お題『heart to heart』
新曲を作る会議をバンド内でしている。
目立ちたがりでナルシストなボーカルが
「なぁ、今度の新曲なんだけどさぁ。heart to heart、なんてのはどうだい?」
そう、プリンになり始めている金髪をかきあげながら言った。なんだろう、正直ダサい。
なにか対抗する案はないか、ベースの僕は「えっと……」と考えてる間に気が強い割に今風の大学生みたいな黒髪マッシュ頭のギターが即座に「却下」と言う。
「なんでだよ。お前はいつもオレの案を否定するよね?」
「はぁ? それはオマエがダセーからだろ」
「じゃあ、お前が言うかっこいいタイトルを言ってみなよ」
「そんなもん、いちいちひねらなくていいだろ。たとえば……そうだなぁ……『心から心』とか」
だっ……、と僕が言いかける前に「えぇ……本気で言ってる?」とボーカルが心底ドン引きした顔をした。
「だって最近は、分かりやすいものが流行るだろうがよ」
「わかりやすくたって、個性がなければなんの意味もないよねぇ? 君みたいに」
「はぁ!? それを言うならテメェは、その時代遅れな格好をどうにかしろよ!」
互いに火花を散らすギターとボーカル。
どうしよう。そう思ってさっきから喋ってないドラムに視線を向けた。ドラムはさっきからスマホになにかを打ち込んでいる。
「あのさ、ちょっと見たいんだけど……」
「ん」
僕がそう言うと、ドラムはスマホの画面を出してくれる。なるほど、さっきの二人の案よりずっといい。
僕は二人のところに向かい、「あのさ、ドラムが」と呼んだ。僕に向けてくる顔が二人とも怖い。しかもイケメンだからなおさら怖い。
すると、ドラムが立ち上がって二人に自分のスマホ画面を見せてきた。それは、さっき僕が見せてもらった曲名と歌詞だった。
このバンドは、ドラムのセンスで成り立ってるといっていい。寡黙な彼だけど、一番いい曲を作っているのは彼だ。
それを知ってるから、さきほどまでいがみ合ってたボーカルとギターが顔を見合わせてその場からはなれた。
ギターがさっそく音を出す。それに合わせて即興でボーカルがハミングする。それを聞いてなんとなく僕がベースでルート弾きして、ドラムが即興で合わせる。音が気持ちよく合わさっていく感覚に僕は、しばらく酔いしれていた。
お題『永遠の約束』
永遠なんてものはないと思う。その最たるものは結婚である。
人がいる前でいわゆる『永遠の愛』を誓い合う。
夫婦の相性が良ければ死ぬまでずっと続くが、もし途中でどちらかが約束を反故にしだしたり、どちらかの親が夫婦に対して金銭を要求してきたり、夫が家事してくれないとか妻が子供にかまけてばかりだとか……そういういろんな要因があって、結婚生活が破綻した人を見たことがある。
友人から結婚生活についての愚痴を聞かされ、この間ついに離婚を果たした時
(永遠なんて約束できないよねぇ)
なんて思ってしまった。
お題『やさしくしないで』
「もう私に優しくしなくていいよ」
私は銀製のナイフを手に、彼女を見据えてこう言った。
すると、目の前の友達は一瞬目を見開く。すこしの沈黙が流れた後、今度は顎を上げ、私を見下ろすように視線を下にした。
「なんだ、気づいてたの?」
「昨日、ね」
私は昨日の夜、彼女がクラスメイトの首筋に噛みつき、貪り食っているところを見てしまった。
あの時は気が動転してその場から逃げ出した。あんなに自分に対して優しくしてくれた人が吸血鬼だったなんて。
私の正体はヴァンパイアハンターだ。仕事の関係上、いろんな場所を転々としなければいけない私たち一族は、その関係で友達を作りにくかった。
今の学校で、いつの間にか友達の作り方を忘れた私の前に目の前の彼女が現れたのだ。
だけど、その友だちが討伐すべき相手だったなんて。
今までの優しい笑みが嘘みたいに残酷な顔を浮かべて笑ってる友だちに私はナイフを手にその場から駆け出し、彼女に攻撃をしかけた。
お題『隠された手紙』
幼馴染が事故で亡くなった。ずっととなりの家に住んでた。
大学に入って一人暮らしを始めてからずっと会っていなかったけど、彼は家族のように身近な存在だった。心に急に大きな穴があいたみたいだ。
彼の葬式に参列すべく、地元に帰ったら隣の家のおばさんから手紙の束を渡された。
全部、彼から私宛の手紙だった。おばさんは「読んであげて」と言ったきり、家に戻ってしまった。
私は自分の部屋に急いで戻り、便箋を開く。中身はおせじにもきれいとは言えないルーズリーフの数々だった。
内容を読んで思考が一瞬停止した。彼から私に対する思いが書かれていたからだ。それをつづっては、途中で消し、また新しいノートを用意して書く。
ただ一言、「好き」と伝えてくれればそれでよかったのに、そういえば思い出した。
『俺、お前とちがって頭悪いからよぉ』
口癖のようにそんなことを言ってたっけ。だから、一生懸命背伸びしたような文章がいっぱい綴られていた。
もう後悔しても遅い。彼は二度と帰らない。
彼の気持ちに気づいてあげられていたら、もっと違ったのかもしれない。彼が死ぬこともなかったかもしれない。家族みたいに大事だったのにな。
それでも泣くことができず、ようやく泣いたのは火葬まで済ませた葬式の後、東京へ帰る新幹線の中だった。
お題『バイバイ』
今度こそ、あの子を死なせないと決意した。だから、生まれ変わったんだ。
夕方になり、隣の村に住んでいる友達が
「帰らなきゃ」
と立ち上がる。僕はその手をつかんだ。彼女が不思議そうな顔をして僕を見る。
「ねぇ、村まで送らせてよ」
そう言うと、彼女が恥ずかしそうに笑った。
僕はこの後の顛末を知ってる。
この場で「バイバイ」と別れた後、彼女とは何年も会えなくなる。次に彼女の姿を見たのは十年後、ボロ布だけをまとったやつれた姿で人買いに売られているところだった。
隣の村は貧しく、その周辺では子供を狙った人攫いが横行していた。
僕はずっと後悔を胸に生きてきた。
だから別れの挨拶をする前にせめて彼女を無事に送り届けようと決めた。それは、彼女がある程度成長するまで続けられた。