【お祭り】
それを見た瞬間、心臓が止まるかと思った。
「どうかな、変じゃない?」なんだ、この天使は。
恥じらう赤い頬が白い肌に映え、まるでりんご飴のよう。
なんで浴衣姿ってこんなに可愛いのだろう。
「ぜ、全然。変じゃないよ」可愛すぎて、むしろ目に毒。
でも素直に褒められないから意気地なしなんて言われる。
今日だって、君を誘ったのは僕ではなく友人だった。
口だけで誘う勇気のない僕に焦れて、声をかけてくれた。
おかげで夢のような時間を過ごせることになった。
君が受け入れてくれた理由はわからないけど、今はいい。
今日を楽しみにしていたという君の言葉を僕は疑わない。
来てくれただけで嬉しいから、別にお世辞でも構わない。
君は意外と活発で、いろんな屋台に興味を示した。
射的も型抜きも自信満々だったけど失敗。
何食べようと選んだかき氷で見事に青くなった舌を出す。
無邪気に笑う君は楽しそうで、僕も子供みたいに笑った。
はぐれないように、と言い訳をして手を繋ぐ。
手汗が心配だとか、僕より温かいなとか。
そんなことを思いながら、つい早足になってしまった。
だから君に言われるまで、足が痛いと気づけなかった。
罪悪感でいっぱいの僕に、君は優しい言葉をくれる。
「私こそごめんね」って。君が謝る必要などないのに。
屋台の通りから離れ、人通りの少ない場所で座って休む。
その時、大きな音と同時に、夜空に鮮やかな花が咲いた。
「たーまやー、とか言っとく?」君が悪戯っぽく笑う。
その笑みに射抜かれて、また鼓動が早くなる。
「言っとこうかな」返事ではない、気持ちの話。
どうせ花火の音に掻き消されて聞こえないだろうけど。
【神様が舞い降りてきて、こう言った】
生死の境にいる人間には死神の姿が見えるらしい。
それが本当なら、私の命が尽きる日も近いのかな。
扉を開けると、窓の外にかつての想い人の姿があった。
地上四階に位置する病室を窓から訪れる人はいない。
人間でないなら誰だ、って。姿を借りた何者かだろう。
「私、死ぬんですか?」尋ねてみても彼は答えない。
ただ光のない目でじっと私を観察している。
体が透けているように見えるし、幻覚かもしれない。
寝て起きても、彼はこちらに目を向けている。
医師にも看護師にも見えないようで正気を疑われた。
検査までされたけど、どこにも異常はない。
私の精神がおかしくなければ、彼の存在がおかしいのだ。
彼を見て抱いた予感に反して、退院することになった。
自宅への道を一人歩く私の隣を彼は浮いて移動する。
明らかに普通でないのに、通行人が振り返ることはない。
やはり彼は私にしか見えず、なんだか気味が悪い。
いっそ幻覚だと思って生活していたある日、聞こえた。
「言えばよかったな」そういえば、こんな声だった。
振り向けば、しまったと言いたげな顔で口を塞いでいる。
ついに声まで聞こえるようになったみたいだ。
いよいよ死期が近づいているのかもしれない。
思えば彼の姿を見てから今日でもう一ヶ月になる。
青信号を渡る私の真横で、クラクションが鳴り響いた。
突っ伏す運転手。とっさに目をつむったが衝撃はこない。
電柱にぶつかった車のブレーキ痕は変な軌道を描く。
「ダメだよ、人の運命に関与したら」ふいに影ができる。
空から降ってきた誰かが彼を指さして振り下ろした。
直後、消えてしまった彼は、満足そうに微笑んでいた。
【誰かのためになるならば】
いつ見かけても、彼女は誰かの代わりをしている。
掃除当番に日直、花壇の水やりから教材の片づけまで。
「手伝おうか」と声をかけたこともあるけど断られた。
「私が任されたことだから。申し訳ないよ」彼女は笑う。
何を頼んでも快く引き受け、文句の一つも言わない。
そんな彼女は陰で『便利屋』と呼ばれている。
他人のやるべきことを押しつけられても断らない。
それどころか、相手に感謝する姿すら見たことがある。
本の返却のため図書室に行くと、そこには彼女がいた。
珍しく読書していると思えば、先生が彼女に近づく。
図書委員の顧問らしく、分類の手伝いなのだと知った。
自分のために時間を使うことはないのだろうか。
先生が職員室に戻った後も彼女の前には本の山がある。
あれを終わらせるには、今日だけでは時間が足りない。
「一緒にやってもいい?」見かねて、また声をかけた。
「大丈夫。一人でできるから」彼女は笑って、断る。
部活終わりに忘れ物を思い出し、慌てて教室に戻る。
聞き覚えのある声がすると思ったら、彼女を見つけた。
窓の外を見ながら電話中で僕に気づく様子はない。
彼女の沈んだ声も謝る言葉も、僕は初めて耳にした。
「必要としてもらえるのは嬉しいことでしょ?」
なぜ断らないのか聞けば、彼女は平然と答えた。
「お願いだから邪魔しないで」そんなことを笑って言う。
手助けをすることは、彼女にとって迷惑だったらしい。
でも、誰かの都合で彼女に負担がかかるのは許せない。
善意を利用されて無理しないか、心配になる。
つい目で追って、勝手に体が動くことが何度もあった。
彼女のために、僕には何ができるだろう。
【鳥かご】
予習復習を欠かさない。テストは一番が当たり前。
私の明るい未来のため、母は口酸っぱくして言う。
そんな普通のこともできない人がクラスのほとんど。
ゲームやお喋りに時間を費やすなんて信じられない。
決して遅れを取るはずはないけど、油断は禁物。
早朝に登校して自習し、放課後は塾で夕方まで勉強する。
母の言いつけを守っていれば、先生も褒めてくれる。
どうでもいい人の陰口なんかに興味はないの。
席替えで後ろの席になり、早朝に他の人がいると知った。
彼は私より先にいて、いつも机に伏せて眠っている。
たまにいない日には必ずと言っていいほど遅刻する。
真面目なのか、不真面目なのか。よくわからない人だ。
夏休みが明けてすぐに、先生に呼び止められた。
赤点ばかりの彼に勉強を教えてほしい、とのこと。
他人のために時間を浪費したくはないけど、承諾する。
どんな人なのか気になっていて、話してみたいと思った。
「勉強ばっかでつまんなくない?」彼が問う。
何を言っているのだろう。面白さは問題ではない。
「そんなの考えたことないよ」必要だからやるだけだ。
彼も留年を心配される前にちゃんとやればいいのに。
「なんで勉強しないの?」今度は私が疑問をぶつけた。
彼は言いにくそうに目を逸らす。「時間がないんだよ」
いわく、彼にとってはバイトのほうが大切らしい。
「楽しいの?」「少しはね。興味あるなら来る?」
彼の手を取ったその日、初めて塾をサボった。
悪いことをしたのに、期待に胸は高鳴っている。
もしかしたら私の普通は間違っていたのかもしれない。
その無駄な時間はとても眩しくて、羨ましかった。
【友情】
中学の頃から、男女問わず人の輪の中心に彼女はいる。
僕はその輪に紛れていたり、遠くから眺めたり。
目が合うと手を振られるから、僕も笑顔になって近づく。
おかげで、社交的でないのに多くの友だちができた。
同じ高校に進学したのは僕と彼女だけ。
僕らは家が近いらしく、帰る方向がいつも一緒だった。
「着いてきてる?」なんて疑われたこともあったけど。
誤解はすぐに解けて、僕らは寄り道仲間になった。
初めは天気とか趣味とか、お見合いみたいな話ばかり。
それが今では「好きな人いないの?」なんて話もできる。
彼女は新しい店や商品を見つけるたび、僕を誘う。
好みが合うから気を許し、長い付き合いになっている。
今日も誘われ、キッチンカーでクレープを買うことに。
僕はクリームたっぷり、彼女はお食事系を選んだ。
半分ほど食べたところで彼女の視線に気づく。
甘さが欲しくなったらしい彼女と交換して残りを食べた。
翌朝、電車で会った彼女に話しかけると気まずそう。
ぱっと顔を背けられ、別の車両へ行ってしまった。
それから距離を取るようになり、一緒に帰らなくなった。
彼女が嫌ならと思い、僕もあまり近づかないようにした。
僕らは親しかった。でも、きっと仲違いしたと思われる。
最近の僕はおかしい。いや、おかしいのは彼女もそうか。
僕は輪に寄らず眺めるだけで、彼女は目が合うと逸らす。
並んで帰っても会話は弾まないし、物を分け合わない。
入学当初はもっと普通で、なんていうか自然だったのに。
話題がなくても話せたけど、用事がないと言い訳をする。
彼女の目を気にしてしまい、気持ちが落ち着かない。
今までどう話していたのか、わからなくなってしまった。