思い出の側面は
今日の積み重ねでしかない
見たことのない明日や未来なんかより
よっぽどお馴染みの
いつからか分からないくらい昔から
一緒に歩いてきた「今日」という日の積み重ね
喜んでいたのは本当か
苦しんでいたのは本当か
迷っていたのは本当か
付き合っていたのは
夜にすれ違ったのは
一緒に暮らしていたのは
本当は好きじゃなかったのは
嫌いと言い切ってしまったのは
夜の波の音を二人で聴いていたのは
桜並木道を手をつないで歩いていたのは
朝日刺す眼の痛みに耐えて家路につくのは
卒業したのは
涙を流していたことは
ホントウだったのか
今日を積み重ねた。
「好きだ」と言った。
確かに、そう言った。
【好きじゃないのに】
寝苦しい夜にせきこんだのは
体が溜め息つくなって言ってるんだ
「ずっと一緒に居れると思ったよ」
別れ際に捨てるようにして転がした言葉は、
嘘だった
本当は知っていたから
「ずっと」なんてないって
今よりももっと、あの頃は知っていた
君が「ずっと」を信じさせなかった
だけど、初恋じゃない初めての恋だから
「あの言葉は嘘だったけど、
悲しいくらいに本当だった」
寝苦しい夜せきこんで窓を開けると
雨が降っていた
水溜まりに街灯が反射してより明るく見える
君のところはきっと晴れているんだろう
【ところにより雨】
照れくさくて言えなかった
「一緒に帰ろう」も
独特のフォームで校庭を走りつづけることも
くせ字に込められたら優しい想いも
偶然の再会も
暖かかった冬の闇と、
眼を閉じた暗闇を重ねた夜も
二人で佇んでいたのは
おおきなイチョウの木の下
少し目線を下げる
目を見て話を聴く癖のある君と
見つめ合った二度目の再会の夜
過ぎるからこそ
記憶をたどるからこそ
昨日あの道で
誰もいないことを知りながら振り向いたのは
キリトリ線を越えたから
【特別な存在】
幸せな日々というものは
限りなく薄く延ばされている
それは無限に続くんじゃないかって
思うほど
だから気づけないだろう
絵になる
唄にできる
詩を書かずには居られない
そんな「幸せな日々」をしていただけなのに
世界に僕たちしか居なかったあの日
そう思っていたのは僕ひとりだったようで
君はうつむいて
「ごめんなさい」とだけ言った
夏目漱石が
「月がきれいですね」と訳した言葉を
咲人が「ごめんなさい」と訳したのは
その風景に抱きしめられているから
その言葉が僕を殴るから
無限に続くものはない
そう、信じているだけだ。
ただ、信じている間だけは
確かに僕らは無敵だった。
【二人ぼっち】
言葉のナイフが傷つけて
君はひっそりと涙を流すだろう
その涙の中を
きれいな魚が泳ぐかもしれない
その瞳の宇宙で
寂しげな虹がかかるのかもしれない
それを僕が知ることはない
そこに傘をさしに行くことができない
それが何よりも悲しい
醒める前の夢の中だったとしても
また出会う頃には
言葉のナイフの傷は
跡すら残さずに消えているのだろうから
【夢が醒める前に】