「目が覚めるまでに」
幼少期の記憶というものは酷く曖昧で、それが実際に起こった出来事なのか、それとも夢で視たものか、或いはそんなものは自分の中で作った幻想にすぎないのかもしれない。
個体差はあるのかもしれない。いや、そう簡単にできてしまっては困ることであるが、私は自慢ではないが、自分自身の記憶の改竄を簡単にできる。
改竄というと語弊があるが、例えばここに、事実Aがあったとして、その内容が気に入らなかったとする。そこで「こうであったらいいのに」と思う。
そりゃあそうだろう。気に入らない内容なのだから。
その思いを強くするうちに、事実Aは虚偽Bに侵食され、亡き者になる。
こうやって上書きした記憶は多分、多くあるのだと思う。
だが、「上書きした」という記憶があるだけで、それがどの記憶なのか、どういう幻想にすり替わったのか、記憶がないのだ。
果たして、それは記憶を上書きしたと言えるのだろうか。
コンピュータに置いて、メモリーを上書きしたところで、そのログは残るわけで、復元も容易だ(容易ではないものももちろんあるが)。
しかし、私の体にログが残っているわけでもなく、上書きしたという記憶だけある。復元もできやしない。
こうやって改竄した記憶だらけの私が、制御能力を失い、改竄したものが元通りになったら、自分をどこまで信じられるのだろうか。
目が覚めるまでに、私はどこまで記憶を上書きするのだろうか。
8/3/2023, 11:56:04 PM