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7/23/2024, 8:54:57 AM

「もし過去に戻れるなら、」
「5分前、味見すればよかった」
「1時間前、道を間違えてしまった」
「3日前、時間を聞き損ねた」
「2週間前、喧嘩してしまった」
「4ヶ月前、先に眠ってしまった」

「もっと、もっと、前でも良いなら」

「あの日、いつも通りに帰っていたなら」
「今頃、まだ皆生きて笑っていただろうか」

‹もしもタイムマシンがあったなら›


どれが食べたい、と言われた
お腹は空いてなくて首を振った

誰に会いたい、と言われた
特に思いつかなくて首を振った

何処に行きたい、と言われた
一歩も動けなくて首を振った

何が欲しい、と言われた
あまりに今更すぎて首を振った

何がしたい、と言われた
態々呼び出してまで何を願ったのかと

首を振った
もう叶っていると首を振った

君の顔をちょっとだけ見たかった
君とちょっとだけ言葉を交わしたかった
たったそれだけのことを
きっと君は理解しないから

‹今一番欲しいもの›

7/21/2024, 8:25:50 AM

新聞の出生欄を読むのが好きだった。
きらきらして、ふわふわして、鮮やかに眩しい、
様々な祈りの形を見るのが好きだった。
隣のお悔やみ欄だって嫌いではなかった。
最期まで護り、存在証明をし続けただろう、
様々な時間の形が好きだった。

ずっと昔に載っただろう紙面は残ってない
ずっと先に載るだろう紙面は見られない

願わくば、此処に再び私の名が載る前に
私の知る誰もの名が載らないことを
不孝かもしれないが、願っている

‹私の名前›


目が合った、と思った。
思った時には既に目は逸らされていた。
まあ知らない人だし、それは向こうもそうだろう。

目が合った、と思った。
瞬く様な間だけ、真っ直ぐに視線が絡んだ。
やけに驚いたようだったけれど、何だったろうか。

目が合った、と思った。
道を逸れて、柵を跨いで、それでも目が合っていた。
同じくらいかな、と遠目に思ったその人は、
近くで見れば思った以上に年上の人だった。

目が合った、合っている。
そうして分かった、分かってしまった。
開かれる口が音を紡ぐ前に、人差し指を立てた。
呼んではいけないと首を振った。

視線が落ちる、跡を追う。
靴の要らない両足を。

‹視線の先には›

7/18/2024, 12:21:04 PM

飲み物を取ってくる間に、エンディングが終わっていたらしい。CMに流れる流行りの歌を口遊みながら君がソファから振り返った。
「好きだね、その歌」
「サビしか知らないけどね」
熱さに気を払いながら渡したマグカップ。ふぅと水面を吹きながら賑やかな画面を見やった。
「自分じゃない自分がいるって、想像したことある?」
瞬き、それは繰り返し尽くしたサビの歌詞からの話題と分かれば、丁度始まった次回予告から視線を外した。
「ドッペルゲンガーだったら死んでるね」
「そうじゃなくて」
「冗談。でもまあ、強いて言えば」
画面の中で役者が動く。隣でココアを啜る人とよく似た役者が。まるで物語から出て来たみたい、と賞賛を伴って。
「『本物みたい』って、誰かに呼ばれたのなら」
声高に罵る高音は、柔い声音と似ても似つかないのに。
「『本物』は、本当に唯一の本物のままでいられるのかな」


「カット!オーケーです」
「メイク直し入ります」
「次は翌朝のシーンですね」
ざわざわと空気が一斉に動き出す。
クーラーの付いた屋内でも尚暑すぎる冬服に、ようやく息をつく。
「一先ずお疲れ様です。大丈夫?すいません、冷たい物ありました?」
「ありがとうございます……」
湯気のたつココアは早々に回収されて、透明な水が体に染みた。
「でも流石ですね、台詞じゃないですけど、本当にあのキャラが実在したって勢いでしたよ」

‹私だけ›


「一番古い記憶と聞かれた時、君は何と答える?」
「ふむ、園児の頃か」
「確かに。胎児の頃から記憶があるという人も、
 前世やその前から記憶があるという人もいるね」
「真偽は置いておいても、興味深いと思うよ」
「私かい?」
「世界5分前仮説、という言葉を知っているかな」

‹遠い日の記憶›

7/16/2024, 2:25:02 PM

空っぽの窓枠を赤に塗り潰す
明るい天井に荒い黒布を張る
縫いぐるみの綿を水色に染め
硝子の破片に七色を映した

綺麗なのだと語られた
あれだけ壮大に語られた
こんな紛い物がゴミになるくらい
美しいのだと語られた

あれだけ、あれだけ語られた
皆が夢に見た天上の景色が

こんなモノであるものか

‹空を見上げて心に浮かんだこと›

7/16/2024, 2:16:49 PM

購入してから、一度も開いていない本がある
発売されて直ぐに小遣いで買った本だ
主人公と同じ年齢で読み始め、
主人公と同じく加齢して、
何年も何年も新刊を追い続けた本だった
購入してから十年以上経った、今も開いていない
主人公の冒険や感情はとうに記憶に擦り切れて
きっと最初から読み直しても
当時のようには読めないだろう
多分勿体無い事をした
その時に得られた筈の経験を捨ててしまった

それでも、それでも、
何年も追い続けたその本の終わりを
きっと大団円になったと信じているその終わりを
私の子供時代の終わりを
私はまだ、受け入れられないでいる

‹終わりにしよう›

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