【もしもタイムマシンがあったなら】Other Story:B
占いは信じないタイプ。だって胡散臭いし。
特に許可を得ているのか怪しい、路地に構えた露店。
顔の一部でも布で覆っていればなお疑わしい。
そんな典型に、いま捕まっている。
「そこのお姉さん。強い後悔の念が見えますよ」
唐突に話しかけられたら不審者だとしか思えない。
「気のせいです」足を止める価値すらない。
誰にでも当てはまることを言うのは定番の手法だ。
「過去に戻りたいと思ったことはありませんか?」
「ありません」戻りたいと思えばいつでも戻れた。
それを可能にする機械は私の生前から存在するのだから。
近年では小型化され、腕時計型やペンダント型もある。
軽量化、ポータブル化のうえ大量生産されて安価に。
今や携帯電話のように誰でも手に入れられる時代。
時間旅行がビジネスになるほど一般化している。
しかも、いくら干渉しても現実世界への影響はないとか。
「もういいですか」振り切って歩く速度を上げる。
どうでもいい話に費やせる時間など一秒もない。
自宅に戻ると、穏やかな笑顔が迎えてくれる。
惜しみたいのは、彼との時間だけ。
「僕はあるよ。過去に戻りたいって思ったこと」
不審な占い師の話をすれば、返ってきたのは意外な答え。
「君もあるよ、絶対に」言い切られるとそんな気がする。
あったのかな。考えるほどに、頭痛が、して、酷く……
「おはようございます。ご気分はいかがですか?」
「……ぁ」研究施設だろうか。大きなモニターがある。
いわく、都合の良い夢を見られるコールドスリープ。
彼との平穏な日々など、もうこの世にありはしないのだ。
【今一番欲しいもの】Other Story:B
彼女は姉の友人。生を受けて三年の差がある、遠い人。
初めて顔を合わせたのは、僕がまだ小学生の時。
姉と仲が良いらしく、制服姿のまま家に遊びに来た。
「わ、弟くん? お邪魔してます」丁寧な人って印象。
高校が分かれても二人の仲は変わらなかった。
毎月必ず遊びに来て、「大きくなったね」って笑う。
変わったのは、二人の間で色恋の話題が出ること。
誰が好き。誰と付き合った。誰と別れた。そんな話。
僕の部屋は姉の隣で、望まなくとも聞こえてしまう。
だから彼女が家にいる間、僕はなるべく部屋で過ごす。
壁にもたれて。動画の音は小さく。イヤホンはつけない。
別に気にしてはいないけど、聞こえるから。みたいな。
いわゆる恋多き女である彼女は頻繁に交際相手が変わる。
「また別れたの?」姉の驚く声も呆れに変わるほど。
何度繰り返しても期待して、傷ついて、涙を流す。
どれも本気の恋なのに、相手に別れを告げられる。
見る目ないな。誰も彼もが浮気性だなんて。
「私ってそんなに魅力ないかな……」そんなわけ、ない。
泣きそうな声に立ち上がり、座る。壁に背を預けた。
言えないよ。盗み聞きがバレたら嫌われそうだもん。
初恋。いや、そんなきれいなモノではないけど。
こじらせ続けて、僕は初対面の彼女と同じ年齢になった。
今日も彼女は隣の部屋で「振られちゃった」と嘆く。
「もう誰でもいいから私だけ愛してくれないかな」
きっと本心ではないだろう、投げやりな言葉に期待する。
誰でもいいなら、僕でもいいよね。それとも僕は対象外?
高校生になったら、なんて逃げてばかりでいられない。
過去に何人いてもいいから、最後には僕を選んでほしい。
──────────────────────────
───────以下、同性愛(GL・百合)───────
──────────────────────────
【今一番欲しいもの】Another Side:B
あなたが誰かを好きになる。私もその人を好きになる。
あなたが誰かと付き合う。私は嫉妬に狂い、求める。
あなたが誰かと別れる。私がその人と付き合い、慰める。
何度目かの繰り返し。いい加減、諦めればいいのに。
誰よりも近い後輩。その距離感では満足できない。
いつからこんな狂気的な想いを抱くようになったっけ。
部活の先輩後輩。関係の始まりは普通でありふれていた。
次第にあなたの存在が大きくなって、特別になるまで。
やりたいことがたくさんある。
手を繋いで、ハグをして。それから添い寝も膝枕も。
行きたい場所もたくさんある。
水族館に遊園地。オシャレなカフェとか、お家とか。
どれもこれも、あなたとでないと意味がない。
同性の後輩って立場は便利で、遠慮も警戒もされにくい。
休日に出かける約束をして、惚気話を引き出した。
優しくて、鈍くて、本当に可愛くてたまらない。
相手の名前さえ分かれば簡単に特定できる。
仕組んだ偶然を運命と偽れば、馬鹿な男はすぐ騙された。
ああ、くだらない。この程度でもあなたと付き合える。
私のほうが強い想いを持っているのに。
いくら望んでも、あなたはこの手に落ちてくれない。
でも、そうだよね。だってあなたは異性を好きになる。
あなたを、同性を好きになる私とは絶対に交わらない。
それなら。せめて。
あなたを傷つける残酷な行為だとわかっている。
手の届かない、触れることさえできない場所が羨ましい。
そこに収まれる男が妬ましくて仕方ない。だから、ね。
幸せになってよ、私なんかになびかない人と。
【私の名前】Another Side
目を開けば、真っ白な視界と鼻の奥を刺す消毒の匂い。
どこか柔らかい場所、おそらく病院のベッドだろうか。
そこで仰向けになっているのだと理解した。
なぜこんな場所に。焦る心と対照に体は動かない。
次いで感じる、左手にじんわりと広がる温もり。
おもむろに顔を向けると、目を伏せる誰かが見える。
私の指がぴくりと反応し、弾かれたように顔を上げた彼。
見慣れない、いや、どこかで見たような男性。
誰だろうと記憶を辿る。と、ふいに鮮明に浮かんだ。
半年ほど前から交流のある取引先の営業さんだ。
「お久しぶりです」決して愛想笑いではなかった。
繋がれた手に嫌悪感もない。ただ、違和感は拭えない。
明らかな非日常のなかで、祈るように包まれた手。
受け入れられない、信じがたい様子で固まった表情。
「……先生、呼んでくるね」親密な口調。下がった眉。
その全てが印象的で、異様さを自覚するには十分だった。
あの男性が先生を連れて戻り、遅れて父と母が来た。
それから複数枚の写真を見せられ、先生の問いに答える。
自分や家族の名前、仕事。今日の日付、最近の出来事。
彼についてもしっかりわかるのに、その顔は暗いまま。
先生の判断は、しばしの経過観察で問題なければ退院。
一人きりの病室は退屈で、考え事ばかりが捗る。
よく考えるのは、不思議と両親が気を許す彼のこと。
取引先の男性、だけではないのかもしれない。
珍しく間を空けて見舞いに来た彼は顔色が悪い。
思い詰めた様子で強く目をつむり、私を見据えた。
「僕の存在が嫌になったら、名前を書いて渡してほしい」
委ねられた離婚届は、突然すぎて、現実味がない。
【貝殻】
不法投棄されたガラスの破片。
それが海で揉まれて角が取れるとシーグラスと呼ばれる。
キーホルダーやアクセサリーの素材に人気なのだとか。
貝も石も丸くなるのに、ガラスだけがシーグラス。
人間も一緒。この世に生まれ落ちた命。
それが社会で揉まれて個性が取れると大人と呼ばれる。
毒にも薬にもならない程度が扱いやすくて良いのだろう。
みな等しく『普通』になるのに、生まれで扱いは変わる。
不平等だなんて声を上げても変わらない。
石はガラスにはなれない。シーグラスにもなれない。
石はどれだけ削れて丸くなっても、ただの丸い石なのだ。
けれど人の手が加われば、価値あるモノへと姿を変える。
そのためには見つけてもらわないといけない。
屑石も原石も磨けば光る。磨く人がいれば、光る。
もし大人になれないまま歳だけ取ってしまったら。
見つけないといけない。個性を認めてくれる誰かを。
私はまだ、見つけてもらえることを期待している。
だって私はガラスではないけど石でもない。
そのままの姿でも価値のある、人の目を引く貝だから。
そして、ようやく出会えたの。私自身を見てくれる人。
あなたは「大人になれ」なんて言わない。
誰かと比べない。冷めた目で見ない。決めつけない。
私は私。他の誰でもないし、誰にもなれない。
簡単なことなのに、あなたしかわかってくれなかった。
見つけてくれたあなたのため、私は努力をする。
できる限り言うことを聞いて見捨てられないように。
「良い女だよ」どこかから聞こえるあなたの声。
「自己評価の高いバカは扱いやすくていい」嘲り笑う声。
【心の灯火】
深夜、わざわざ出歩くことに意味など無い。
誰にも会いたくないけど、家に籠もっていたくもない。
だって、あまりにも退屈で窮屈な感じがするから。
なんとなく惹かれる店で時間を潰す。
入ったファミレスは定番の場所。
「お兄さん、よく遅い時間に来ますよね」
お冷を持ってきたウェイトレスに話しかけられた。
これだけ人がまばらだと店員も暇なのだろうか。
「今日もドリンクバーとポテトですか?」
「それで」会話が終わるならなんでもいい。
別にポテトは好きでも嫌いでもない。
ドリンクバーだけで長居は申し訳なく思っただけ。
何をするでもなく、ただスマホの画面を眺める。
こうしていれば、いくら暇でも話しかけてこないだろう。
「最近、新人ちゃんが入ったんですよ」
おかしいな。なかなか思い通りにいかないものだ。
「ほら、あの子なんですけど」おもむろに顔を上げる。
いかにも鬱陶しがる感じで、しかし好奇心が勝った。
凛とした雰囲気の女の子。見た目は高校生ぐらいか。
新人、と聞いてもしっくりこない。
こいつほどではないか、と思いながら彼を見る。
「なんですか? もしかして一目惚れしちゃいました?」
僕に油を売るこいつも新人。たぶん入って三ヵ月。
「しない。仕事戻れ」友達か、と内心ツッコミを入れる。
あれだな、新人を見守るのは形容しがたい気持ちになる。
エセ新人はさておき、確実に来店頻度が高まっている。
これは一体どういうことか。
きっと不慣れながらも一生懸命な姿に癒されるからだな。