お題『誰も知らない秘密』
「もう転校する必要がない」
と父さんに言われて今の学校に転校した。どういうことなんだろう、とその時は思った。
だが、教室に入って理解した。
皆、堂々としている。
なぜそう言ったのかというと、皆、各々の得物を取り出して手入れしたり、本来なら話すことすらタブーである仕事の話を堂々としたりしている。
だが、教師が入ってくると皆それをしまい、しん、と静まり返った。
「本日からこのクラスに新しい仲間が増えた。ほら、自己紹介しろ」
うながされて、俺は「佐藤一郎です」といつものように偽名を名乗った。
すると、すかさず後ろの席からナイフが勢いよく飛んできた。俺が体を傾けたので黒板にカンッと当たって落ちる。
俺はナイフを飛ばした相手を把握するとその場から駆け出し、肩に手をかけると椅子ごとそいつを組み敷いた。
俺の下にいるやつがニィ、と歯を見せて笑う。
「お前、スパイか暗殺者のどっちかだろ」
「なぜそう思う」
「そんな名前、本名なわけねぇだろ」
それには答えず、俺は視線だけを返した。
とたんに背後で「お、乱闘か、乱闘かぁ!」と背後で鳴る銃声、「ちょっとやめなよぉ!」という声と同時に鈴みたいな音がなぜか鳴る、それから机を大きく叩く音。
「お前らぁ! 静かにしろ! 内申点下げられたいのか!」
その声に皆、静まり返る。
どうやら、ここは普通の学校ではないらしい。父さんが言っていた意味がわかった。ここは皆、俺と同じように「正体を隠す必要がある」者たちばかりだ。
(なるほど、楽しくなりそうだな)
俺はその場からはなれ、教壇の前に立ち自分の本名を名乗った。
お題『静かな夜明け』
眠れない夜は、じっと目をつむったまま朝を待つ。
しばらく目をつむって、睡魔がいっこうにくる気配がなかったら、諦めて目を開けて部屋の電気をつける。
それから本を読み始めるが、今読んでる小説が面白くていっこうに眠気がこない。
これではいけない、といったんかたわらに本を置く。
スマホはぜったいに触らないと決め、部屋のあかりを消してまた目をつむり、睡魔がくるのを待つ。
眠れない原因は分かってる。普段しない人付き合いをして、良くも悪くも脳が刺激されてしまったせいだ。
静かな部屋だというのに私の脳内はとてもうるさい。
人と話して楽しかった反面、ああすれば良かった、こうすれば良かったと内省する。今のこの眠れない状況に自己嫌悪すら抱きたくなる。
眠くなれ、眠くなれ。
そう頭で念じながら気がつくと、窓の外が明るくなり始めていた。
お題『heart to heart』
新曲を作る会議をバンド内でしている。
目立ちたがりでナルシストなボーカルが
「なぁ、今度の新曲なんだけどさぁ。heart to heart、なんてのはどうだい?」
そう、プリンになり始めている金髪をかきあげながら言った。なんだろう、正直ダサい。
なにか対抗する案はないか、ベースの僕は「えっと……」と考えてる間に気が強い割に今風の大学生みたいな黒髪マッシュ頭のギターが即座に「却下」と言う。
「なんでだよ。お前はいつもオレの案を否定するよね?」
「はぁ? それはオマエがダセーからだろ」
「じゃあ、お前が言うかっこいいタイトルを言ってみなよ」
「そんなもん、いちいちひねらなくていいだろ。たとえば……そうだなぁ……『心から心』とか」
だっ……、と僕が言いかける前に「えぇ……本気で言ってる?」とボーカルが心底ドン引きした顔をした。
「だって最近は、分かりやすいものが流行るだろうがよ」
「わかりやすくたって、個性がなければなんの意味もないよねぇ? 君みたいに」
「はぁ!? それを言うならテメェは、その時代遅れな格好をどうにかしろよ!」
互いに火花を散らすギターとボーカル。
どうしよう。そう思ってさっきから喋ってないドラムに視線を向けた。ドラムはさっきからスマホになにかを打ち込んでいる。
「あのさ、ちょっと見たいんだけど……」
「ん」
僕がそう言うと、ドラムはスマホの画面を出してくれる。なるほど、さっきの二人の案よりずっといい。
僕は二人のところに向かい、「あのさ、ドラムが」と呼んだ。僕に向けてくる顔が二人とも怖い。しかもイケメンだからなおさら怖い。
すると、ドラムが立ち上がって二人に自分のスマホ画面を見せてきた。それは、さっき僕が見せてもらった曲名と歌詞だった。
このバンドは、ドラムのセンスで成り立ってるといっていい。寡黙な彼だけど、一番いい曲を作っているのは彼だ。
それを知ってるから、さきほどまでいがみ合ってたボーカルとギターが顔を見合わせてその場からはなれた。
ギターがさっそく音を出す。それに合わせて即興でボーカルがハミングする。それを聞いてなんとなく僕がベースでルート弾きして、ドラムが即興で合わせる。音が気持ちよく合わさっていく感覚に僕は、しばらく酔いしれていた。
お題『永遠の約束』
永遠なんてものはないと思う。その最たるものは結婚である。
人がいる前でいわゆる『永遠の愛』を誓い合う。
夫婦の相性が良ければ死ぬまでずっと続くが、もし途中でどちらかが約束を反故にしだしたり、どちらかの親が夫婦に対して金銭を要求してきたり、夫が家事してくれないとか妻が子供にかまけてばかりだとか……そういういろんな要因があって、結婚生活が破綻した人を見たことがある。
友人から結婚生活についての愚痴を聞かされ、この間ついに離婚を果たした時
(永遠なんて約束できないよねぇ)
なんて思ってしまった。
お題『やさしくしないで』
「もう私に優しくしなくていいよ」
私は銀製のナイフを手に、彼女を見据えてこう言った。
すると、目の前の友達は一瞬目を見開く。すこしの沈黙が流れた後、今度は顎を上げ、私を見下ろすように視線を下にした。
「なんだ、気づいてたの?」
「昨日、ね」
私は昨日の夜、彼女がクラスメイトの首筋に噛みつき、貪り食っているところを見てしまった。
あの時は気が動転してその場から逃げ出した。あんなに自分に対して優しくしてくれた人が吸血鬼だったなんて。
私の正体はヴァンパイアハンターだ。仕事の関係上、いろんな場所を転々としなければいけない私たち一族は、その関係で友達を作りにくかった。
今の学校で、いつの間にか友達の作り方を忘れた私の前に目の前の彼女が現れたのだ。
だけど、その友だちが討伐すべき相手だったなんて。
今までの優しい笑みが嘘みたいに残酷な顔を浮かべて笑ってる友だちに私はナイフを手にその場から駆け出し、彼女に攻撃をしかけた。