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 星を探していた。
 飽きもせずに夜空を仰いで。首が痛くはならないのか、と呆れられながら。
 大昔の人たちは、星を繋いで絵を描き、闇に浮かび上がるその絵から物語を紡いだ。子ども心にそれに感動を覚え、眠い睛を擦りながら星図を片手に夜を明かした日々は、今尚続く悪癖を作ったかもしれない。少し形を変えて。
「ランプの灯を消せば書きものが出来ませんし、点ければ遠くの星は見えなくなる……」
 見渡す限りの荒野は、日が暮れると足元すら見えない暗闇に覆われる。頭上に横とう無数の星影を除いては。
 踏み入る者なき地。仰ぎ眺む者なき夜空。未だ名もなき星が、誰も描いたことのない物語が、ここにあるだろう。
 すぐ傍から嗤うような息が聴こえた。
 夜毎、星を探す幼い彼に呆れながら見守ってくれたのは、養父だった。長じた今、隣に立つのはエルフの女性である。記憶に残るかつての養父と同じような表情をして。
 白く細長い指が伸びて来て、彼の持つ羊皮紙の上を滑る。
「この星とこの星で、北に正三角形を描く位置に少し光の弱い星がある。それから……」
 彼は慌てて星となる点を書き留めてゆく。疎らだった紙上の夜空は、瞬く間に星の界となった。
「エルフの千里眼は夜でも利くのですね。僕にも、貴女と同じ景色を見られたなら、どんなに良いか……」
 焦がれるように見詰めた星図を、優美な白い指先が爪弾いた。
「貸せ」
 促されるままに渡せば、彼女は徐ろに縫い針を取り出し、彼の記した点の上から穴を空けていくではないか。星空を仰いでは、また一つ、ぷすりと。
 彼は慌てて止めようとし、はたとその意図に気付いた。そして中途半端に両手を突き出した姿勢のまま、星図の上で繰り返される針の音を聴いていた。
「ランプの光を遮るように持て。ここから南の空を真っ直ぐに見上げるといい」
 言われるまま彼女と同じ方角を向き、ランプに翳した星図に睛を落とした。空けられた大小の穴から漏れる灯が揺らめき、星のように瞬き始める。そこには、人間の視力では凡そ見える筈のないごく小さな星まで記されていた。
 月なき無窮の夜に。穴だらけの紙の上に。
「見えました……僕にも」
 満天の『星空』が。

12/15/2024, 7:00:06 AM