燈火

Open App
7/22/2024, 5:40:27 PM


【もしもタイムマシンがあったなら】Other Story:B


占いは信じないタイプ。だって胡散臭いし。
特に許可を得ているのか怪しい、路地に構えた露店。
顔の一部でも布で覆っていればなお疑わしい。
そんな典型に、いま捕まっている。

「そこのお姉さん。強い後悔の念が見えますよ」
唐突に話しかけられたら不審者だとしか思えない。
「気のせいです」足を止める価値すらない。
誰にでも当てはまることを言うのは定番の手法だ。

「過去に戻りたいと思ったことはありませんか?」
「ありません」戻りたいと思えばいつでも戻れた。
それを可能にする機械は私の生前から存在するのだから。
近年では小型化され、腕時計型やペンダント型もある。

軽量化、ポータブル化のうえ大量生産されて安価に。
今や携帯電話のように誰でも手に入れられる時代。
時間旅行がビジネスになるほど一般化している。
しかも、いくら干渉しても現実世界への影響はないとか。

「もういいですか」振り切って歩く速度を上げる。
どうでもいい話に費やせる時間など一秒もない。
自宅に戻ると、穏やかな笑顔が迎えてくれる。
惜しみたいのは、彼との時間だけ。

「僕はあるよ。過去に戻りたいって思ったこと」
不審な占い師の話をすれば、返ってきたのは意外な答え。
「君もあるよ、絶対に」言い切られるとそんな気がする。
あったのかな。考えるほどに、頭痛が、して、酷く……

「おはようございます。ご気分はいかがですか?」
「……ぁ」研究施設だろうか。大きなモニターがある。
いわく、都合の良い夢を見られるコールドスリープ。
彼との平穏な日々など、もうこの世にありはしないのだ。

7/22/2024, 9:03:37 AM


【今一番欲しいもの】Other Story:B


彼女は姉の友人。生を受けて三年の差がある、遠い人。
初めて顔を合わせたのは、僕がまだ小学生の時。
姉と仲が良いらしく、制服姿のまま家に遊びに来た。
「わ、弟くん? お邪魔してます」丁寧な人って印象。

高校が分かれても二人の仲は変わらなかった。
毎月必ず遊びに来て、「大きくなったね」って笑う。
変わったのは、二人の間で色恋の話題が出ること。
誰が好き。誰と付き合った。誰と別れた。そんな話。

僕の部屋は姉の隣で、望まなくとも聞こえてしまう。
だから彼女が家にいる間、僕はなるべく部屋で過ごす。
壁にもたれて。動画の音は小さく。イヤホンはつけない。
別に気にしてはいないけど、聞こえるから。みたいな。

いわゆる恋多き女である彼女は頻繁に交際相手が変わる。
「また別れたの?」姉の驚く声も呆れに変わるほど。
何度繰り返しても期待して、傷ついて、涙を流す。
どれも本気の恋なのに、相手に別れを告げられる。

見る目ないな。誰も彼もが浮気性だなんて。
「私ってそんなに魅力ないかな……」そんなわけ、ない。
泣きそうな声に立ち上がり、座る。壁に背を預けた。
言えないよ。盗み聞きがバレたら嫌われそうだもん。

初恋。いや、そんなきれいなモノではないけど。
こじらせ続けて、僕は初対面の彼女と同じ年齢になった。
今日も彼女は隣の部屋で「振られちゃった」と嘆く。
「もう誰でもいいから私だけ愛してくれないかな」

きっと本心ではないだろう、投げやりな言葉に期待する。
誰でもいいなら、僕でもいいよね。それとも僕は対象外?
高校生になったら、なんて逃げてばかりでいられない。
過去に何人いてもいいから、最後には僕を選んでほしい。


──────────────────────────
───────以下、同性愛(GL・百合)───────
──────────────────────────


【今一番欲しいもの】Another Side:B


あなたが誰かを好きになる。私もその人を好きになる。
あなたが誰かと付き合う。私は嫉妬に狂い、求める。
あなたが誰かと別れる。私がその人と付き合い、慰める。
何度目かの繰り返し。いい加減、諦めればいいのに。

誰よりも近い後輩。その距離感では満足できない。
いつからこんな狂気的な想いを抱くようになったっけ。
部活の先輩後輩。関係の始まりは普通でありふれていた。
次第にあなたの存在が大きくなって、特別になるまで。

やりたいことがたくさんある。
手を繋いで、ハグをして。それから添い寝も膝枕も。
行きたい場所もたくさんある。
水族館に遊園地。オシャレなカフェとか、お家とか。

どれもこれも、あなたとでないと意味がない。
同性の後輩って立場は便利で、遠慮も警戒もされにくい。
休日に出かける約束をして、惚気話を引き出した。
優しくて、鈍くて、本当に可愛くてたまらない。

相手の名前さえ分かれば簡単に特定できる。
仕組んだ偶然を運命と偽れば、馬鹿な男はすぐ騙された。
ああ、くだらない。この程度でもあなたと付き合える。
私のほうが強い想いを持っているのに。

いくら望んでも、あなたはこの手に落ちてくれない。
でも、そうだよね。だってあなたは異性を好きになる。
あなたを、同性を好きになる私とは絶対に交わらない。
それなら。せめて。

あなたを傷つける残酷な行為だとわかっている。
手の届かない、触れることさえできない場所が羨ましい。
そこに収まれる男が妬ましくて仕方ない。だから、ね。
幸せになってよ、私なんかになびかない人と。

7/20/2024, 6:38:16 PM


【私の名前】Another Side


目を開けば、真っ白な視界と鼻の奥を刺す消毒の匂い。
どこか柔らかい場所、おそらく病院のベッドだろうか。
そこで仰向けになっているのだと理解した。
なぜこんな場所に。焦る心と対照に体は動かない。

次いで感じる、左手にじんわりと広がる温もり。
おもむろに顔を向けると、目を伏せる誰かが見える。
私の指がぴくりと反応し、弾かれたように顔を上げた彼。
見慣れない、いや、どこかで見たような男性。

誰だろうと記憶を辿る。と、ふいに鮮明に浮かんだ。
半年ほど前から交流のある取引先の営業さんだ。
「お久しぶりです」決して愛想笑いではなかった。
繋がれた手に嫌悪感もない。ただ、違和感は拭えない。

明らかな非日常のなかで、祈るように包まれた手。
受け入れられない、信じがたい様子で固まった表情。
「……先生、呼んでくるね」親密な口調。下がった眉。
その全てが印象的で、異様さを自覚するには十分だった。

あの男性が先生を連れて戻り、遅れて父と母が来た。
それから複数枚の写真を見せられ、先生の問いに答える。
自分や家族の名前、仕事。今日の日付、最近の出来事。
彼についてもしっかりわかるのに、その顔は暗いまま。

先生の判断は、しばしの経過観察で問題なければ退院。
一人きりの病室は退屈で、考え事ばかりが捗る。
よく考えるのは、不思議と両親が気を許す彼のこと。
取引先の男性、だけではないのかもしれない。

珍しく間を空けて見舞いに来た彼は顔色が悪い。
思い詰めた様子で強く目をつむり、私を見据えた。
「僕の存在が嫌になったら、名前を書いて渡してほしい」
委ねられた離婚届は、突然すぎて、現実味がない。

9/6/2023, 6:02:28 AM


【貝殻】


不法投棄されたガラスの破片。
それが海で揉まれて角が取れるとシーグラスと呼ばれる。
キーホルダーやアクセサリーの素材に人気なのだとか。
貝も石も丸くなるのに、ガラスだけがシーグラス。

人間も一緒。この世に生まれ落ちた命。
それが社会で揉まれて個性が取れると大人と呼ばれる。
毒にも薬にもならない程度が扱いやすくて良いのだろう。
みな等しく『普通』になるのに、生まれで扱いは変わる。

不平等だなんて声を上げても変わらない。
石はガラスにはなれない。シーグラスにもなれない。
石はどれだけ削れて丸くなっても、ただの丸い石なのだ。
けれど人の手が加われば、価値あるモノへと姿を変える。

そのためには見つけてもらわないといけない。
屑石も原石も磨けば光る。磨く人がいれば、光る。
もし大人になれないまま歳だけ取ってしまったら。
見つけないといけない。個性を認めてくれる誰かを。

私はまだ、見つけてもらえることを期待している。
だって私はガラスではないけど石でもない。
そのままの姿でも価値のある、人の目を引く貝だから。
そして、ようやく出会えたの。私自身を見てくれる人。

あなたは「大人になれ」なんて言わない。
誰かと比べない。冷めた目で見ない。決めつけない。
私は私。他の誰でもないし、誰にもなれない。
簡単なことなのに、あなたしかわかってくれなかった。

見つけてくれたあなたのため、私は努力をする。
できる限り言うことを聞いて見捨てられないように。
「良い女だよ」どこかから聞こえるあなたの声。
「自己評価の高いバカは扱いやすくていい」嘲り笑う声。

9/3/2023, 9:31:24 AM


【心の灯火】


深夜、わざわざ出歩くことに意味など無い。
誰にも会いたくないけど、家に籠もっていたくもない。
だって、あまりにも退屈で窮屈な感じがするから。
なんとなく惹かれる店で時間を潰す。

入ったファミレスは定番の場所。
「お兄さん、よく遅い時間に来ますよね」
お冷を持ってきたウェイトレスに話しかけられた。
これだけ人がまばらだと店員も暇なのだろうか。

「今日もドリンクバーとポテトですか?」
「それで」会話が終わるならなんでもいい。
別にポテトは好きでも嫌いでもない。
ドリンクバーだけで長居は申し訳なく思っただけ。

何をするでもなく、ただスマホの画面を眺める。
こうしていれば、いくら暇でも話しかけてこないだろう。
「最近、新人ちゃんが入ったんですよ」
おかしいな。なかなか思い通りにいかないものだ。

「ほら、あの子なんですけど」おもむろに顔を上げる。
いかにも鬱陶しがる感じで、しかし好奇心が勝った。
凛とした雰囲気の女の子。見た目は高校生ぐらいか。
新人、と聞いてもしっくりこない。

こいつほどではないか、と思いながら彼を見る。
「なんですか? もしかして一目惚れしちゃいました?」
僕に油を売るこいつも新人。たぶん入って三ヵ月。
「しない。仕事戻れ」友達か、と内心ツッコミを入れる。

あれだな、新人を見守るのは形容しがたい気持ちになる。
エセ新人はさておき、確実に来店頻度が高まっている。
これは一体どういうことか。
きっと不慣れながらも一生懸命な姿に癒されるからだな。

Next