お題『たそがれ』
日が沈みかけ、空の色が青からオレンジや黄色のグラデーションに変わる短い時間。
そんな空を見つめていると、まるでどこかに連れて行かれそうな気分にさせられる。
それは私が昔、村に住んでいた頃、おばあちゃんから「たそがれ時には、外に出てはいけないよ。なにかに連れて行かれてしまうからね」と言われてきたからだ。
でも、東京に出た今はそんなことはなくて、普通に会社の就業時間から残業時間に変わり始めるすこしの休み時間の間だけ、缶コーヒーを飲みながら屋上から空を見上げている。
また仕事は深夜零時近くになるだろう。
「このまま誰か、本当に連れて行ってくれないかな」
とぽつりこぼして、なにも変わらない仕事だけの生活に嫌気がさすのだ。
お題『きっと明日も』
たまたま出社した日の夕方、ターミナル駅の前で目を引く弾き語りの男がいた。たぶん、年は俺と変わらない。
それがアコースティックギター片手にお世辞にも上手いとは言えない演奏と歌声を披露している。
ある者は素通りし、ある者はしかめ面しながら一瞥し、ある者は友達とこそこそ話をしながら彼の前を通り過ぎていく。
その様子がいたたまれなくて、俺は彼の前に立つことにした。
そいつは、あまりにも自分に酔っていた。
今時あまり見かけなくなったいわゆるスーツ着たギャル男風の格好して、髪型もなんだか盛ってて――昔、自分が売れないバンドマンをしていた頃を思い出した。結局、今は夢を諦めてサラリーマンになりさがっている。
正直、目の前の男よりも俺の方が歌は上手いし、もうすこしマシな弾き語りだってできる。それでも演奏を続けているその姿にスポットライトが当たっていて、まぶしくて、その姿が俺からは強いモノに見えて不覚にも感動してしまった。
目頭をおさえていると、曲は間奏に入ったようだった。
「へい、そこのお兄さァん! 俺の歌聴いて泣いてるのかい!」
と話しかけられた。それがなんだか悔しい。
「泣いてねーよ!」
と叫んで結局、そいつのいわゆる『ひどい演奏』を一曲聴き終えてしまった。
演奏が終わった後、俺は思わず歩み寄って両手でバンドマンと握手する。
「負けねーで頑張れよ!」
「ありがと! はい、俺の名刺」
きざったらしい調子で喋るそいつから名刺を渡される。黒字にツタみたいな模様とサインが書いてあって……なんだかホストの名刺みたいだ。
「おう! じゃ、頑張れ!」
そう言って、俺はその場を後にする。後ろからまたギターの音楽が聴こえてくる。やっぱり下手だ。
きっと明日も彼はあそこに立っているだろう。
「ま、あいつなら俺みたいに潰れなさそうか」
そうひとりごちて、帰りの電車の中、名刺のQRコードを読み取ってインスタグラムを見た。自撮り写真ばかりでまた愛おしくなって「あー、五年くらい前俺もこうだったなぁ」と思わず笑いが漏れてしまった。
お題『静寂に包まれた部屋』
会議室へ行ったら一番乗りだった。発表するのは俺なので当然なのだが。
俺は自分が作ったパワポの資料を人数分配り、パソコンとプロジェクターをつなげた。
その時、なんだか無性に歌いたくなって最近流行っている曲を口ずさみ始めた。
パソコンの画像がプロジェクターに送られているか確認し始めたところで、入ってきた上司と目が合う。
「あっ……」
正直恥ずかしい。なにごともなかったかのように振る舞うと、急に上司が俺がさっきまで歌っていた曲と同じ歌を歌い始めた。しかも振り付け付きで。
俺はなんだか楽しくなって、しばらく二人してゴキゲンのまま歌い続けた。楽しく腰をふりながら歌っていたらもう一人、人が入ってきたタイミングで俺たちはピタリと歌うのをやめた。
彼は職場であまり喋らず、なにもつっこまないタイプなので無言で席につかれたことが余計に恥ずかしさを増した。
その後、会議が始まるまで気まずさは続いたのだった。
お題『別れ際に』
友達に石を渡された。彼女は私から見ると異世界から来ていて、ここ人間界に留学していた。
それが上から人間界での役目は終わったと判断されて彼女は異世界に帰ることになったんだ。
私は彼女とはなれて一ヶ月はずっと泣いていた。最近では一番の友だちだっし、毎日一緒にいた。当たり前のように一緒にいると思っていたから悲しかった。
それがある時、急に石が青く光り始めた。なにかと思うと、そこから彼女の姿が小さなホログラムみたいに浮かび上がってくる。
「久しぶり。元気にしてた?」
いつもの彼女の姿があって、私は思わず泣いた。
「……って、泣きすぎだよぉ」
「だって、やっぱり貴方がいないのはさみしくて」
「うん、私も寂しいよ」
浮かび上がってる彼女も涙をこぼした。二人でしばらく泣いた後
「もうすぐ、そっちの世界と私の世界をつなぐトンネルが作られると思う」
その言葉に私は思わず目を見開く。
「ねぇ、それ本当?」
「うん。王様が出した新しい企画で。まだ立ち上がったばかりだけど」
「じゃあ、それができたらいつでも会いに行けるってことだよね!?」
「うん、そうなると思う。いつになるかは分からないけど」
「そしたらまた、会おう!?」
「うん」
「絶対、絶対に会おう!」
私は友だちにうったえたら、彼女は笑った。
「こんなに好かれて、私嬉しいなぁ」
彼女の姿が消えかかっている。私はまだ彼女とはなしたかったけど、どうもそうは行かないみたいだ。
「もう時間が来ちゃったみたい」
「次はいつ話せる?」
「それが私にも分からない。だからね」
「うん」
「出来るだけ石をそばに置いておいて欲しいの。それでときどき様子見てくれたら嬉しいな」
「時々じゃなくてずっと見てるよ!」
「あっははは。本当に私のこと好きだなぁ」
「うん、好き、大好き!」
そう言って私は両手でで彼女を包んで昔みたいに抱きついていたのを表してみる。すると、彼女は目をつむり、私の手によりかかるようなポーズをとって
「またね」
と言って消えた。目の前の石はただの石に変わった。
私は涙を拭く。
「私からもやらないと」
でも、何を? どこからやればいいのかわからないからとりあえずスマホから検索エンジンを出して『異世界へ行く方法』と入力した。
お題『通り雨』
「エモーショナルクラウドって知ってる?」
「あー、最近話題の?」
「そう。この前クラスの子のところだけ局所的に雨が降られてるのをみちゃってさぁ」
「えっ!? 実在すんの?」
「実在するみたい。そう言えばその子、彼氏にフラれたとかなんかで」
「えぇ……」
できればそんなモノに出くわしたくないなと思った。だって公開処刑じゃん、その子のところだけ雨が降るなんて。ま、すぐやむらしいけど。
っていう会話をした矢先、サプライズで年上の彼氏が住んでるアパートへ行ったら、女がいた。二人仲良くベッドの中にいる。
私はわざと大きな音を立てて部屋に入る。二人共ぎょっとした顔をして私を見ていた。
「なにしてんの?」
冷たい声音に自分でもひどく驚く。彼氏はあわてた様子でベッドから出てきて
「これには事情があって」
と説明しはじめた。私はスッと急激に自分の感情がさめていく感覚を覚える。横にいる女は笑いながらこっち見てる。きっと彼を陥落させたのだろう。
「マジでキモい」
その女も、好きだった男も。私は勝ち誇った顔してる女に向かって合鍵を投げつけた。
「きゃっ!」
「こんなもの、くれてやる!」
そう言って私は部屋を出ていった。
なんでこんな男なんか好きだったんだろう。年上の大学生で背が高くてかっこよくて、自慢だった。それが他にも女がいるクズだったなんて。
私は自分の男を見る目がなさに涙があふれてきた。どこか隠れられる場所はないか、探していると上から額が濡れる感触がした。続いて肩が、やがてだんだん濡れる面積が広くなる。
自分がいるところだけ雨が降っているのだ。頭上には私の頭の上だけにかかる灰色の雲。
「勘弁してぇ、恥ずかしいぃ」
泣き止みたくても泣き止めない。無駄なエモい展開とかマジでいらない。私は感情がぐっちゃぐちゃになりながら公開処刑雲の下でボロボロ涙をこぼしていた。