与太ガラス

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12/27/2024, 1:07:37 AM

 仕事をやめてから、散歩をするのが日課になっていた。いや、無職になってひと月ほどはずっと家の中にいた。気がつくと体重が増えるし、動きも鈍くなってきたから、仕方なく外に出たんだった。走るのは嫌だった。すぐに苦しくなって頭が痛くなるから。

 初めは気の向くままに歩いていたけれど、だんだんと3つぐらいのコースに定まってきた。今日は大きい公園の中を歩く。昼間なんか人は居ないのかと思っていたけど、平日でも昼食を食べる人や高齢の方、小さい子を連れた親など、公園を利用する人は多いようだ。世の中が休みの日は手をつないだ若いカップルも最近はよく見かける。

 散歩を始めてもう十回以上はここを訪れている。やっぱりここも、同じ日々の繰り返しか。

 ここに来るといつも、池のほとりで水彩画を描いている男性に出会う。同じ場所から、同じ景色を描いている。単純に、飽きないのかなと思う。

「何を描いているんですか?」

 私は男性に聞いた。男性は筆を持つ手を止めて、私の顔を見た。私から見たら老人と言っていいほど、髪が白くシワの深い顔だった。

「いまを描いています」

「いま、ですか」

 予想外の答えが返ってきた。私は先ほど感じたことを質問してみた。

「いつもここで描いてらっしゃいますよね。同じ景色で飽きないですか?」

 老人は筆を進めながら答えてくれた。

「いまは常に変化しますから、飽きるということはないですね」

 目の前には、二日前に来たときと同じ景色が広がっている。

「いまみたいに、あなたのような方に話しかけられることもありますし」

 なるほど、それは明らかな変化だ。

「少しお話しいいですか?」と聞くと、老人は「どうぞ」と促した。

 なぜかこの人に自分の話をしたくなっていた。

「少し前に仕事をやめたんです。毎日同じ景色を見るのが退屈で」

 老人は何も言わずに筆を進めている。

「同じように企画書を書いて、同じように商品を売って、出世したら目の前にいる上司と同じような仕事を繰り返して。その見えている先が、なんだかつまらないものに思えて。変わらないんだろうなって思ったんです」

「そうですか。だからわかりやすく変わろうとしたんですね」

「ええ、だからわかりやすく仕事をやめました」

「何か、変わりましたか?」

「…やっぱり、退屈でした」

「私から、ひとつよろしいですか?」

「あ、はい、どうぞ」

「毎日、毎週、毎年と、変わらないものは習慣になります。これはむしろ、変えないことが難しく、変えないために意識しなければならないものです。私が“毎日”ここに来ているのも習慣です」

 穏やかに、ゆったりと、老人は話し始めた。

「あなたが毎日仕事場に行くという習慣を体得していたのも素晴らしいことです」

 老人は筆を洗って青と白を混ぜた。そして空の部分を描き始める。

「ですが、そこで起こる“いま”は常に変わります。この空に漂う雲は一瞬として同じ形を成すことはなく、太陽の位置も瞬く間に移ります。その空を映した池の色も刻一刻変化するのです」

 青を少し濃くして池の中を塗り出した。

「環境を変えれば、何か変わると思ったんです」

 私が退屈だと思っていた日々は、変化に富んでいたのだろうか。いまの生活と比べても、どちらが退屈なのか、その答えは見えない。結局は、自分が変わらなきゃいけないんだろうか。

「あなたが変えようと思ったのなら、それは正しい。ポイントは何を見るか、です。その変化を見逃さないようにしてください」

 私は空に目を向けた。雲はゆったりと流れていく。

「ご安心ください。あなたはいまも変わっていますよ」

 老人の絵に目を戻すと、いま見た空とは全く違う雲が描かれていた。

12/26/2024, 12:40:33 AM

「クリスマスの予定は?」

「さすがに無理でしょう。掘られ尽くしてますよ、この質問は」

「え、そうかな」

「ダウナーで答えても、どうせ一人だとかクリぼっちだとかホームアローンだとか、そもそもなんでキリスト教の祭りを日本でやるんだとか、自分で考えたものじゃない言葉しか出てこないんだから。もう金脈なんて残ってないんですよ」

「ホームアローンは言わないだろ」

「アッパーで答えたら答えたで、恋人と過ごします、家族と過ごします、友達とクリパします、って、それ以上でもそれ以下でもない答えしかないんだよ」

「そう答えたらいいじゃん」

「そもそも今年のクリスマスなんて、24日も25日も平日なんだよ。ゴールデンウィークとかお盆とか年末年始ならわかるよ、休みだろうから、おおかたの人は休みだろうと予想されるから、まだその質問もわかるよ。でも平日は普通に生きてる大人は仕事してるだろ」

「昼間は仕事かもしれないけど、夜は時間あるだろ」

「年末の労働者の忙しさナメるなよ! なんでかわかんないけど無駄に忙しいんだよ。それこそ103万の壁でバイトは少なくなるし、それこそクリスマスやら正月やらでイベントが多くなるし、年末年始は色々休みになるからその直前のしわ寄せが来るんだよ!」

「だからなんだよ」

「だから急な残業とか不測の事態とか起こって、夜中まで帰れないことも多いの! 夜も時間ないの!」

「ずっと普通のこと言ってる」

「だから金脈はないって言ったじゃん! 何を答えても誰かが言ってる当たり前の回答になるんだよ。えーじゃあクリスマスはハワイに行ってカニ食べます? フィンランドに行ってサンタのオフショット撮って来ます? 中国の山奥で新しい仙人の誕生を目撃して来ます? 全部誰かが言ってる言葉だろー!」

「最後の方聞いたことない」

「もういいよ!」

12/25/2024, 1:41:22 AM

 勝負の日がやってきた。少ないバイトと私と店長で回す12月24日のパン屋さんだ。もちろん商店街の内外からたくさんのご予約を承っており、店長はお客様から聞いているだいたいの受け取り時間に合わせて新鮮なクリスマスケーキが仕上がるように、キッチンに缶詰になる。

 雪をも溶かすパン屋さんの熱い一日が始まった。

 我らが「ブーランジェリー・ジュワユーズ」は玉栄商店街にある。昔ながらの小商店の集まりだが、商圏には新築マンションも多く、客層は若いファミリーが結構いる。そのためか季節ごとのイベントでは街をあげて雰囲気を演出し、お客さんを呼び込もうとする活気がある。

「おつかれさ〜ん」

 お昼過ぎに洋品店のタカハシさんがお店に訪れた。いつもイベントを取り仕切る商店会長でもある。

「いらっしゃいませー」

「書き入れ時に悪いね。今日は客で来たから」

 この時間帯に商店街で働く人がたびたび来店した。午後の休憩でケーキを食べる人が多いようだ。普段あまり見ない人が訪れるのもクリスマスならではか。

 毎日のパンを買いにくる人も当然ながらいて、その買い物のついでに思い立ってケーキを買ってくださる人もいる。予約以外のケーキは早い者勝ちだが、無くなる前にキッチンに伝えては補充するのを繰り返す。

「あの、すみません」

 品出しをしていると女性の声に呼び止められた。

「はい、いらっしゃいませ!」

 女性はなにやらお困りの様子だ。

「クリスマスのケーキが欲しいんですけど、娘がイチゴのアレルギーが出てしまって。パン屋さんにお願いするのも悪いんですが、イチゴを使っていないケーキはありますか?」

 さっとショーケースを見渡してケーキの在庫を見る。パン屋さんの作るケーキにはそれほど種類はない。クリスマスケーキは季節的にもイチゴがメインだ。でも一つだけ、黄色が目立つケーキがあった。

「いま店長に確認しますので、少々お待ちください」

 私は急いでキッチンに向かい、店長に伝えた。

「イチゴアレルギーのお客様がいらしてるんですけど、柚子のショートケーキってイチゴ使ってますか?」

 店長が冬至で大量に仕入れた柚子。その残りをケーキに仕立てた商品だが、私は調理過程を見ていないから無責任にイチゴを使っていないとは判断できない。

「ヤマノさん、いい判断ね。実はクリームにイチゴを使ってるの」

 確認してよかった。でもお客さんには残念な思いをさせちゃうか。

「お客様にお断りを…」

「待ってヤマノさん」

 私がキッチンを出かけたところを店長が声で制した。

「イチゴ不使用のショートケーキ、今から作るわ。90分後に受け取れるか、聞いておいて」

「はい、かしこまりました!」

◇ ◇ ◇

 怒涛の一日が終わり、クリスマスイブのパン屋さんはいつもより少し遅く夜9時に閉店した。

「お疲れ様。はい、私からのプレゼント」

 帰り際、私のところに店長がケーキを包んでやってきた。

「もう遅いから、帰って食べなさい」

 中身を見ると柚子のショートケーキだった。私は少し考えて、片付けをする店長の後ろ姿に向けて言った。

「ここで食べます。店長、一緒に食べましょ」

 店長は私を振り返り、少し驚いた顔をした。

 店長が片付けを終えるのを待って、私はコーヒーを淹れて二人分のショートケーキをお皿に移した。

「あなた、社員になるつもりはない?」

 いきなり店長が直球をぶつけてきた。待って心の準備とか。

「調理は変わらず私と職人たちがやるから、朝早く来る必要はないわ。もともとパン職人と接客は勤務形態が分かれてるからフレックスでOKよ」

 私の目をまっすぐに見て言葉を続ける。もちろん私も考えたことがないわけじゃない。

「冷静に考えても、私にとっていい話だとは思うんですけど」

 この人の期待に応えられるようなことは何もしていない。私は頭の中で悪態をつきながら、不承不承で店長の無茶振りに対応していただけだ。本気でこの人の許で働く覚悟が自分にあるだろうか。

「いいえ。私にとっていい話なの。あなたのような人材がこのお店に入ってきて、とてもいい仕事をするのを私に見せてくれた。そんな人が社員になってくれるなら、こんなにいい話はないのよ」

 とっても自分本位な言い分なのに、とっても素直で嬉しくなる言葉だ。私もこの人の愚直さを間近で見てきた。じっと私の目を見据えて話す言葉に偽りがないことはわかっている。

 どうせ何の目標もなく生きてる人生だ。この人の近くにいれば、目標のある人生を学べるかもしれない。

「わかりました。私、社員になります」

 店長の顔が一瞬柔らかく緩み、次の瞬間には目つきだけ鋭くなった。

「よし、そうと決まれば明日の戦略を立てるわよ。25日こそクリスマス。まだまだケーキを食べてもらいましょう。今日の取りこぼしがまだまだあるはずよ」

「ちょっと店長、ケーキぐらいゆっくり食べさせてくださいよー」

 この切り替えの早さと商売っ気の強さをじっくり勉強する日々がこれから始まるのだ。

12/24/2024, 1:41:00 AM

「疲れた〜」

 年内案件と言われた化粧品ブランド「フロマリ」のプロダクトデザインのプレゼンがようやく終わり、私はデスクに突っ伏した。

「カシマ、メリークリスマス」

 そう言いながら、課長のナカガワさんは私のデスクにコーヒーを置いた。缶コーヒーじゃない。デイズクラフトのテイクアウトだ。

「あ、ありがとうございます。わざわざデイクラまで行って買ってきたんですか?」

 デイズクラフトはオフィスの近所にあって社員からも好評のカフェ。課長ひとりで並んで買ったのかぁ。

「俺からのクリスマスプレゼントってことで。プロジェクトメンバーみんなにね」

 この会社にはいわゆるお茶汲みみたいな文化がない。デザイナーたちはそれぞれ我が強くて、若いうちは特に周りの意見も聞かずに突っ走る人が多い…ていうのを今回のプロジェクトで痛いほどわかった。その分、それをまとめる上の人間が気配りをしていたことも。

「今回は俺が実際に手を出せることはほとんどなかったからな。ねぎらうぐらいしかできないよ」

 やっぱりこの人はシゴデキ上司なんだなぁ。

「今回リーダーやって初めてわかりましたよ。私は上司に恵まれてました。今までワガママばっかり言ってすみませんでした」

「よしてくれよ。デザイン会社はさ、メンバーのクリエイティブが全てなんだから。マネジメントを覚えるのは才能が枯渇したおじさんからでいいの」

「そんなこと言わないでくださいよー。ナカガワさんまだ若いって。勝手に隠居しないで〜」

 ちょっと雑な言葉を使ってみる。

「隠居なんかしねーよ。まだまだ案件持ってるわ」

 ナカガワさんがすかさず切り返す。これぐらいの言葉遣いでも笑ってくれるから楽だ。

「それにマネジメントをやることで新しく気づくこともある。それも感じただろ?」

 たしかに。メンバーそれぞれが考えてることとか、表現できることとかがわかると、自分に足りないものも見えてくる。その部分を任せることもできるようになる。

「若いうちに好き勝手やるのも経験、その上で他の人と自分の感性を混ぜることができれば、新しいものができるんじゃないかな」

「やばい、クリエイティブ論、語っちゃってますよ」

「真面目に言ってんのに茶化すんじゃねーよ」

「あははははー」

「帰らないのか? クリスマスだぞ」

「今日は結果を聞くまで帰りません」

 この前、部屋に戻ってから悪い報告を聞いてルームメイトに散々迷惑をかけた。今日は仕事を持ち帰らない。

「ナカガワさんこそ、帰らなくていいんですか?」

「俺は帰ったところでどうせ一人だよ。クリスマスに部下を早く返すのが俺の仕事」

 そうなんだ。他人に興味がなさすぎて、他の社員のパーソナルなところ、全然知らないかも。

「若い頃に結婚したんだけどな。こういう仕事だとのめり込むと全然家に帰れないことも多くてさ。もっと早くマネジメントを覚えてたら良かったのかもな」

「あ、このタイミングでナカガワさんの身の上話はいらないっすわ」

「こいつ…」

 言葉に詰まったところでお互い堪えきれず笑い声をあげた。その直後、

 プルルルルル…

 ナカガワさんの携帯がベルを鳴らした。


「ただいまー」

 早歩きともスキップとも言えるステップで商店街を通り抜け、部屋に戻ったときにはナオが夕飯の支度をしていた。

「メリークリスマ〜ス!」

 朝もこのフレーズで挨拶したような気がするけど、今日しか言わないんだから何度言ってもいいでしょ。

「おかえり。鶏肉で洋風っぽい料理にしてみた」

 ナオが用意した夕飯は鶏肉のピカタだった。

「わー、おいしそ〜、楽しみ!」

 ルームメイトと過ごすクリスマスは初めてでワクワクする。

「今日、プレゼンどうだった?」

 ナオはサラッと聞いてきた。この前のこともあるし、センシティブな件なのに、こんなに自然に聞いてくるなんて。でも私はすぐにでも話したかった。

「通りました〜! プロジェクト成功で〜す!」

 ナオは笑顔を浮かべて「やったね!」と喜んでくれた。二人でハイタッチした。

「なんですぐ聞いたの?」

 率直な疑問をぶつけてみる。

「だって、顔を見たらわかったよ。早く聞いてって顔してたもん」

 うわ、恥っず。

「やだ〜100点取った子どもみたいじゃん。ははは」

「商店街のパン屋さんでケーキも買ってきたから、あとで食べよう」

「わーい」

 本当に子どもみたいなリアクションばっかりだ。



 食後、こたつに入ってケーキを食べながら、ナオにプレゼントを渡した。

「ナオが二人で使うこたつを買ってくれたから、私も二人で使えるものにしました!」

 袋から両手に収まるパッケージを取り出したナオは、いきなり笑い出した。

「あーこれ、いま話題のやつだ! ありがとう」

 ゴリラのひとつかみ。ふくらはぎ専用のマッサージグッズだ。

「ナオの仕事は歩くことも多いでしょ。これでしっかり疲れを取ってね」

 こたつとマッサージ機。実用的なプレゼントを贈り合うルームメイトとのクリスマスは笑いながら更けていった。

12/23/2024, 1:26:19 AM

「昨日は柚子、ありがとうございました」

 今日も朝からパンを焼く店長に声をかけた。

「あら、おはよう。柚子湯にしてちゃんと湯船に浸かった?」

「ええ、おかげさまで。香りも良くて、あったまりました」

 冬至にあたる昨日、店長は柚子を大量に仕入れてきて、なぜかその日いたバイトに配っていた。そして私には念を押して柚子湯を勧めてくれた。

「習慣って迷信じゃないのよ。柚子に含まれる成分にはリラックス効果とか血行促進とか色んな効果があるの」

 直前に私が体調を崩したからだろう、やたら気遣ってくれる。本当にお母さんみたいでありがたい。ちょっと圧が怖いけど…。

 そんな店長だが、今日は柚子を使ったお菓子のレシピに悩んでいるようだった。

「マドレーヌもいいし、フィナンシェもいけるわね」

「ここで働いてて今更ですけど、マドレーヌとフィナンシェの違いってなんですか?」

 私はパンは好きだけど、スイーツには疎い。それでいて形と色が似ている横文字を覚えるのが苦手だ。

「ざっくり言うと、卵とバターの使い方の違いね。マドレーヌは卵を全部使って溶かしたバターを使うけど、フィナンシェは卵白だけで焦がしたバターを使うの」

 ほぉー。聞いておいて特に感想はない。食べてみてもそこまで違いはわからないんだろうな。店長は作るものを決めたらしく、テキパキと準備に取りかかった。

「今日、半日で閉めるんですよね?」

 店長がM-1グランプリをリアルタイムで観たいから、という理由で昼過ぎにはお店を閉めることになっていた。

「年に一度の祭典よ。自分の趣味は最優先で生きるって決めてるから」

 お笑い好きの店長にとって、今日は大切な日だ。我が道を往く店長は尊敬できる。でも突っ走りすぎるところもある。

「それに私たちにとって年内最後のお祭りは2日後よ。その前に気分を上げていかなきゃ」

 スイーツも扱っているこのパン屋さんにとって、クリスマスも売り上げの高い大事な日だ。

「そもそもパン屋さんなんて、朝には全部作っちゃうんだから、お昼にはお店閉めちゃっていいのよ。本当は」

 この人は冗談を言うときはいつも極端な事を言う。ってそうじゃなくて。

「あの、そんなにいっぱい作って、売り切れるんですか? 半日で」

 いきなり新作を増やして、しかも半日で売れるんだろうか。

「なに言ってるの。売るのよ。『季節限定』『新作スイーツ』『一日遅れの冬至の定番』『M-1のおともに!』なんでもいいから」

「え? あ? そのフレーズはもしかして…」

「あなたの出番よ。POPならお手のものでしょ」

 店長からの信頼が日に日に厚くなっている。いつの間にか私は販売促進部長だ。バイトなのに。


 店長が調理するのを遠巻きに見ながら「柚子 スイーツ」で検索してどんな味になるのかを調べてみる。それをPOPに落とし込みながら、売れそうなキャッチコピーも考える。

「ノンストップ・ユズ!」「エキセントリックスイーツ!」「ゆず−POP」「ずっとユズダチ」

 あ、いけない。途中からM-1のキャッチコピーまとめを見ていた。でも悪くないな。わかる人にわかってもらえたらいいか。

「POPできた? あら素敵じゃない」

 一通り作業を終えた店長が近づいてきた。売るフェイズになったら店長のやることはほぼない。

「ねえ、今日のM-1、誰が獲ると思う?」

 あーもう、雑談タイムだ。こうなると私も止まらないですよ。

「私はヤーレンズと真空ジェシカが推しですね。令和ロマンも好きですけど、連覇は違うかなーって思っちゃいます」

「わかるわー。私はね、エバースが仕上がってると思うのよね。最近、神保町の配信買ってるんだけど、あのクオリティを決勝で出せれば…」

 劇場の配信買ってる人だったのかよ。もう手がつけられない。お笑いの話になると店長はアンコントロールすぎる。

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