白糸馨月

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11/9/2024, 2:11:14 AM

お題『意味がないこと』

「日常回もういいよ、さっさと次の敵登場してくんねぇかなぁ」

 同棲している彼氏のその言葉に私はイラッとした。今見ているのは、国民的週刊少年誌のバトル漫画のアニメだ。この漫画が人気あるのは強大な敵に立ち向かう王道ストーリーなのだが、今はたまたま日常回をやっている。バトルが見たい人からすると退屈きわまりないものらしい。漫画でも「この場面いらない」なんて掲示板で書かれてたりする。
 だが私は、この一見意味がないように見えるこの主人公とライバルのやりとりが好きだ。
 主人公の天然ボケっぷりと、主人公に執着するライバルが主人公との会話のキャッチボールがうまくできなくて歯がゆそうにしている、私は正直この漫画の中でも好きなシーン五本の指に入る。
 だから私は、彼氏のとなりに腰掛けてわざと大きい声で

「はぁー、尊い」

 と言ってやるのだ。彼氏がぐぬぬと、歯がゆそうな顔をする。

「こんなの腐女子しか好きじゃねぇよ」

 ぼそっと聞こえた言葉を聞き流す。
 そうだよ、私腐ってるの。それ知ってて付き合ったんでしょ? と言いたくなるところだが、それよりも目の前のシーンが最高で目を離したくない。私はこの本筋に関係ないやり取りを心置きなく楽しんだ。

11/7/2024, 11:14:45 PM

お題『あなたとわたし』

 たまたまクラスメイトと帰りが一緒になった。授業でやる発表会があって同じグループになった子と今二人で帰っている。その子とは正直あまり話したことがない。というよりも、私はクラスの人とほとんど言葉を交わしたことがない。
 その子から「一緒に帰ろ」と言われ、正直気まずいなぁと思いながらも一緒に歩いている。なに話せばいいんだろう、そう思った時にクラスメイトがふと
「あー、帰りパフェ食べに行こ」
 と呟いた。私はそれに対して一瞥するだけでなんのリアクションも返せなかった。だが、気がついたら喫茶店の目の前で立ち止まる。
「じゃ、私はこれで」
「え、なに言ってるの? あなたも一緒だよ」
「へ?」
「あなたと私でパフェ食べるの。ほら、普段クラスで喋れてないんだしいい機会じゃん」
 って言いながら彼女はお店に入っていく。
 可笑しいな、私が誘われるなんて。自然と口角が上がってしまう。人から誘われることなんて滅多にないから正直嬉しくて私は彼女の後をついていった。

11/6/2024, 11:46:30 PM

お題『柔らかい雨』

 湯船につかるのが面倒な時、シャワーだけですませることがある。
 ただ、寒がりなのでわりと長時間シャワーを体にあてる。自分が心地良いと思う温度に設定して柔らかくてあたたかい雨を自分にあてるのだ。

「ぬわぁ、生き返るぅ」

 こういう温かい水を当ててる時間も至福のひと時である。

11/6/2024, 3:44:51 AM

お題『一筋の光』

 昔やってた遊びがある。それがまさかこんなところで役に立つとは思わなかった。
 ある日突然眠らされて、気がついたら洞窟の中にいた。目覚めた時、体のあちこちに氷の膜がはられてたからいわゆる『コールドスリープ』状態にさせられたのだと思う。
 洞窟の中には、俺の他にもう一人おっさんがいた。おっさんは積み上げた木の上で顕微鏡の接眼レンズをかざしている。

「なにしてるんだ?」
「お前もきっとガキの頃、やったことあるだろう」

 そういえば接眼レンズにむかって一筋の光が差し込んでいる。まさか
 と思った次の瞬間、木から煙が上がり始め、徐々に木が炎に包まれていく。周囲が明るく、暖かくなった。
 俺は思わず近づいて暖を取る。

「まさかこんな懐かしい方法で暖を取れる日がくるなんて」
「だろう? この近くに研究所がある。必要とあればなんでも取ってこれるぞ」
「いや、今は温まりたい。ずっと寒かったんだ」

 家族はどうしてるだろう、友達はと思ったけど今はそれよりも寒く暗い洞窟の中で明かりと、暖かさが欲しかった。

11/4/2024, 11:35:29 PM

お題『哀愁を誘う』

 昔、きれいで憧れてるおねーさんがいた。
 そのおねーさんは、私が住んでるマンションの隣の部屋に一人で暮らしていた。
 おねーさんは、いつもきれいで優しいひとだった。
 私が遊びに行くと、いつもはちみつの香りがするあまい紅茶と色んな味のクッキーを出してくれた。
 なんの話をするかといえば、とくにない。ただ私が学校であった話をにこにこしながら聞いてくれるだけ。
 ある時、私が学校で出来た好きな人の話をした時、おねーさんの様子がいつもと違うことに気がついた。

「どうしたの?」

 と聞くと、おねーさんはすこしだけ悲しそうな顔をした。

「好きな人がいるのっていいね」
「うん!」
「その人も貴方のことを好きでいてくれるなら、どうか大事にしてあげてね」
「もちろんだよ!」

 そんな会話をしてその日は別れた。その日の夜、なんだか星空を見たくなってベランダに出たら隣のベランダにおねーさんがいた。
 話しかけようとして、思いとどまった。おねーさんが泣いていたから。
 なんだか見ちゃいけないものを見た気がして部屋に戻る間際、おねーさんの独り言が聞こえた。

「愛を返してあげられなくて、ごめんね」

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