「病室」
消毒の匂いが鼻をくすぐる。
点滴の針を腕に刺し、固く目を瞑ってベッドに横たわっている人物はトラックに轢かれそうだった私を庇って代わりに大怪我をした人だ。
なんてお人よしな人だろう。
庇ってもらったのにも関わらず私は不躾にも思ってしまった。
知人であるならまだしも、一度も会話をしたことがない人を庇って、十数本の針を頭に縫うという大怪我をしたんだ。
ガラガラ……と病室の扉を開く音がして、発音源の方を振り返ってみると、担当医がいた。
「……まだ、目を覚さないようだね」
「…………はい」
私は小さく返事をした。
「今日で二週間だ。心臓は動いているが、目を覚さない。仮に、目を覚ましたとしても、運ばれた時の状態は散々だった。もう、足は動かないかもしれない」
それを聞いて私は静かに俯いた。
「助からないんでしょうか」
担当医は窓の外の景色を眺めながら、再び口を開いた。
「できることなら完治させたいよ。でも、僕の腕では難しいだろう。後遺症だ」
そこで担当医は言葉を切った。ベッドに横たわる患者を一瞥し、問いかけた。
「何故、君は自らトラックに突っ込んでいったんだい?」
そうだ。側から見ればそう映るだろう。
何故なら私は、もう現世にいるべきではない存在。
トラックに轢かれようが、私にもトラックにも傷一つつきやしない。
なのに、不幸なことに、正義感が強い人が私を見つけてしまい、私を庇ったのだ。
元々、霊感が強かったのだろうか。いや、先天性のものであれば、生きている者かそれ以外かの区別はつくはずだ。
となれば、答えは一つ。死期が近かった。死期が近い者は彼岸へ強く惹かれるという。つまり、この世非る者を認識する能力が上がってしまうことがあるらしい。
死期が近いから私を見てしまった。その私を助けるために自分自身が犠牲になった。
多分、庇った人はもうすぐ私と同じ存在になるのだろう。
「今日は貴方の親御さんが来ています。面会の手続きをしてきますね」
そう言って、担当医は病室を出て行った。
その数時間後、私を助けた人の心臓の鼓動が止まった。
(叙述トリックを意識して書いたつもりなんですけど、叙述トリックって難しいですね。経験が足りないことを改めて痛感しました。)
8/2/2023, 11:48:30 PM