息を吸って 息を吐いて
いつもみたいに? いつもみたいに
空気を呑んで 空気を出して
当然みたいに? 当然みたいに
息を吸って 君の前
息を止めて 君の前
当たり前みたいに? 当たり前みたいに
呼吸をとめて 君の前
呼吸をやめて 君の前
居ないみたいに? 居ないみたいに
生きるに大事な一欠片
君みたいに? 君みたいに
‹酸素›
糸に針を結わえて
ぽんと放り投げれば釣れるような
そんなふうだったら良かったのに
君の好きだった海釣りを
私は見たことはないけれど
狙って投げれば針の先
いつかはいつかは引っかかるような
そんなふうだったら良かったのに
君と家族の思い出も
君と友人の思い出も
君と私の思い出も
そんなふうにそんなふうに
君が思い出せるなら
君が孤独にならないのなら
そんなふうだったら良かったのに
‹記憶の海›
特別と差し出されるお菓子の
どれが本当の特別だったのか
一人だけと渡された贈り物が
何人の手に行き渡ったのか
幾度も幾年も繰り返されたことに
今更期待も感情も無く
だからその日「二人だけ」と
誘う言葉に頷いた時の顔も
真に二人しか居ない場所で
「君だけ」と切に訴えた声も
表層の理解すら程遠く
ただその気だけが全く知れない
‹ただ君だけ›
己の人生の舵を他者へ渡してはならないと
そんな歌を勇ましく歌う君は
いつも他者を伺い雰囲気に同調し
少し苦しそうに生きている
何度でも戦って何度でも立ち上がれと
そんな歌を強く張り歌う君は
いつも和を重んじ反対には折れ
少し泣きそうに生きている
君の選ぶ歌達が
ただ何かで好きなだけなら良い
君自身の鼓舞だとしても
それを聞く私への訴えでも良い
けれどもしその歌が
自責と自己攻撃であるならば
自傷で自壊してしまう前に
真剣を他者へ向けること
せめて私の手の届く限りは
その刃掴むを厭わないから
‹未来への船›
虫の声一つしない場所だった
粗雑に踏んだ足音すら
下草と腐葉土に食われ尽くして
獣の気一つしない場所だった
帰り道折り揺らす枝すら
柔らかく溶け腐り落ちて
風の音一つしない場所だった
荒く喉鳴らす呼吸すら
止めては飲み込み無に帰した
命の静まり返る森だった
そこならば居ると知っていた
死も息潜める森だった
そこにしか居ないと知っていた
森の魔女 夜の魔女
静寂を好む孤独の魔女
‹静かなる森へ›
誰かの言う正しさとか
世界に見る幸福とか
そんなのどうでもいいからさ
君が息をしやすい場所
君が生かしたい言葉
今でなくてもいいから
いつか必ず見つかるように
たくさんの選択肢を学んで
その意味を読みつくして
そうしていつか君にとって
最善の人生となるように
‹夢を描け›
空に揺蕩う白い雲
指差す君に綿飴を
空で割れる大花火
指差す君に線香を
空に煌めく無数の星
指差す君に盃を
空に空に空っぽの空に
指差し指差しなく君に
目を耳を塞ぎ沈黙を
連れていくなと沈黙を
‹届かない……›
綺麗だけどねと炎天下
日傘の影に君は隠れる
落ちる光は綺麗だけどね
大樹から離れて君は言う
苦手なんだ樹の下は
上にあるものが分からなくて
虫でも落ちてきたのかと
問えば君は肩を竦める
夜露が落ちてきたのかと
問えば君は指を振る
怖い物が落ちてきたのだと
恐ろしい物があったのだと
君は日傘の下で言う
ふわり空いた足元を
指をさして君は言う
‹木漏れ日›
絵葉書を貰った
花咲く景色を選ぶ
その人には珍しく
一面の星空と
大きく輝く満月の
裏返しても本文は無く
差出人も宛名も無い
だから私はいつもの通り
大事な文箱にそっと仕舞う
君と言葉を交わせる日を
待ち侘び待ち侘びポストが鳴る
‹ラブソング›
封蝋の色と刻まれたマーク
便箋の端に掠れる数字
手紙の枚数 折り方 透かし
一見平和な時候の挨拶
実は秘密のSOS?
なんて冗談を転調に
文章を解いて編み直す
一見平和な近況報告
二見目秘密の救援要請
解いて編んで三見目
「無事に解けた?」
なんて念押しの問
昔々の子供の頃に
持ち寄り持ち寄り作った暗号
その日に消えたあの子のこと
早く早くに行かなくては
他の子達が解き明かす前に
誰かが辿り着く前に
‹手紙を開くと›