A「やさしい嘘がつける大人になりたいんだ」
B「ああ、嘘はよくないけど、やさしい嘘はその人のためになることもあるからね」
A「ちょっと練習してもいいかな」
B「やってみよう」
○コントに入る
A「どうもこんにちは!」
B「ああ、出会ったところから始まるんですね」
A「私は、バファリンの半分を作る仕事をしています」
B「やさしい嘘だけど。『バファリンの半分は優しさで出来ています』自体がやさしい嘘だけど。あのCMよく見ると『胃に優しい成分が含まれています』って書いてあるんだよ」
A「私は、スギの木を柿の木に植え替える活動をしています」
B「やさしい活動だけど。花粉症に悩む人が減るし、柿が生れば食料にもなるけど。種を植えて柿が生るのに8年かかるからな。嘘だった場合8年越しの種明かしだぞ」
A「……それが『種明かし』の語源になったんですね〜」
B「そんなわけないだろ。普通に嘘じゃないか。やさしい嘘でもなんでもねぇよ」
A「ちょっと盛り上がってなかったから助け舟のつもりだったんだけど」
B「ツッコミで外してたみたいに言うな」
○コントから戻る
A「どうかな? やさしい嘘つけてたかな?」
B「ああ、良かったとは思うんだけど……もうちょっと違うパターンも見たいかな」
A「違うパターン? 」
B「やっぱりいろんなパターン持ってた方が、いい大人になれるから」
A「わかった、次行こう」
B「ここで必ずコントインするんだよね」
○コントに入る
A「あら〜かわいい男の子、お母さんはどこかな〜」
B「あ、小さいお子さんに優しく接していますね、ニコニコして」
A「いまあそこにいる君のお母さんは、君の本当のお母さんじゃないんだよ〜」
B「ああ、やさしく残酷な嘘をついてる。それは普通にイヤな嘘だなあ」
A「本当のお母さんはある理由で悪い組織から追われていてね、君を守るために仕方なく君を手放したんだ。いつか必ず会える日が来るって信じてるから、今はあのお母さんのもとでがんばろうね……」
B「悲しい嘘やめて! やさしい口調で悲しい嘘言ってる人だ」
○コントから戻る
A「どうかな? オレ、やさしい嘘つけてたかな?」
B「あ、あはは、うん、バッチリ! 完璧だったんじゃない?」
A「……お前、ずっとオレにやさしい嘘ついてないか?」
B「あー気づかれてたぁ。どうも失礼しました〜」
瞳をとじて、眠りに落ちるまで、次に起きた時に今の人生が終わっていてほしいといつも思っている。明日への不安ばかりが頭をめぐり、日常が部屋の天井を押しつぶして迫ってくるようだ。
この恐怖から逃れるためなら何だってする…だったら今すぐ仕事を辞めればいいじゃないか? そんな簡単なことじゃない。仕事を辞めても日々は続くんだ。
短絡的だとわかっている。それでも今から逃れたい。起きたら10年後で、楽なポストに昇進していて、あとは部下に命令しながら生きるのがいい、転職して別の会社に勤めているだろうか? それも悪くない。起きたら引退していて、老後の余生をのんびり送っているでもいい。寺社仏閣をめぐって御朱印を集めよう。起きたら次の人生で、赤ちゃんになっているのもいいな。
今の現実から逃れられればいい。そんなことを頭で考えているぐらい、許してくれてもいいだろう。そうして私は眠りに着いた。
どれだけ妄想を膨らませても、やはり次の日は来てしまう。目が醒めた時、まだ辺りは暗かった。もうひと眠りするかと寝返りを打とうとしたが、体が動かない。動かせない。金縛りか? いや、何かに埋もれている感じだ。
まさか本当に日常が天井を突き破って押し寄せたっていうのか?
手の感触を探る。どうやら土のようだ。寝ている間に何者かに襲われて、生きたまま山林に埋められたのか? そんなサスペンス展開が自分の身に起きたというのか?
だったら眠っている間にすべてが終わっているなんて、そんな間抜けな話はない。とにかく何が何でも土の中から這い出さないと。
私は両手を使ってひたすらもがいて土をかき分けた。昨日の夜まで日常を呪っていたのに、生き埋めのまま人生が終わることを恐れていた。どれだけ時間が経過したかわからないほど体を動かし続けると、ようやく薄っすらと光が見えた。
出られる! 地上に出られる! 助かった!
体を一気に引き上げて外界に這い出る。そこは夜だった。そこで、土の中から見えた光の主は頭上に灯る月だと気づく。そして辺りを見渡すと、そこには地面に立てられた石のプレートが月明かりに照らされて整然と並んでいた。
ここは、墓地?
ここでようやく自分の体を顧みた。両手を顔の前に掲げると、それは肉を削がれた骨の集まりだった。全身に目をやると、理科の実験室で見た骨格標本そのものが見える。
墓地に骸骨…。つまり私は土葬されたのか。
あの夜、今となってはあの夜だ。昨日の夜ではない。あの夜、私が瞳をとじて願った想いは叶えられたということか。あの夜から何年が経ったのだろう。昇進も引退もすっ飛ばして、死んで輪廻を遂げる前、まさか白骨と化したところで目覚めさせるとは…。神様も人が悪い。
これが身の丈に合わない願いの報いなのか。でも、あの日常を過ごすより幸せなのかもしれない。人に出来ない余生を送れるのだから。
そんなことより…私はいつキリスト教に改宗したんだ?
インターネットの広告を見た。
『敏腕プロデューサーに認められたら賞金100万円ゲット! わたしの5分をあなたに贈る特別招待状! 出場者募集!』
詳細を見ると米国でメディア王と呼ばれる男ボデフ・ブロンクスが面白いパフォーマーを集めているという。大道芸人として芸だけを磨いてきた僕にとって、これはまたとないチャンスだった。僕はこの企画に応募した。
「やあ、来てくれてありがとう。では、君のパフォーマンスを見せてくれ」
書類審査を通過した僕は、ボデフの前で渾身の芸を披露した。それは大道芸人生活15年の集大成とも言える5分間だった。
「いやあ、恐れ入ったよ。素晴らしい芸だった」
パフォーマンスの後、口を開いたボデフから出てきたのは賞賛の言葉だった。僕は天にも昇る心地だった。次の言葉を聞くまでは。
「じゃあ、賞金の100万円を君に贈ろう。…このまま帰っていいぞ」
「え? あの、賞金というのは…」
私は思わず聞き返した。
「なんだ知らないのか? 私の5分は100万円だ」
え、なんだこれ。クソアメリカンジョークじゃないか。
「ちょっと待ってください」
反論しようとすると、ボデフは遮るように言い返した。
「私を満足させられなかった者は、ここに100万円を置いて行ったんだぞ。あと5分、ここで議論をするなら君にも100万円を置いて行ってもらわなきゃならない。早く行け」
言い返すのも虚しく、僕はおずおずと帰ることにした。詐欺にかかった気分だったが、持ち出しがなく済んでよかったと思うことにした。
数日後、私の部屋に郵便物が届いた。それは米国のテレビ番組の契約書だった。
「あの国のこういう文化嫌いだわ〜!」
葬儀場の煙突から立ち上る煙を見ても、なに一つ実感が湧かなかった。話さなければいけないことは、まだたくさんあったはずなのに。隣について教わらなければいけないことが、山ほどあったはずなのに。私はいつまでも、煙から目を逸らすことができなかった。
「お疲れ様。俺は仕事に戻るけど、お前は?」
同期の山本がタバコをくわえながら歩いてきた。何人かの同僚と一緒に会社に戻るらしい。この会社で生きる人間として、それが正しいのだろうと頭では分かっていたが、私にはそれが非情なことのように思えた。
「少し、残っていくよ。悪いな」
社長はこんな私を許してくれるだろうか。でも私には、今にも崩れ落ちていきそうなこの気持ちを立て直す時間が必要だった。
「ああ、あんまり思い詰めるなよ」
山本は私の方を2回叩いて去って行った。
私は葬祭場を出て、駅に向かわずにこの辺りを歩くことにした。なにを考えるべきかもわからなかったが、とにかく歩きながら考える時間だけが欲しかったのだと思う。降りたこともない駅で、馴染みのない通りを黒い服のまま歩いた。平日の昼間、人通りも多くなく、誰に咎められることもなかったが、ふと目に止まった緑に囲まれた一角が気になって、吸い寄せられるようにそこに入って行った。
そこは少し大きめの公園だった。樹木の林立する区画や鴨が泳ぐ池などがある手入れの行き届いた庭園のようだ。隠れたかったわけではないが、目的もなく住宅街を歩くよりは落ち着ける。私はこの中で考える時間を過ごすことにした。
三崎社長は私に生きがいを与えてくれた人だった。だらだらと就職活動をしていた私は、就職説明会でこの会社を見つけ、そこで社長に出会い、その人柄に惚れて入社を熱望した。あの人の夢は私の夢であり、あの人は私の人生の指針になった。それなのに。45歳で亡くなるなんて、早すぎる。
公園には池に向かって穏やかに流れる川があった。私は流れに逆らうように川のほとりの歩道を歩いていて、釣りをしている老人に気がついた。
「なにが釣れるんですか?」
気づいたら話しかけていた。老人はこちらに気づいて、微笑みながら言った。
「さあ、なにが釣れるんでしょうね。実は魚には詳しくなくて」
警戒されているのか、はぐらかされてしまった。いや、本当に知らないのか?
「ただ釣りだけが目的なんですか?」
よく見ると釣った魚を入れるバケツなんかは持っていないようだ。
「どうでしょうね。釣れないことが目的なのかもしれません」
変わった人に話しかけてしまったんだろうか。でもこの人なら何をぶつけても返してくれそうだ。
「お邪魔じゃなければ、少しお話よろしいですか?」
「ええ、見ての通り釣れる気配もありませんので。構いませんよ」
老人は釣竿を垂らしたまま答えた。
「私の人生の指針をくれた人が亡くなってしまって」
「それはご愁傷様です」
「亡くなったのは勤めている会社の社長なんですけど。この先、どう生きればいいかわからなくて」
「指針がなくなって、進路がわからなくなってしまった、と」
「そうです。そういうことです」
私の中でモヤモヤしていたものを老人が言葉にしてくれた。
「私は昔、船乗りをしていました。ああ、船長などではなく、一船員でした。海の上では様々なことが起こります」
私は黙って続きを聞くことにした。
「羅針盤は常に同じ方向を指し示すものですが、船は目的地へとまっすぐに突き進むわけではありません。風に煽られ、嵐に遭い、障害物を避けながら進んで行くものです」
「たしかに、社長がどれだけ芯を持った人でも、常に仕事が上手く行っていたわけではありませんでした」
「ブレることのない強力な指針を持っていることは幸せなことです。ですが目的に向かって進むあなたは、絶えず変化しているものです」
そう言っている間も、老人の持つ竿から垂れる糸は、一向に揺れる気配はなかった。
「今も仕事から逃げ出している自分が不安で仕方がないんです」
私は飲み込んでいた本心を吐き出した。
「羅針盤があるからといって、必ずしも目的地にたどり着けるわけではありません。困難が立ちはだかったなら、それを避けて寄り道するのは生きるための戦略です」
「でも、同僚は逃げずに仕事に戻って行きました」
「現実から目を逸らすために、仕事で紛らしているのかもしれません」
私はその言葉にハッとなった。そんなことは考えもしなかった。
「羅針盤があったって、目的地が変わることは間違いではありませんよ。それに、あまり羅針盤に頼りすぎるのもよくありません」
「どういうことですか?」
「変わらないものに安心を見出し、常に変わっていくものに不安やわくわくを感じる人は多かった。ですが、今は変わらないことの方に不安を感じるという人が多いのではないでしょうか」
「社長はよく停滞は衰退だって言っていました」
「どちらが正解というものでもありません。変化から逃れることはできないし、それが苦しければ自分が次の変化を起こさなければいけない。そこには行動した結果があるだけです」
私はこの老人の言葉に心を奪われていた。変化を起こすなら今だと思った。
「では、私はそろそろお暇しますよ」
そう言って老人は竿を水面から引き上げた。
「だったらあなたに、新しい私の羅針盤になっていただけませんか?」
「それは…、やめたほうがいいでしょう。私も老い先長くはないでしょうから」
老人の竿の糸の先には、針がついていなかった。
あの子ったら近頃ますます聡明になっているんですの。頬はほっそりとして凛々しく、目の輝きも一段と鋭くなって、書物を読む手にも力が入っているように見えますわ。学者様になる日も近いのではないかしら。ずっと部屋の中に居ても、明日に向かって歩く力を持っているようでしたわ。
私がここに来て、もう六度も雪解けを見送っていますけれど、その間一度も、あの子は雪を見に縁側に出てくることはありませんでしたわ。私もそうね、縁側にいる時間よりもあの子といる時間の方が長くなっているかしら。
そうそう、私、ご主人様とお医者様が話をしているのを聴いていましたの。「もう長くないだろう」って。それを聴いたとき、私は嬉しくって思わず「にゃあ」と叫んでしまいましたの。でもご主人様は私の姿を認めて、唇に人差し指を当てながら「この話はマリコには内緒だよ」って嗜めましたわ。
私はそのとき、まあ、失礼しちゃうわって、口には出さないけれどそう思って、ふいってご主人様から首を逸らしましたの。ご主人様が驚かせようとしている事ぐらいわかりますわ。あの子に告げ口なんかしませんわよ。それにしても心が躍りますわ。あの子の不自由な生活はもう長くないだなんて。
「お父さん、何度言ったらわかるの? こんなものではダメよ。なんでもしてくれるって言ったじゃない。早くイングランドから取り寄せてちょうだい!」
あの子はますます元気になって、ご主人様と言い争うことも多くなってきましたの。ご主人様を困らせるのは、私の専売特許だったはずですのに。
最近のあの子は植物の知識に夢中で、海外の論文を読むほどなの。でもあの子がいつも私に語ってくれるのは、10年も20年も先のこと。あの子はそれこそ世界中を旅して、天文の知識も身につけて、新しい銀河を発見することを夢見ているの。
いつもいつも「私には時間がない」って言うのよ。あの子、人間の年齢でまだ十にもなっていないのに。
「お父さん、私の体のことぐらい、私が一番わかっています。そんな薬ではダメなの。お願いですから、このお医者様にはお引き取りいただいて」
私が部屋に入ったとき、お医者様はあの子に細長い棒を向けていました。先端に針がある形状から、私はそれが注射器であることを理解しましたわ。
「マリコ、お父さんは…」
私はそのとき、ご主人様がまだあの子の意見に耳を傾けていない事に心底呆れてしまいましたの。
「何度も言っているじゃない。イングランドから薬草の知識を持ったドゥルイドを呼び寄せてって!」
それでもヤブ医者はあの子の手を取って、無理やり細い針を刺そうとするものですから、私はついに頭に来て、飛び上がってそのヤブ医者から注射器をふんだくってやりましたわ。驚くご主人様に向かって、鼻息を荒げて睨みつけてやりましたら、ついにご主人様は言いましたの。
「わかったよ。君の言うとおりにしよう」
ひと月ほどが過ぎた頃でしょうか、縁側のある私たちの家に黒い見慣れない衣装を着たご婦人がいらしたのは。ご主人様と連れ立っていらしたかと思うと、すぐにあの子の部屋に入って行きました。もちろん私も部屋の中まで付いて行きましたわ。
そしたらあの子とそのご婦人は、二、三言葉を交わしただけですぐにお互いを理解して、ご婦人は彼女の求める薬を調合し始めましたわ。
ご婦人がいらしたのは一週間にも満たなかったのではないかしら。あの子は見る間に元気になって…ついに、ついによ。自分の足で立って、部屋の外に、我が家の縁側まで歩き出ることができましたのよ。
でも、あの子にとって自分の体のことなど、もう些末なことなのでしょうね。この一歩から、あの子はもっと遠くへと歩いて行くんですもの。