お題『輝き』
生で見る推しは別格だ。
Youtubeで推しのライブ映像やPV、時折行われる配信を見ても推しはじゅうぶん可愛い。
だが、たまたま倍率が高いチケットに当選して、大きなドームの中央で可愛い衣装に身を包み、ライトに照らされながら踊る推しの姿を見て、私は思わず奇声をあげた。
幸い帰省は周りの歓声に埋もれていたけど、文字通り推しが輝いて見えていた。
そのうちにライブの終演が近づいてくる。しんどい現実がふと頭のなかによぎってこの時間がずっと続けばいいのに、と願った。
お題『時間よ止まれ』
寝坊した時、時間停止能力が使えるようになりたいと思う。
たとえば、と妄想する。
寝坊した。今から家出たんじゃ確実に仕事に遅刻する。
そう思った時、時間を停止し、ゆっくり朝食をとり、身だしなみを整え、家を出て電車に乗った瞬間に時間を動かす。
そうすれば、会社に遅刻しなくて済む。
ギリギリに行動しがちな私が欲しくて欲しくてたまらない能力である。
お題『君の声がする』
トイレでお弁当を食べていたら隣からすすり泣く声がした。
さすがにギョッとしたが、今トイレから出るわけにはいかない。外に出た瞬間、クラスを牛耳るクソ女に鉢合わせする可能性があるからだ。
しばらく気にしないようにしていた。だが、すすり泣きがいっこうにやまない。
私はおそるおそる泣き声が聞こえる方の壁を叩いた。泣き声が一瞬やむ。私は久しぶりに学校で話す練習をするために大きく息を吸い、大量の息を吐き出した。よし。
「なんで泣いてるの?」
久しぶりに発した声はひどくたどたどしく、自分で自分が嫌になった。だが、隣の部屋の主は私のそんな喋りを聞いても嗤うことはなかった。
「もう、もう耐えられないの。クラスでいじめにあっていて……」
「うん、分かる」
「もしかして貴方も?」
「うん」
それから二人でクラスの地獄具合を話し合った。おどろくほど彼女の境遇と私の境遇は似ていて、いつの間にかチャイムが鳴った。地獄へ連れ戻されるチャイムだ。
「じゃ、私そろそろ戻るね」
そう言って個室から出る。私が話していたはずの隣の部屋には誰もいなかった。
昔聞いたことがある。この学校には何年か前にいじめを苦にして自殺した女子生徒がいたんだって。それがもし彼女なら成仏出来てないってことなんだろう。
「また来るね」
そう言って、かつて彼女が味わった苦しみに似たものがうごめく場所へ向けて私は足を踏み出した。
お題『ありがとう』
今日もまた一体バケモノを倒した。母親らしき女性と子供を襲っているのを見たからだ。
「ありがとうございます!」
母親が子供の頭に手をやり、一緒にお辞儀する。
何度もこういうことを続けてきたが、人を助けて礼を言われると自分が『イイモノ』になった気がする。
かつて暗殺を生業にする一族に属していたから尚更そう思うのだろう。
彼等に背を向け、しばらく歩いているとバケモノの子供が目の前に現れる。人に危害さえ加えなければなにもしないが、そいつの目から涙がこぼれていた。
「ひ、人殺しいいいいっ!」
バケモノの子供が長い爪を伸ばして俺に襲いかかる。
あぁ、またこれか。いつだって俺はそう言われてきた。
もう人を殺すのが嫌で、人から恨まれるのが嫌だから足抜けして人助けするようになったのに。
俺は無言で銃をバケモノの子供の頭に向けて撃った。見事に命中した。
頭から血を流し、事切れたのを見届けて、こいつはバケモノだ。俺は人殺しじゃない。そう自分に言い聞かせた。
お題『そっと伝えたい』
さっきから気になって仕方がない。先輩の背中にくまの形に切り抜いた紙が貼られている。
伝えようかどうしようか。でも、いきなりべりってはがしたらくまちゃんが可哀想だし、おまけに今の時代男女問わずセクハラで訴えられかねない。
さてどうするか。
私は自分のふせん(ねこの顔の形)をはがして、文字で伝えることにした。
『●●さん 背中にくまがついてますよ』
これでいいだろう。私は先輩がいないすきを見計らってふせんを先輩の机にぺた、と貼る。
しばらくして、先輩か会議から戻ってきてすこし恥ずかしそうな顔をした後、私に視線を向ける。
「これ、また娘にいたずらされたな」
「あぁ、そうだったんですね」
まさかのほっこりエピソードに私は思わず、ふ、と笑わざるを得なかった。