与太ガラス

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2/19/2025, 9:24:46 AM

手紙の行方 保留!

2/17/2025, 11:43:57 PM

 高温で熱せられた肉が煙を上げる店内で、男の顔は不規則に炎に照らされていた。眼光鋭く、肉の色の変化を見つめている。リズミカルに塩を振る手が膝と連動して動いた。

 幾本も並んだ串を手早く裏返していく。焼けた肉が艶やかに姿を現す。もう一度塩を振り、次の串の準備に入る。

 焼き台の前に戻ってきたその瞬間、炎を受けた男の目が輝いた。

 男は串を掴み、焼き台から皿へと移しかえる。

「はいおまちどお! もも一丁!」

2/17/2025, 12:14:51 AM

 沖縄の砂浜に二人腰掛けて、遠く水平線に沈む夕日を眺める。目の前にある大きな天体がゆっくりと、しかしはっきりと、その光を海に吸い込ませているのを見ると、真に時の流れを知らしめるものは、天体の他にないのだと気付いた。

「ずっとこの夕日を見ていたいね」

 君が言った。

 そう思った。

 それでも光は海に溶けていき、エメラルドに輝く水を闇に沈めた。

2/16/2025, 1:43:55 AM

※内容は全てフィクションです。

 最近、拠り所にしている声がある。スマートフォンでアプリを起動し、フォローしている番組をタップ。すると気の抜けた眠たそうな声が聞こえる。声の主はマイカビーンズさん、番組名は「おつまみラジオ」。音声配信アプリ「スマートウェーブ」で配信している、個人のラジオ番組だ。

「こんにちは〜、今日もおねむぅございます」

 マイカビーンズさんがお決まりのあいさつをする。この一言だけでリラックスできるから不思議だ。

「みなさんはいかがお過ごしですか? 3時のおやつを食べながら、洗濯物を畳みながら、おやすみ前のひとときなどに、まったりしながら聴いていただけると嬉しいです」

 スマホ画面に表示されるサムネイルにマイカさんの姿はない。どんな顔かも、どんな仕事をしているかもわからない人なのに、ただ声のみに引き込まれる。

「私は今日もおつまみをいただきながらしゃべりますので、みなさんもお手元に何か用意してね、一杯やりながら聴いてやってください」

 話はとにかく中身がない。声と話の内容から、勝手に顔を想像してしまう。

「いやぁ最近仕事が暇でねー。みなさんは仕事って忙しいのと暇なのとどっちがいいですか? 私なんかすぐ眠たくなっちゃうから。ある程度、動いてた方がいいんですよね」

 興味があるようなないような、どうでもいい話が続く。聴いているうちについウトウトしてしまうから、通勤途中の電車で聴くのはちょっと危険だ。

 私はその日、仕事で普段は訪れない土地に来ていた。得意先との打ち合わせを終えると、少し時間ができたので、時間をつぶせる場所を探した。あまり大きい街ではなく、地図アプリを使ってもチェーンの喫茶店が引っかからない。仕方なく⭐︎3.2を獲得している聞きなれない名前のカフェに行くことにした。

 コーヒー600円か……、そのくらいはするよな。

 店の前で少しためらったが他に行くところもない。私は思い切って店内に入った。

「いらっしゃいませ」

 その声に耳を疑った。眠たそうな気の抜けた声に、聴き覚えがあったのだ。そう、マイカビーンズさんだ。

 そんな偶然があるだろうか? そもそも声が似ているだけでは? 推しに会う心の準備ができていない。顔を見てしまっていいのか?

 一瞬のうちに様々な思いが去来した。入らずに扉を閉めてしまおうかとも考えた。

「おひとり様ですか? 空いてる席どうぞ〜」

 次々と声の矢が放たれる。いつも耳元で聴いているあの声だ。私は意を決して店内に足を踏み入れた。

 顔を上げると店員さんはマスクをしていた。目元は笑っている。一度見てしまったら、頭の中で勝手に想像していた顔はもう思い出せなくなっていた。

 店内を見るとお客さんは誰もいなかった。暇そうだ。私はブレンドコーヒーを注文して席に着いた。

 ラジオ聴いてます、なんて言うのは野暮だろうか。そもそもまだ人違いの可能性はある。アプリを起動させてスマホを机に置いておこうか? 気づいてくれるだろうか。でも顔も仕事も表に出していないんだから、知られたら嫌なのかな。

 またしても頭の中はオタクみたいなことばかりが巡っている。

「お待たせしました。ブレンドコーヒーでごわいわふ……」

 店員さんがコーヒーを運んできた。あくびを噛み殺しながら……。

「あ、失礼しわひは。あははははは」

 店員さんはまたもあくびをしながら謝罪をして、口元を押さえながら去っていった。

 私はマイカビーンズさんの存在を確信し、ゆっくりとコーヒーを口に運んだ。

 

2/15/2025, 12:34:34 AM

 ナオと知り合った日に、次にジムに来る予定を聞いた。私はその日に合わせてジムに来て、ナオの隣で筋トレをすることにした。

「えーすごい! もうそんなに重いのでやれるんだ」

 ナオのチェストプレスの重さを見て大きい声を出してしまった。

「やめてよ。こんなの全然重くないって」

 ナオは謙遜する。そっか、他にもたくさん人がいるし、恥ずかしいよね。

「それにチェストプレスは割とすぐ上げられるようになると思う。他のマシンと比べても辛くないイメージだよ」

「へー、じゃあコレからがんばってみようかな」

 もともと初心者向けのジムではあるけど、ナオは通って2ヶ月程度で、私からしたらちょっとだけ先輩だ。そういう人の実感レポートは差が大きくない分、頼りになる。初日に諦めかけていた私には絶好のお手本だった。

 一番少ない重りをセットしてシートに腰掛け、持ち手に手を添えて力を入れる。……動かない。

「肘の位置が低いね。肘は持ち手と平行になる位置まで上げよう」

 ナオが声をかけてくれた。私の肘は持ち手にぶら下がるようになっていた。

「あ、そうなんだ」

 ナオは隣で同じマシンに乗って、やり方を見せてくれた。

「おー、わかりやすい! こうね!」

 私はその通りにやってみた。お、お、おー!

「できたできた! 動いたよ!」

 さっきまでびくともしなかったバーが動いた。

「これをまずは15回」

 15回がワンセットというのがトレーニングの基本らしい。1回動いたとはいえ、できる気がしない。

「ホントにできるの?」

 やるのは自分なのに、ナオに向かって疑問形で投げかけてしまった。

「できるできる。自分を信じて」

 ナオの言い方は穏やかで強くない。その言葉はストレートに入ってきた。私は必死になってバーに力を込めた。いーち、にーい、さーん……

 隣ではナオが同じペースでバーを動かしている。だんだんとバーが重たくなっていく。じゅうさん、……じゅうよん、……じゅう……ご!

「だは〜! 疲れた!」

「すごい。カナデよくがんばったね」

 ナオが小さく拍手をしている。わー嬉しい!

「えへへ、できた。ありがとう」

「じゃあこれをあと2回。合計3セットだ」

「それはムリだよー!」

 ナオはケラケラと笑っている。

「ゆっくりやっていこう。筋トレは小さい成功の積み重ねだから」

 私はこのちょっと先輩のお姉さんと、ゆっくり成長していく日々が、長く続くことを願っていた。

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