彼にお近づきになりたいなぁと思っている。
そんな私の煩悩にまみれた本性を皆に知られてしまわないように、優等生を演じ続けるのである。
お題『あなたは誰』
気がつくと知らない場所のベッドの上にいた。どこかの山小屋だろうか。周囲は丸太を積み上げた壁になっている。左を向くと扉がある。
どのようにしてここに来たんだろう。
思い出してみようとするものの、なにも思い当たるものがない。それどころか、自分の名前すら思い出すことができない。
その瞬間、急に恐怖がわきあがってくる。
私は誰? 名前も思い出せない。これまでどのようにして生きてきたかも思い出せない。
内心パニック状態になっていると、部屋の扉が開く。
出てきたのは、男性だった。
「そんなに身構えなくていいよ」
彼は湯気がたつマグカップを持っていて、それを私が横になってるベッド横の棚の上に置いた。
「あなたは誰なんですか?」
聞くと、彼はすこしだけ悲しそうな顔をした。申し訳なく思う。
「すみません。私、自分の名前も分からなくて」
「今はいいよ」
「え?」
「ゆっくり思い出してくれるまで待ってるから」
そう言うと彼は外へ出ていく。
「ご飯できたら呼ぶから……それまでゆっくりしてってね」
最後に「今日は君の好きなオムライスだよ」、そう言い残して扉をパタンと閉める。どうやら私の好物らしい。
だけど、本当に思い出せないんだ。でも、どうしてか心が浮足立つような気持ちになる。彼が言うことはどうやら本当らしい。
私はベッドの上にしばらく横たわりながら、ご飯の時間まで言われた通りゆっくり過ごすことにした。
お題『輝き』
生で見る推しは別格だ。
Youtubeで推しのライブ映像やPV、時折行われる配信を見ても推しはじゅうぶん可愛い。
だが、たまたま倍率が高いチケットに当選して、大きなドームの中央で可愛い衣装に身を包み、ライトに照らされながら踊る推しの姿を見て、私は思わず奇声をあげた。
幸い帰省は周りの歓声に埋もれていたけど、文字通り推しが輝いて見えていた。
そのうちにライブの終演が近づいてくる。しんどい現実がふと頭のなかによぎってこの時間がずっと続けばいいのに、と願った。
お題『時間よ止まれ』
寝坊した時、時間停止能力が使えるようになりたいと思う。
たとえば、と妄想する。
寝坊した。今から家出たんじゃ確実に仕事に遅刻する。
そう思った時、時間を停止し、ゆっくり朝食をとり、身だしなみを整え、家を出て電車に乗った瞬間に時間を動かす。
そうすれば、会社に遅刻しなくて済む。
ギリギリに行動しがちな私が欲しくて欲しくてたまらない能力である。
お題『君の声がする』
トイレでお弁当を食べていたら隣からすすり泣く声がした。
さすがにギョッとしたが、今トイレから出るわけにはいかない。外に出た瞬間、クラスを牛耳るクソ女に鉢合わせする可能性があるからだ。
しばらく気にしないようにしていた。だが、すすり泣きがいっこうにやまない。
私はおそるおそる泣き声が聞こえる方の壁を叩いた。泣き声が一瞬やむ。私は久しぶりに学校で話す練習をするために大きく息を吸い、大量の息を吐き出した。よし。
「なんで泣いてるの?」
久しぶりに発した声はひどくたどたどしく、自分で自分が嫌になった。だが、隣の部屋の主は私のそんな喋りを聞いても嗤うことはなかった。
「もう、もう耐えられないの。クラスでいじめにあっていて……」
「うん、分かる」
「もしかして貴方も?」
「うん」
それから二人でクラスの地獄具合を話し合った。おどろくほど彼女の境遇と私の境遇は似ていて、いつの間にかチャイムが鳴った。地獄へ連れ戻されるチャイムだ。
「じゃ、私そろそろ戻るね」
そう言って個室から出る。私が話していたはずの隣の部屋には誰もいなかった。
昔聞いたことがある。この学校には何年か前にいじめを苦にして自殺した女子生徒がいたんだって。それがもし彼女なら成仏出来てないってことなんだろう。
「また来るね」
そう言って、かつて彼女が味わった苦しみに似たものがうごめく場所へ向けて私は足を踏み出した。