お題『いつまでも捨てられないもの』
そういえばまだ捨ててないものがある。
それは、学生時代に付き合った最初の彼氏と揃えたペアリングだ。正直デザインは私の好みではなかった。本当は別のが良かったのに元彼は『これがいい!』と言ってそのまま押し切られる形で二人でお金を出して買った覚えがある。
あの頃は、最初の彼氏ということで『ついに私もペアリングかぁ』と有頂天になって指輪をしていたものだが、いろいろあって彼とは別れた。別れ方があまりに不誠実極まりなかったので、別れた時、おどろくほどなんの感情もわかなかったことを覚えている。
別れてもう十年くらいが経つが、指輪なので未だに捨てられてない。べつにいつでも捨てて良いのだが、どうしたものかと部屋を片付ける度に見つけて思い出すのだ。
そして片付けが終わって、しばらく忘れるを繰り返している。
お題『誇らしさ』
たいしたことがないものばかり自慢する幼馴染がいる。
「今日、きれーな形の小石を見つけたの!」
「今日、ママが作ってくれたカレーがすごくおいしかったの!」
「今日、ホルンがちゃんと吹けたの!」
「●●高校に入れたんだ、頑張ったからうれしい!」
「▲▲大学、推薦で行けた!」
幼稚園の時から大したことがないものを、まるでさも特別ですって感じで言ってくる女だった。そんな時の彼女は決まって誇らしさで顔を興奮気味に赤くしていた。
私からすると、正直小石なんてみんな一緒だし、カレーなんてだからなにって感じだし、ホルンは誰よりも下手だし、●●高校は正直底辺よりすこしマシなレベルの学校だ。▲▲大学もたしか大したことがなかった気がする。
そういった話をしては流し続けて、大学になってお互いに一人暮らしを始めるから疎遠になって、社会人になってたまたま同じタイミングで帰省したら幼馴染に会った。
彼女は、となりに立っている男を私に紹介してきた。
「私、今度この人と結婚するの! すっごく優しくて最高なんだぁ!」
へ、どこがって思う。その男はよりにもよってデブでハゲだった。内心、「罰ゲームかよ」と思いながらそれを表に出さないように
「へぇ、おめでとう」
と言った。幼馴染は、嬉しそうに「ありがとう!」と返してそのハゲデブの手を引きながら家の中に入っていった。
その後姿を見送りながら私は思う。
別にあんなレベルが低い女にお似合いの婚約者がいて、見た目もあの自信なさそうに笑う表情も私からしたら「ないわー」って感じだし、それでもあの女は私にマウントとったつもりなんだ、腹が立つ。
いいや、先を越されたんだ。
そう考えると、私は実家に戻って自室のベッドの上に突っ伏した。
皆から馬鹿にされないように、見た目を磨いてそれなりの地位を学校で築いて、勉強や運動も頑張ってそれなりのレベルの高校、大学に入って、歴代の彼氏は全員が容姿端麗だ。
だけど満たされないのは、私にはこの性格だから友達が一人もいなくて、恋愛も半年と続いたことがない。皆、私の本性がバレて引いたか、浮気を繰り返すクズ男ばかりだからだ。
それでもそういう他人の目を気にした生き方をやめられそうにない。一方で、見下してた幼馴染はあんなにも幸せそうだ。
私は歯を食いしばって悔しさに耐えた。
お題『夜の海』
夜しか営業していない水族館があったらいいと思う。そこは、海のなかに曲がりくねった管を入れたような形をしていて、実際に泳いでいる野生の魚を見ることができる。
明かりは、水族館の雰囲気を壊さないよう必要最小限に設置されている。音声ガイドを借りれば今いる階層の魚についての知識やうんちくなどを聞くことができる。
さらに下に降りていくと、今までいた群れなす小さな魚からサメ、エイまでいろいろ見ることができる。運が良ければ海の中だから魚が魚を捕食する場面に出くわすこともある。
そして、最下層が深海魚だ。ここでは、深海に住む魚がいて、水族館の外側に配置されたライトによって彼等の姿をおがむことが出来る。
この水族館はエスカレーターで移動するため、歩いてもそこまで疲れないのも良い。
そんな水族館があったら、仕事が終わった帰りにふらっと立ち寄ってみたいものだ。
お題『自転車に乗って』
黒い制服に身を包んだ令嬢が家の前で車を待っていると、執事が走ってきた。
「なんですの、こんなにきれいなお庭なのに走るなんてはしたないですわ」
執事は令嬢の目の前で頭を下げる。
「お嬢様、大変です。道路が渋滞してリムジンが来られません!」
「なんですって! そんなもの、他の車を轢き潰してでもこさせなさい!」
「それは犯罪です、お嬢様」
「じゃぁ、どうしろと言うんですの? わたくし、学校に遅れてしまいますわ」
「ご安心ください、お嬢様」
「いい方法があるのですわね」
「はい、こちらです!」
気がつくと執事の背後にワインレッド色の布がかけられている物体がある。布をとると現れたのは自転車だった。
しかもご丁寧に後ろの方に椅子が用意されている。まるでそれは、幼児が乗るための席のよう。しかも令嬢サイズに大きくしてあり、安全設計の他に無駄に金色に光り輝いている。
「絶対嫌ですわ」
「お嬢様、この際ですからプライドは捨てましょう。遅刻してしまいます」
「今日は休みますわ」
「皆勤賞を目指されてるのではないですか、お嬢様!」
「は! でも……こんなダサい乗り物……」
「大丈夫です、お嬢様はいつもダサくていらっしゃいます」
「な、なんですって!」
「リムジンで登校する時、自分が降りる時にレッドカーペットを敷き、その上を歩くことが本気でかっこいいとお思いですか?」
「あれは、わたくしの美学ですわ!」
「わかりました。ですが、レッドカーペットを歩くのは自転車でも変わらないでしょう」
「でも、かっこよさが」
「お嬢様、遅れてしまいます。そちらの方がもっとダサくていらっしゃいます」
令嬢は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべ、拳を握ってため息をつくと、自転車に取り付けられている金ピカのチャイルドシー……椅子に腰をかける。
「安全のためです」
と言われ、ベルトを付けたあと、執事に無理矢理ヘルメットをかぶせられる。執事も同じ白いヘルメットを被っている。なんだかダサい。しかし、前のかごにいつものレッドカーペットが丸まって入っているからよしとしますわ、と令嬢は思う。
「では、行きますよ、お嬢様!」
執事は張り切って、ペダルをこぐ。そのスピードは意外にもリムジンに負けず劣らずだ。いつもと違うのは、外にいるから風を感じること。
時折視線を感じたが、令嬢は背筋を伸ばして前だけを見続け、お嬢様らしい振る舞いを演じていた。
お題『心の健康』
なんでこんなとこに立ってるんだろう、私。
ビルの屋上に立って、車が行き交う道路を見つめている。ここから落ちれば死ぬだろうなってふと考えてしまう。
そんな時、目の前に雲の上に乗っているハゲ頭のおじいさんが現れた。『神様』と言えばこの姿とでも言いたくなるくらいステレオタイプな姿だ。
もしかして、私はもう死んでるのかな?
そんなことを考えていると。
「おぬし、今死のうとするのは早計じゃぞ」
と、声をかけられた。
「あの、死のうとしてないのですが……」
「いいや、おぬしの足があと一歩でもずれていたら危うく道路に向かって真っ逆さまに落ちてたところじゃぞ。落ちたら間違いなく即死」
「あ」
自分はいつのまに屋上の、ビルのヘリの上に立っていたらしい。ひっと息をのんで慌てて屋上の方へ尻もちつくように戻った。
「おぬし、すこし疲れてしまっているようじゃ」
「疲れてません。これでも人よりずっと体力ある方なんです」
「でも、社内でセクハラを受けてるじゃろ?」
「セクハラなんてっ!」
言いかけた途端、心当たりしかない映像が脳内に流れて私は膝をつき、思わず吐きかけた。
女ばかりの会社で地味だと馬鹿にされたから頑張って身なりをそれなりに見せるようにこころがけ、体型だって絞ってきた。毎日ランニングを欠かさないし、健康診断だって今のところなんの所見も見当たらない。
それなのに、いや、それだからか、女体が好きな上司に目をつけられてしまった。
「おぬしが死のうとしてたのは、心が害されているからじゃ」
「じゃあ、どうすれば」
「それはすでにおぬしが持っているじゃろう、証拠を」
私はふと、日記の存在を思い出した。毎日欠かしていない日記。そこにはいいことも悪いことも包み隠さず書いている。最近はもっぱら悪いことしかない。
あれをもとにもうすこし詳しく上司の罪状を書けば良い。
「分かった、神様。私、戦ってみるよ」
「では、健闘を祈っているぞー。おぬしなら、できる」
そう言って、神様は消えていった。あいつさえいなければ、いや、そもそもこの会社を辞めれば済む話なのだ。
私は屋上から室内に戻り、自分を取り戻すための作戦を練ることを誓った。