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12/15/2024, 7:00:06 AM

 星を探していた。
 飽きもせずに夜空を仰いで。首が痛くはならないのか、と呆れられながら。
 大昔の人たちは、星を繋いで絵を描き、闇に浮かび上がるその絵から物語を紡いだ。子ども心にそれに感動を覚え、眠い睛を擦りながら星図を片手に夜を明かした日々は、今尚続く悪癖を作ったかもしれない。少し形を変えて。
「ランプの灯を消せば書きものが出来ませんし、点ければ遠くの星は見えなくなる……」
 見渡す限りの荒野は、日が暮れると足元すら見えない暗闇に覆われる。頭上に横とう無数の星影を除いては。
 踏み入る者なき地。仰ぎ眺む者なき夜空。未だ名もなき星が、誰も描いたことのない物語が、ここにあるだろう。
 すぐ傍から嗤うような息が聴こえた。
 夜毎、星を探す幼い彼に呆れながら見守ってくれたのは、養父だった。長じた今、隣に立つのはエルフの女性である。記憶に残るかつての養父と同じような表情をして。
 白く細長い指が伸びて来て、彼の持つ羊皮紙の上を滑る。
「この星とこの星で、北に正三角形を描く位置に少し光の弱い星がある。それから……」
 彼は慌てて星となる点を書き留めてゆく。疎らだった紙上の夜空は、瞬く間に星の界となった。
「エルフの千里眼は夜でも利くのですね。僕にも、貴女と同じ景色を見られたなら、どんなに良いか……」
 焦がれるように見詰めた星図を、優美な白い指先が爪弾いた。
「貸せ」
 促されるままに渡せば、彼女は徐ろに縫い針を取り出し、彼の記した点の上から穴を空けていくではないか。星空を仰いでは、また一つ、ぷすりと。
 彼は慌てて止めようとし、はたとその意図に気付いた。そして中途半端に両手を突き出した姿勢のまま、星図の上で繰り返される針の音を聴いていた。
「ランプの光を遮るように持て。ここから南の空を真っ直ぐに見上げるといい」
 言われるまま彼女と同じ方角を向き、ランプに翳した星図に睛を落とした。空けられた大小の穴から漏れる灯が揺らめき、星のように瞬き始める。そこには、人間の視力では凡そ見える筈のないごく小さな星まで記されていた。
 月なき無窮の夜に。穴だらけの紙の上に。
「見えました……僕にも」
 満天の『星空』が。

7/29/2023, 8:25:11 AM

 夕陽の残り灯の消えゆく中。帰り道を逸る足を路地裏へと外らせたのは何故だったのか。何かが見えたわけではなく、何が聴こえたわけでもなかった。そこが近道である筈もなし。
 路地裏の先からは灯火が漏れている。次第に、笑いさざめく声にお囃子が混じり合い、耳に届く。

 めでたきものは、是れに。

 無数の提灯。甘い飴に、香ばしい醤油や油の匂いが鼻を擽った。
 はて、縁日であろうか。この近くに神社など在っただろうか。傾げた首の、その真上を何かが飛び越えて行った。ふわりと翻る艶やかな袖、転がる鈴の音。それは童女であった。
 童女はこちらの視線に気付き、にこりと笑んだ。
「めでたきものは、是れに」
 猫のように走り去る後ろ姿。その腰には、白銀のふさふさとした長い尾が揺れている。
「お稲荷さんは如何かね」
 屋台から声がした。手持ちが無いと断ろうとして言葉に詰まったのは、店主が狐の面をしていたからだ。
「お代は要らないよ。ここの店は皆そうさ。今宵はめでたい『お祭り』さ。めでたきものは、是れに」
 店主は手早く稲荷寿司の包み拵える。有無を言わさず持たせられた。
 礼を述べ、ふと店主の頭の上で動いたものに目を遣ると、面の隙間から丸い狸のような耳が覗いていた。見渡せば、どの出店の店主も狐の面を着けている。
 祭囃子に手拍子。行き交う者たちは唄うように挨拶を交わす。見慣れた格好をした者も居れば、そうでない者も居た。豪奢な簪を挿した者。舶来の衣を纏った者。何かしら獣の尾のようなものを着けた者も。均しく、まばゆい提灯明かりに浮かび上がる。御芝居のように。

 めでたきものは、是れに。

7/28/2023, 5:49:55 AM

 持つ者と、持たざる者。
 選ばれた者と、選ばれなかった者。
 神たる獣たちの選択だ。
 〝運命〟という言葉で片付けるのは、諦めるのが楽だからだと悟ったのはいつの頃だったか。一方的に決定だけを突き付けて来る、こちらの意思も努力も及ばぬ存在。
 それでも、この巡り合わせに感謝していた。生まればかりの弟が己れの指を握ってくれたその日から。弟を守り支える為に生きていく。持たざる者として生まれた事で周囲の期待を裏切り、伽藍堂だったこの身に喜びが満ちた。使命とともに。
 ところがある日、『神様が舞い降りて来て、そう言った』。

────汝が弟を喰い殺せ。