窓から外を見遣ると、空はもう黄昏れている。はー、やってしまったなー。やんなきゃだよなー。頭の中では文字だけがぐるぐる回っているが、体はずっと外を眺めてたそがれている。
あー、今日の夕ご飯、私が担当じゃん。ダメだ、絶対買い物行けない。この部屋では在宅ワークの人が夕飯を作るルールになっている。パートナーに謝罪のメッセージを送り、買い物を頼むことにした。
コルトレーンを聴きながら描いたイラストは上司の意見とは全く別のデザインになり、とりあえず提出してみたらあえなく却下を食らった。
ですよねー、さすがにあれだけ細かく指示もらってて、全然反映されてなかったら、そりゃ怒りますよねー。こう見えてもプロとしてちゃんと反省はしている。
落ち着け。設計図はもらっているようなもの。私のセンスなら1時間もあれば片はつく。今度は音楽も聴かず、集中して一気に仕上げる。ワタシ、ヤレバデキルコ。
クラウドに上げて上司に電話をかける。会社のコアタイムはもう過ぎている。私の不手際で上司を待たせるのも申し訳ない。
「おう、おつかれさま、もう仕上げたのか?」
電話に出た上司は上機嫌だった。
「はい!遅くなりました、クラウドにアップしてます」
「了解、明日確認するよ、遅くまでありがとうな」
今日中に、とは言われたけど、今日確認する、とは言われてない。まあ、そうだよね。
「はい、おつかれさまでした」
「あ、ちゃんと退勤押しとけよ」
急いでがんばったのに、ちょっと拍子抜けした。この緩さに助けられてもいるからなぁ。電話を切った画面を見つめたまま、勤怠アプリを起動して退勤ボタンを押す。
椅子にどんと深く腰を落とし、PC画面を見つめる。外は暗くなったが、いま作ったイラストの背景は黄昏ていた。
そのとき、カチッと部屋の鍵を開ける音がした。パートナーが帰ってきた。
「ごめん!夕飯の買い物お願い!」
同居人からのメッセージを見て、なんかやらかしたな、と思いながら電車を降りた。
「ならたまには外食でも?」
と書きかけたが、出られない理由もあるのだろうと考え「了解」とだけ返した。スタンプは使ってやらなかった。事情を聞かないうちはそこまで甘やかせられない。
もともと今日は買い物をして帰るつもりだったのを思い出す。朝からゼリーが食べたかったのだ。コンビニでもいいと思っていたが、スーパーに寄るならスーパーの方が種類もあるし安いはずだ。
駅前のスーパーに入り、食材を買っていく。この流れだと作るのも私か。なら遠慮せず好きなものを作ろう。明日は私が在宅の日だから、きっと明日も私が当番になるだろう。なら二日分の献立を考えて…。
他人と一緒に暮らすようになって、自分が料理を作るのを苦にしていないのがわかった。むしろ家事全般を楽しんでいる。基本的なルールは「全ての家事を分担する」だが、相手がちょっとだらしないのもあって8割ぐらいを自分がやっている。
「もう、しょうがないなぁ」と言いながらやってあげると、屈託なく「ありがとう!」が返ってくるのが心地いい。今はそれがいいバランスになっている。
レジでお会計を済ませると手持ちのエコバッグは食材でパツパツになっていた。出ようとした瞬間、特売の棚に白桃ゼリーがどっさり積まれているのが目に入った。
私は2パック取ってレジへと踵を返した。
「ごめん!夕飯の買い物お願い!」
同居人からのメッセージを見て、なんかやらかしたな、と思いながら電車を降りた。
「ならたまには外食でも?」
と書きかけたが、出られない理由もあるのだろうと考え「了解」とだけ返した。スタンプは使ってやらなかった。事情を聞かないうちはそこまで甘やかせられない。
もともと今日は買い物をして帰るつもりだったのを思い出す。朝からゼリーが食べたかったのだ。コンビニでもいいと思っていたが、スーパーに寄るならスーパーの方が種類もあるし安いはずだ。
駅前のスーパーに入り、食材を買っていく。この流れだと作るのも私か。なら遠慮せず好きなものを作ろう。明日は私が在宅の日だから、きっと明日も私が当番になるだろう。なら二日分の献立を考えて…。
他人と一緒に暮らすようになって、自分が料理を作るのを苦にしていないのがわかった。むしろ家事全般を楽しんでいる。基本的なルールは「全ての家事を分担する」だが、相手がちょっとだらしないのもあって8割ぐらいを自分がやっている。
「もう、しょうがないなぁ」と言いながらやってあげると、屈託なく「ありがとう!」が返ってくるのが心地いい。今はそれがいいバランスになっている。
レジでお会計を済ませると手持ちのエコバッグは食材でパツパツになっていた。出ようとした瞬間、特売の棚に白桃ゼリーがどっさり積まれているのが目に入った。
私は2パック取ってレジへと踵を返した。
静かな場所とザワザワした場所と、どっちの方が集中できる?
この部屋はいわゆる閑静な住宅街にあって、日中、特にいまぐらいの午後の時間は無音と言っていいぐらい静かだ。在宅ワークを始めてそのことに気づいた。共働きのビジネスマン層が多いのだろう。
デザインの仕事はイラストやレイアウトがメインだから、音楽とかラジオとかの耳だけの情報はあっても邪魔にならない。私はむしろ適度に音楽が流れていた方が集中できる。描きたい絵によってジャンルを変えるのもオススメ。いまはサブスクでいくらでも新しい曲が聴けるしね。
でもね、いま私の部屋にはアナログレコードのプレイヤーがあるのです!わーい!
パートナーが最近レコードにハマってて、いつもこれで聴いてるの。オシャレでいいなーって思ってたんだ。勝手に聴いたら怒るかな?まあそん時はそん時。この前いい感じのJAZZの曲を聴いてたんだよね。
プレイヤーの周りでレコードを探していると、静寂を切り裂いてスマホが鳴り出した。
おぉわ、ビックリした。別に悪いことしてたわけじゃないけど。まあでも仕事はサボってるか。
着信は上司から。私の電話の折り返しか。出ると
「ああ、おつかれさま。さっき送ってもらったデータなんだけど…」
もう見てくださいましたか、シゴデキっすね。上司は修正箇所をいくつか指摘する。
んーま、合ってるとは思うんですけど、それってクライアントに見せてませんよね?一回私の案で見せてもらって、クライアントの意見もらってから修正じゃダメですか?
っていつも言いたくなる。一回私のイメージで勝負させてよって。でも上司だからなぁ。と思っていたら
「その感じで直したら送って。今もらったのも良かったから、合わせてA案B案でクライアントに投げるから。今日中にできる?」
「え?あ、あーす。いけまーす」
なんだ上司、シゴデキじゃん。
そのあと発掘したコルトレーンの名演集を聴きながら、上機嫌で仕事をしていたら、全然違うC案が出来ていた。やっぱJAZZだわ。
ゴゴイチで商談が入っていた。普段からやり取りのあるメーカーとの打ち合わせで、それほど緊張感のあるものじゃない。手帳とペンと、要らないとは思うが念のためノートPCも持っていこう。必要なものを手に取ってメーカーを出迎えに行った。
対面すると、担当者の他に普段見かけない女性が同行していた。担当者は新しい上司だという。
なんだよ、ダラダラ雑談できないじゃんか。
私は丁寧に挨拶をして名刺を交換する。
【クリエイティブ営業企画部チーフ】
「チーフって何長ですか?」
と喉元まで出かかったが飲み込んだ。その空気を読み取ったのか、担当者が補足する。
「ウチの会社では係長のクラスです」
「ああそうなんですね」愛想よく笑いながら答える。
私はいいけど、チーフの前で「ウチの会社」はいいのかな、担当者くん。
「ご足労いただきありがとうございます。先ほど雨が降っていたようですが、大丈夫でしたか?」
会議室に入り、座りながら世間話を始める。
「ええ、駅に着いた時には止んでいましたので、降られずに済みました」
チーフが答える。それは良かったです、と言いながら私は商談の流れを組み立てる。今日の議題は店頭イベントで販促をかける目玉商品の選定と企画内容だ。
話はスムーズに進み、結果的には決済権のあるチーフねえさんを連れてきた担当者くんのファインプレーで、割引率も限定数量もほぼ確定レベルまで決めることができた。
別れ際、エレベーターでお送りするときに、チーフねえさんが思い出したように振り返り、
「ああ、最後にひとつだけ」
右手人差し指を立てながら私に向かって言ってきた。
「ウチの商品で販促するなら、絶対に他社よりも安く出してくださいね。売上は保証しますよ」
あ、この人、杉下右京みたいな人だ。
でもそれ、会議室出るときにやってくれよ。エレベーター待たせちゃうじゃんか。