白糸馨月

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10/12/2024, 1:29:58 AM

お題『カーテン』

 平穏に暮らしていたら、誰かからの視線を感じた。
 カーテン越しに外を見ると、私はとっさに魔力をこめながら手を後ろに向ける。いつも使っているガラスの万年筆が宙に浮いて私の手に吸い付き、杖の形状に変化した。
 カーテンに魔法をかけているから、人間からは姿は見えないはずだ。だが、私に殺気を送るということは、私と同類か。要するに追っ手が来たのだ。
 私は、マンションの部屋から出ると、廊下で男とすれ違った。このマンションはオートロックだが、私と目の前の男のような『魔法使い』には意味をなさない。魔法さえ使えばガラス板など簡単にすり抜けることができるからだ。
「魔法警察か……」
「大人しくしろ。さすれば、罪は軽くなると王はおっしゃっている」
「こんなところまで追ってきても、私が無実であることに変わりはない」
「貴様がそういう態度なら」
 言うなり魔法警察は、黒光りする杖から稲妻を出した。正直、余裕でかわせるレベルだ。だが、ここは我々と姿形は同じとはいえ、魔法を使えない者にとっては命取りになる攻撃だ。
「近所迷惑、だな」
 私は姿を消す魔法を使い、宙に浮く。殺気も消して知覚させないようにする。
 警察は杖片手にきょろきょろあたりを見回している。私はここぞとばかりに彼の周りに円を描き、転移魔法をお見舞いする。
 すると、彼の周りに異空間ができ、次の瞬間落とし穴に落ちるかのように叫びながらそこに落ちていった。異空間につながる穴を閉じた後、私は地に足をついて、姿を現す。
「よし、引っ越すか」
 私は部屋に戻るとパソコンを開き、賃貸情報サイトを開いた。

10/11/2024, 9:16:44 AM

お題『涙の理由』

 今まで自分のためにしか泣いたことなんてなかった。
 小さい時は、自分の思い通りにならなかったり、欲しいものを買ってもらえなかったり、うまく自分が言いたいことが伝えられなくて涙に訴えていた。
 自分がいじめられた時も泣くばかりでなにもできなかった。
 中学になって、部活に入って、部活を引退する先輩がいて、引退するのは先輩なのになんで同級生が泣くんだろうって不思議に思った。
 私は、自分に対する思い入れは強いくせ、他人に対する思い入れは薄い。そんな事実を目の当たりにした。
 同級生から「あんたって冷たいよね」って言われたことがあって、でも泣けないものは泣けないんだから仕方ないじゃないかなんて思っていた。

 それが最近、自分のことじゃないのに涙が出る機会が増えてきた。物語で家族を大切にする心情に触れるとなぜか涙が出てくるし、ある商業BL漫画を読んで攻めが精神的に救われる様を読んで涙が出てきたりすることがあった。
 正直、大人になった今は、大事な友人が害された時に怒りこそすれ、泣くことはないけど、物語で泣けるようになったということはそのあたりはちゃんと『人間』になれたと思っていいんじゃないかと思っている。自分のなかではね。

10/9/2024, 11:49:16 PM

お題『ココロオドル』

 久々に複数の人達とカラオケに行った。いつもは一人でカラオケに行く。歌うのが好きで、時折どうしても歌いたくなる時ってあるから。
 今日も一人でカラオケに行こうとしたら、目が合った職場のグループに声をかけられ、ご飯を食べ、そのノリでカラオケに行くことになった。
 課長クラス以上はいないとはいえ、先輩社員がなにを歌うのか読めず、無難にどの世代でも歌われてそうな曲を入れようかと悩んでいたら、ノリのいい音楽が流れてきた。
 あっ、この曲は懐かしい。懐かしすぎる。
 流れるクリーンなギターのイントロが終わった後、この場にいる全員が叫んだ。
「エンジョイ!」

10/9/2024, 3:41:02 AM

お題『束の間の休息』

 働き詰めだった一週間が終わり、土曜日がやってくる。
 とはいえ、深夜まで仕事しかしておらず、寝て過ごすつもりだ。
 なにも考えずに動画配信サービスのドラマを寝ながら一気見する予定だった。
 だが、土曜日の昼頃、仕事用スマホの電話が鳴った。
「君がリリースしたツールでエラーが起きた。今すぐ調べてほしい」
「承知いたしました」
 俺は電話を切った後、舌打ちをして社用PCの電源を入れた。
 くそ、せっかくの『休』日がパァじゃねぇかよ。

10/7/2024, 11:47:06 PM

お題『力を込めて』

 ゲーセンでパンチングマシーンで新記録に挑戦しようとした時、とつぜん異世界に転移させられた。なんでこんなことになったのか、私にはよく分からない。
 どうやら洞窟の奥の方みたいで、私の目の前にパンチングマシーン台程度の大きさの石板が置かれている。石板は青い炎に包まれていた。
 上から女性の声が聞こえてくる。
「よく来ました、異界の方。お願いです。目の前の石板に一発、拳を入れてください」
 わけもわからず、私は拳を握る。
「これを破壊すれば元の世界に帰してもらえるんですよね?」
「えぇ」
 言っていることが本当ならば、と、私は拳に力を込めてありったけの力で石板を殴りつけた。
 いつもムカつく上司や、同僚の顔を思い浮かべながら殴っている成果が出たのか、石板はあっけなく砕かれ、轟音とともに私の体が浮かび上がり――気がつくと、もとの世界に戻ってきていた。
 さきほどいた世界がどうなったか、知らない。私は困惑しながら自分の拳を見つめていた。

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