お題『蝶よ花よ』
蝶よ花よと育てられた妹が齢三十にして一人暮らしを始めるらしい。「だから、おねーちゃんがサポートしてあげてね」と親からLINEが来た時、正直げんなりした。
妹は、言葉を話すのが遅くて親がつきっきりで面倒見たり、学校になじめなくて不登校になっても親は「行かなくて良いからね」と甘やかした。さすがにそんな状況は私が看過できなくて、一度妹を無理矢理学校に連れて行ったら、校門の前で大声で泣くし、呼び出された親にものすごく叱られた。
それ以来、あまり関わらないようにしてきたし、高校卒業したら速攻一人暮らしを始めた。「おねーちゃんはしっかりしてるもんね」と親から言われて、すんなり許してもらえた。
大学になって以降、社会人になっても、あまり帰省をしてこなかったし、最近帰省したのなんて私が結婚を決めた時に夫を連れてきたことくらいだ。
ようやく『私の家庭』が持てると思った矢先にこのニュースである。「やだ、面倒見たくない」とつっぱねたが、「そこをなんとか」と親に言われて私は今、しぶしぶ妹が住むマンションに来てしまった。引越の荷物はもう運んであるとのこと。
中に入ると、ごった返した部屋の中で箱から出した年季が入ったくまのぬいぐるみと会話しているロリータ姿の妹とご対面。引越の片付けをなにもしようともしない。もうこの時点でいらいらする。
「来たよ」
と声を掛けると、妹がびくっと体を震わせて、ぬいぐるみで口許を隠しながらこちらを盗み見るようにした。妹は、両親以外とは会話ができないのである。
私はため息をつきながら、梱包されてるたなのビニールを破る。それから、たくさん置かれてる箱の一つを無遠慮に開ける。なかからアニメ調イラストのイケメンを模したぬいぐるみだの、アクスタだのポスターだの、まぁいろいろ出てくる。
無言で適当にそれらを棚に並べると妹が横に立ってぬいぐるみを抱えながら見つめてくる。
「え、なに?」
「それ、ちがう」
「はぁ!?」
ぼそぼそ喋る妹についにいらついて私は立ち上がって彼女に迫る。
「だったら、自分でやんなさいよ! 自分の部屋でしょうが!」
「だっ、だだ、だって……今までママとパパがやってくれたから、やり方わかんない」
いい年した妹の目に涙が浮かぶ。私は頭をかきながら荒い息をつくと
「じゃあ、あんたなんで一人暮らししようと思ったのよ!」
「そ、それは……そろそろ三十歳だから、自立したいなって、おもって」
ほぉん、そういう考えはあるんだ。ということに私は驚く。どういうきっかけでそうなったか分からないが、そう思ったこと、その時点で妹を見直すことにしよう。
「わかった。じゃあ、どこになにを配置すればいいか教えなさいよ。あんたこだわりありそうだから分かるでしょ」
「う、うん!」
それから私は夜通し、妹の部屋のセッティングをやった。私がほとんど七割やって妹はどうしていいか分からない時があって時折突っ立ってることが多かったけど、
なんだかんだ妹だからこそ、どうにかしてあげたくなるんだなと思い出した。どうやら、私は蝶よ花よと妹を甘やかした両親と根本が変わらないのかもしれない。
お題『最初から決まってた』
俺が歩む人生の流れは最初から決まってるらしい。それは、物心ついた瞬間に自分が歩む人生のストーリーが全部見えてしまったからだ。
入る高校や大学は決まってるし、どこに就職するかも決まってるし、将来結婚する相手も決まってるし、子供は何人で、孫は何人、それから最期に心不全で亡くなることまで全部見えてしまった。
一時は、こんな先が見えてる人生はつまらないと思って、一生の趣味になると言われてる野球をやめてバンドを始めたり、結婚相手とは程遠いかわいいだけの女の子を狙ってみたり、本来就職する業界とはまったく違う業界に面接に行ったりしたが全部だめだった。向いてなかった。
ギターのフレットが思うようにおさえられなくて切れた弦で怪我してからいやになってライブ出る前にやめたし、かわいいだけの女の子は俺に目もくれない、受けた業界は周りのメンバーが華やかすぎて地味な俺には眩しすぎた。
そうやってようやく諦めたのが三十になる前だ。職場で主任に昇進して、気が合う一つ年上の同期と結婚を決めて、「あぁ、俺幸せだ」って悟ったんだ。ちなみにそのどちらも最初から決められてたものだった。
これからも俺は最初から流れが決められてる人生をなんだかんだ幸せだと思いながら生きていくんだろうなと思う。
お題『太陽』
吸血鬼はとうとつに海に行きたくなった。それも日中の海岸に。しかし、吸血鬼は太陽に弱い生き物である。
それでも夏を満喫したかった吸血鬼は、たまたま海岸にあった木の下を陣取り、さらに自前で持ってきたパラソルと寝そべれる椅子を置いて、アロハシャツに膝丈の水着、サングラス、麦わら帽子といった出で立ちで寝そべっていた。
友だちとの話題の種にするための写真をスマホで欠かさず撮り(吸血鬼用のスマホ。吸血鬼がちゃんと写る特殊なカメラである)、そのあとはお気に入りの本を読んだり、遠くで海辺で遊んでいる人間をぼーっと眺めたりしていると、横に知らない日焼けした女が現れた。
「うわぁ、吸血鬼が海にいるのめずらしー!」
「あ、ども……」
現代では吸血鬼がいるからといって、特に恐れられたりしない。人間と変わらず共存している。しかし人間、吸血鬼関わらず知らない人に話しかけるのも珍しいと思う。
それからすこし話して、というより女性が一方的に話しているのを吸血鬼が聞いてるだけなのだが、最後に女性が吸血鬼のスマホをおもむろに手に取り、一緒に写真を撮った。ついでに連絡先も交換した。
「あとで送っといてねー! また遊ぼ!」
そう言って女性は去っていった。
吸血鬼は勝手にツーショットを撮られた写真を見る。なるほど、となりの小麦色の肌をした女性は笑顔が明るくて太陽みたいに魅力的だ。吸血鬼は、女性にさきほどの写真を送りつつ
「あとで友だち自慢しよ。キレーな女の人と知り合いになったって」
と口角をあげながら、呟いた。
お題『鐘の音』
鐘が鳴った瞬間が勝負のはじまりだ。
昼休み前の授業中、一部のやつらがソワソワしている。俺もその一人だ。なぜって、今日は滅多に出てくることがないこんがりカリカリ揚げパンが学食に出るって言うんだから。
数学教師のふわふわした授業なんてどうでもいい。
俺はずっと教室の時計を見つめている。
五、四、三、二、一……
チャイムの音がなって、先生が「では今日の授業はここまで」と言った瞬間に俺は席を立ち、走り始めた。
教室には俺と同じことを考えている奴が数名ほどいるし、教室を出たら俺と同じように走っているやつが大勢いた。
俺のクラスから食堂まで意外と距離があるのか痛いがこういう時だけ無駄に足が速くなるというもんだ。
他の奴等に目もくれず、走って走って走って……
食堂に着いた時、揚げパンの数はすでに少なくなっていた。俺はなんとか歯を食いしばり、隣からぶつかってくる体格が良い知らねぇやつをどうにか押しのけて、俺はパンに手を伸ばす。もうあと三つくらいしかなかった。運が良い。
「おばちゃん、これください!」
「はいよ」
そのまま制服のポケットから小銭を出して無事に揚げパンを手に入れる。
争奪戦を無事に勝ち抜いた俺は膝をついて落胆する奴等を横目に見ながら勝利の鼻歌を歌った。
お題『つまらないことでも』
子供の頃、とある剣士に弟子入りしていた時期がある。その剣士は魔王を倒したメンバーのうちの一人だ。
ただの憧れから「剣士様みたいに強くなりたいです」と言って、剣士もこころよく受けてくれた。
だけど、その修行内容はとてつもなくつまらなかった。
倒される練習と、素振りをするだけ。たまに剣士に打ち込むことをするだけ。いっこうにモンスターと戦わせてくれない。
だから一回、剣士の目を盗んで村の外へ出て魔物退治に出かけたことがある。ザコだと思っていた魔物に苦戦した。
倒される練習を怠ったからダメージが余計に増えるし、剣を振るパターンも覚えきれておらず敵に対処出来なかった。散々ダメージを食らって死にかけた。
師匠が俺を助けに来てくれなければ俺は今この世にいないだろう。
あれから心を入れ替えてひたすら同じことを繰り返し、実践もさせてもらえるようになり、いつしか俺は師匠のおかげで近くの王都の騎士団に所属するようになった。
つまらないことでも、鍛錬を地道に積んだ成果である。その結果、今は騎士として様々な人を助けることができているのだから。