「伝えたい」
絵本が好きだった。
もちろん小説も好きだが、絵を眺めるのが好きであった自分としては、物語と絵を同時に楽しめる絵本の方が好きだった。
だから、気がつけたのかも知れない。
轟く雷鳴。
黒く覆われた厚い雲。
長く降り続ける雨。
ここは、現じゃない。
ペラ……ペラ……と、紙を捲る音が何処かから聞こえる。
すると先ほどまでの雨模様が一転、虹がかかった空が顔を覗かせる。
勇者が「魔王を倒したぞ!」と声高らかに宣言する。何度聞いたか。
だが、その度に街の人は歓声を上げる。
この本は何を伝えたいの?
正義は勝つってこと?
自分は主人公じゃないからわからない。
所詮は端役。この世界に住む名前のない住人だから。
「目が覚めるまでに」
幼少期の記憶というものは酷く曖昧で、それが実際に起こった出来事なのか、それとも夢で視たものか、或いはそんなものは自分の中で作った幻想にすぎないのかもしれない。
個体差はあるのかもしれない。いや、そう簡単にできてしまっては困ることであるが、私は自慢ではないが、自分自身の記憶の改竄を簡単にできる。
改竄というと語弊があるが、例えばここに、事実Aがあったとして、その内容が気に入らなかったとする。そこで「こうであったらいいのに」と思う。
そりゃあそうだろう。気に入らない内容なのだから。
その思いを強くするうちに、事実Aは虚偽Bに侵食され、亡き者になる。
こうやって上書きした記憶は多分、多くあるのだと思う。
だが、「上書きした」という記憶があるだけで、それがどの記憶なのか、どういう幻想にすり替わったのか、記憶がないのだ。
果たして、それは記憶を上書きしたと言えるのだろうか。
コンピュータに置いて、メモリーを上書きしたところで、そのログは残るわけで、復元も容易だ(容易ではないものももちろんあるが)。
しかし、私の体にログが残っているわけでもなく、上書きしたという記憶だけある。復元もできやしない。
こうやって改竄した記憶だらけの私が、制御能力を失い、改竄したものが元通りになったら、自分をどこまで信じられるのだろうか。
目が覚めるまでに、私はどこまで記憶を上書きするのだろうか。
「病室」
消毒の匂いが鼻をくすぐる。
点滴の針を腕に刺し、固く目を瞑ってベッドに横たわっている人物はトラックに轢かれそうだった私を庇って代わりに大怪我をした人だ。
なんてお人よしな人だろう。
庇ってもらったのにも関わらず私は不躾にも思ってしまった。
知人であるならまだしも、一度も会話をしたことがない人を庇って、十数本の針を頭に縫うという大怪我をしたんだ。
ガラガラ……と病室の扉を開く音がして、発音源の方を振り返ってみると、担当医がいた。
「……まだ、目を覚さないようだね」
「…………はい」
私は小さく返事をした。
「今日で二週間だ。心臓は動いているが、目を覚さない。仮に、目を覚ましたとしても、運ばれた時の状態は散々だった。もう、足は動かないかもしれない」
それを聞いて私は静かに俯いた。
「助からないんでしょうか」
担当医は窓の外の景色を眺めながら、再び口を開いた。
「できることなら完治させたいよ。でも、僕の腕では難しいだろう。後遺症だ」
そこで担当医は言葉を切った。ベッドに横たわる患者を一瞥し、問いかけた。
「何故、君は自らトラックに突っ込んでいったんだい?」
そうだ。側から見ればそう映るだろう。
何故なら私は、もう現世にいるべきではない存在。
トラックに轢かれようが、私にもトラックにも傷一つつきやしない。
なのに、不幸なことに、正義感が強い人が私を見つけてしまい、私を庇ったのだ。
元々、霊感が強かったのだろうか。いや、先天性のものであれば、生きている者かそれ以外かの区別はつくはずだ。
となれば、答えは一つ。死期が近かった。死期が近い者は彼岸へ強く惹かれるという。つまり、この世非る者を認識する能力が上がってしまうことがあるらしい。
死期が近いから私を見てしまった。その私を助けるために自分自身が犠牲になった。
多分、庇った人はもうすぐ私と同じ存在になるのだろう。
「今日は貴方の親御さんが来ています。面会の手続きをしてきますね」
そう言って、担当医は病室を出て行った。
その数時間後、私を助けた人の心臓の鼓動が止まった。
(叙述トリックを意識して書いたつもりなんですけど、叙述トリックって難しいですね。経験が足りないことを改めて痛感しました。)
「明日、もし晴れたら」
どんよりとした雲が覆っている。
(まだ完成してません)
「だから、一人でいたい」
私には3歳離れた姉がいる。
姉はお世辞にも勉強ができる方ではなく、学年順位は下から数えた方が早い方だ。
対人関係も上手い方ではなく、人見知りが激しい姉には友達が少なかった。
補足すると、姉は学校に毎日通っている。勉強はできずとも、友達が少なくとも、姉は強い、一人でも生きていける強さを持っている。
実際問題、料理はできるし、整理整頓は姉の得意分野だ。
加えて、姉には芸術の才能があった。
SNSでしばしば自作の絵をあげているようだが、学生イラストレーターとして名を轟かせているようだ。
将来はイラストレーターになるのだろうか。
いや、絵だけではない。
まだネットには上げていないようだが、作曲もしている。一度、姉の部屋に侵入し、パソコンを勝手にいじってみたが、姉の作る音楽は美しい旋律だった。
だが、そんな姉を両親は危惧する。
母は教師、父は医師という家庭に生まれた私たち姉妹は常に両親の期待を背負って生きてきた。
勉学至上主義の我が家では、芸術の才能があろうが、料理ができようが、そんなものは二の次で、学年順位は高位じゃなければいけないという暗黙のルールがあった。
私はその両親の期待に応え続けた。
いや、これからもそうするだろう。両親が敷いたレールの上で生きていくのだろう。
でも、姉は違う。
両親に抗い、自分の信じる道を生きている。
勉学至上主義の家で生活していたため、最初はダメな人間だと思っていた。
だけど、今はそんな姉が正直羨ましい。
自分の信じる道を歩んでいきたい。
――だから、一人でいたい。
姉のように強い人になるために。