お題『誰かのためになるならば』
宿題を提出して、返ってきたノートの中身はなにが書いてあるかわからないほど、字が汚かった。
その時提出したノートが新しく変えたばかりのもので、多分名前を書き忘れたんだと思う。
俺が持ってるノートはよりによって俺が今使っているものと同じで、ただ字が汚すぎて先生が名前を読めなかったのだろう、だから俺ともう一人のところに適当に返したんだ。
うっかりしていた。
解読できないノートを手に、俺はノートの持ち主を探そうとすると
「Aくん」
と話しかけられた。話しかけてきたのは、クラスどころか学年で一番勉強が出来ないBだった。Bの手には俺と同じノートがある。
「あ、それ」
「うん、返しに来た。多分Aくんかなと思って。ノートの内容が分かりやすい、さすが」
あぁ、見たのね、俺が授業で言っていること以外もメモしているノートを。まぁ、俺も人のこと言えないわけなんだけど。褒められて嫌な気分にはならない。
「はぁ、どうも」
「それでさ、俺に勉強教えてくれない?」
「ん?」
Bが手を合わせて俺に拝んでいる。まぁ、あのノートの取り方じゃ無理ないだろうな。そりゃ学年最下位になるわけだ。本人なりに危機感を持っているらしい。仕方ない、褒められたついでに引き受けるか。
「危ないんだろ、進級」
「そ、そうなんだよ! マジたすかるわぁ!」
「さっそくだけど、放課後あいてる?」
「えー、放課後……テスト直前じゃだめ?」
「このノートの取り方じゃ、テスト直前ですら間に合わないぞ」
「えー、だって授業眠いし」
「なるほど、だからそんなミミズみたいな字を」
「あ、ひどくね!?」
「でも、留年したくないんだろ?」
「う……」
よりにもよって学年最下位のやつとのノートの取り違えからまさか勉強を教えるはめになったけど、誰かのためになるならばそれも悪くないかなと思った。
お題『鳥かご』
むかし、飼い主さんが教えてくれたの。
「君みたいな姿をした生物が家族でご飯を食べたり、学校行ったり、働いたりする星が遠くの方にある」って。
わたしは鳥かごの中に飼い主さんが用意してくれたふわふわの天蓋つきの白いベッドに、飼い主さんが着せてくれた白いサテンのかわいいワンピースに身を包みながら聞いてたの。
わたしみたいにニンゲンの言葉を理解して、お喋りしたり、お洋服を着たり、鳥かごをお部屋みたいにしてくれるのは珍しいことみたい。前に飼い主さんに抱っこされながら散歩した時、他のわたしと同じ生き物を見たけど皆服を着てなかったし、言葉も喋れなかった。
わたしの星では常に戦いが起きていて、最近飼い主さんがいなくなっちゃったの。
「もし僕が戻ってこなかったら鳥かごから抜け出すんだ。そしたら、誰にも見つからないように走って、『地球』行きの宇宙船を見つけたらそれに飛び乗るんだ。そうすれば、君はもう鳥かごで暮らさなくて済む」
って言い残して、飼い主さんは、全身かたそうな黒いお洋服に身を包んで、黒い銃を手にしていなくなったの。
しばらく待っても戻ってこなくて、お部屋の扉を蹴破って飼い主さんを探しにやって来た怖いおじさんたちに「服を着た小さく美しいサルがいるな。しかも言葉を理解するとは珍しい」と言われて捕まりそうになって、今、逃げてるところ。怖いおじさん達が言うには、飼い主さんは今も行方がわからないんですって。
命からがら逃げて、逃げて、逃げて、足を怪我しながらようやく宇宙船のターミナルについて、『地球』行きの観光用宇宙船にどうにか忍び込んだところ。たまたまお客さんがいなくて良かった。
宇宙船が離陸するのに体がとばされないようにしがみついて、宇宙船が安定するまでどうにか耐えたわ。走ったり、振り回されないようにして、疲れちゃった。
わたし、飼い主さんに言われたの。宇宙船に無事に乗り込めたなら発信機のスイッチを入れてくれって。ワンピースのポケットから発信機が落ちていないことに安心して、中央のボタンを押したわ。
音が鳴らないから飼い主さんに届いているかはわからない。
乗った宇宙船は、天井の窓が丸く大きくあいていて、いろんな星たちが見えて、
「飼い主さん、会えるよね」
とぽつりこぼした。宇宙に浮かぶ星たちはきれいで、飼い主さんにも見せてあげたかったな。
お題『友情』
俺達の間に友情なんてない。ましてや仲間意識があるかどうかもあやしい。そう思っていた。
俺は今、アイドルという立場に甘んじているけど、本当はもっと有名になるために利用しているだけだ。このグループもオーディションで選ばれた五人が寄り集まっているだけ。お互いに示し合わせてYoutubeチャンネルとか、Twitterで仲いい風を装うが、楽屋ではあまり喋らない。皆、俺と同じ気持ちだからだ。要するに皆が皆、他のメンバーを出し抜いて自分が有名になりたいと思っている。
そんな俺達をマネージャーや事務所の社長は見抜いていたのだろう。
プロのダンサーやボイストレーナーによるレッスンを半年間みっちりやって、プロや事務所の関係者、それからファンによる審査に合格すればメジャーデビューさせるとのことだ。
メジャーデビューすれば、テレビにたくさん出してもらえる。
俺は最初、かくれてマネージャーに反発した。俺が目指しているのは俳優であって、歌手でもダンサーでもない。小さくても良いから舞台の仕事を増やせないかと言ったが却下された。
「アイドルの仕事を頑張れば舞台に呼ばれるし、ゆくゆくはドラマ出演も夢じゃない。だけど、やらなければお前はその程度の人材ってこと」
と言われて、いらだちとともにしぶしぶ参加した。正直、歌もダンスもそこまで得意ではない俺は皆の足を引っ張っていた。
ここでグループは崩壊するだろうと思った。だが、メンバーの中にダンスと歌がそれぞれ得意なやつがいて、先生がいなくなった後も俺の練習に付き合ってくれた。
お互いがお互いのこと、どうでも良かったんじゃないのか。
そんな言葉が口から出そうになる。
だけど、誰一人嫌な顔をせずに付き合ってくれた。それがなんだかいつも申し訳なくて、迷惑かけないように一人でもあいた時間はずっと練習を続けた。
審査ライブの前日、皆で集まって居酒屋で酒を飲んでいると俺の隣に座っているメンバーの一人が泣きながら言った。こいつは一番俺のダンスに付き合ってくれた奴だ。
「俺ぁ、お前等のこと大好きだからよぉー! ぜったい、ぜったいに成功させようなぁー!」
そう言って、そいつはジョッキのビールを一気飲みした。わりとふざけたムードなのに誰もそいつをいじれない。俺もそうだ。なんだかその言葉にどうしてかぐっときてしまった。今となっては俺も、多分メンバー全員そうだと思っているけどちゃんと仲間だと思ってるし、もう友達だと思ってる。
俺は隣のそいつにくっついた。酔っているからということにしてほしい。
「あぁ、絶対成功させよう。俺、一番皆の足引っ張ってきたから本番失敗しないように頑張る」
「足引っ張ってるとか思ったことねぇよぉぉぉぉぉ!」
すごい力で体を抱きしめられ、頭をわしゃわしゃやられて、髪がぐちゃぐちゃになる。他のメンバーが皆笑ってる。そんななかで俺はなんだかエモい気分になってすこし泣いた。
お題『花咲いて』
私が一方的に推しているクラスメイトから「一緒に帰ろう」と言われた時、天変地異でも起きたのかと思った。
推しはクラスでも目立つグループに所属していて、私は目立たない大人しい子が集まってるグループに所属している。彼は目立つグループの中で一番容姿端麗で、一緒になって騒ぐことは少なく、時折バカをやっているグループの中心核の男子に対して眉を下げて淑やかに笑っているのが印象的だ。
だが、彼と私じゃ住む世界が違うので「推し」として影でコソコソ崇め奉っている。親しい友人には知れ渡っていて、私が隠し撮り写真とともに推しを布教する度、「きもい」「どんびきだわ」と言われつつも友達をやめないでいてくれる。
さて、そんな彼がどうして私のような教室の有象無象と一緒に帰ろうと思ったのか。私は顔中から冷や汗を流し続けている。
もしかして、影で盗撮しているのがバレたか
友達とひそひそ話しているキモい内容がバレたか
私は推しをチラ見する。推しは私のことなんて見ないで前だけ向いて歩いている。これはあれなのか、歩いていたら道中にカーストトップ集団がいて、そいつらに取り囲まれてあれこれ嫌なことを言われて精神的にフルボッコにされたあげく、明日からの学校生活が地獄になるやつなのか?
そしたら、推しが足を止めた。
「ちょっと公園で話さない?」
「あ、はい」
推しは尚も私のことを見ずにすたすた歩いていってしまう。なんだろう、すごく怖い。しかし、ブランコの前まで行くと推しがそこに座った。ごめん、ぶっちゃけ尊すぎて死ねる。
私は推しの斜め前に立つと、推しが視線を向けてくる。その顔面のよさが眩しすぎて正直失明するんじゃないかと思う。
「あのさ」
「はい」
「いつも俺のこと、見てくるよね」
あー、はい。バレてました。もう終わりです。明日からの学校生活、地獄です。
私は絶望的な気持ちになっている一方で、予想とはまったく異なる反応をされた。なんと、推しは私から顔をそらしながら赤面しているではないか。
可愛い、尊いと「なぜ?」という気持ちが複雑に私の中で絡み合っている。
「そんなに見られると、その……俺、意識しちゃうというか……」
「はい?」
「あの、その……す、好きです」
「え!?」
さすがに驚きすぎて言葉が出ない。嘘だ。ドッキリなのか。いや、推しが顔を真赤にしているから多分違うんだろう。
それにしても私の何が推しの何かの花を咲かせてしまったんだ!
私は「顔を赤くして尊い、写真撮りたい」と思うと同時にこんなストーカー野郎のことを好きになる推しのことがなんだか心配になって、混乱しすぎて感情の着地点を失った。
お題『もしタイムマシンがあったら』
大人になった今でもずっと妄想し続けている。もしあの時、うまく学校生活を送れていたら今、友達が一人もおらず、いい年して恋人一人いたことすらない人生を送っていないだろう。
タイムマシンで過去に戻れるなら小学校時代に戻りたい。あそこでクラスで目立つ立ち位置の男に目をつけられて、それはもう人間として扱われなかった時期を過ごすことになったから。
先生に言っても、主犯は教師の前では猫をかぶっていたので信じてもらえないどころかこちらが嘘つき呼ばわりされ、さらなるいじめを受けた。あれがきっかけで僕は人を信用できなくなり、何年か心療内科に通い続けている。勉強だけは頑張ってそれなりの大学、会社に入ることはできたものの、今も人を信用出来ない。
だからあの頃に戻れるなら、目をつけられないように立ち振る舞う方法を教えるか、否、そうじゃない。
あの頃の僕にボイスレコーダーを持たせて証拠を録音し、教師に言う時はこれを再生するように伝えたい。