白糸馨月

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お題『心の健康』

 なんでこんなとこに立ってるんだろう、私。
 ビルの屋上に立って、車が行き交う道路を見つめている。ここから落ちれば死ぬだろうなってふと考えてしまう。
 そんな時、目の前に雲の上に乗っているハゲ頭のおじいさんが現れた。『神様』と言えばこの姿とでも言いたくなるくらいステレオタイプな姿だ。
 もしかして、私はもう死んでるのかな?
 そんなことを考えていると。
「おぬし、今死のうとするのは早計じゃぞ」
 と、声をかけられた。
「あの、死のうとしてないのですが……」
「いいや、おぬしの足があと一歩でもずれていたら危うく道路に向かって真っ逆さまに落ちてたところじゃぞ。落ちたら間違いなく即死」
「あ」
 自分はいつのまに屋上の、ビルのヘリの上に立っていたらしい。ひっと息をのんで慌てて屋上の方へ尻もちつくように戻った。
「おぬし、すこし疲れてしまっているようじゃ」
「疲れてません。これでも人よりずっと体力ある方なんです」
「でも、社内でセクハラを受けてるじゃろ?」
「セクハラなんてっ!」
 言いかけた途端、心当たりしかない映像が脳内に流れて私は膝をつき、思わず吐きかけた。
 女ばかりの会社で地味だと馬鹿にされたから頑張って身なりをそれなりに見せるようにこころがけ、体型だって絞ってきた。毎日ランニングを欠かさないし、健康診断だって今のところなんの所見も見当たらない。
 それなのに、いや、それだからか、女体が好きな上司に目をつけられてしまった。
「おぬしが死のうとしてたのは、心が害されているからじゃ」
「じゃあ、どうすれば」
「それはすでにおぬしが持っているじゃろう、証拠を」
 私はふと、日記の存在を思い出した。毎日欠かしていない日記。そこにはいいことも悪いことも包み隠さず書いている。最近はもっぱら悪いことしかない。
 あれをもとにもうすこし詳しく上司の罪状を書けば良い。
「分かった、神様。私、戦ってみるよ」
「では、健闘を祈っているぞー。おぬしなら、できる」
 そう言って、神様は消えていった。あいつさえいなければ、いや、そもそもこの会社を辞めれば済む話なのだ。
 私は屋上から室内に戻り、自分を取り戻すための作戦を練ることを誓った。

8/13/2024, 1:54:09 PM