「まーたやってんの天邪鬼め」
「向こうが勝手に勘違いしてるんですー」
ふわり翻るスカートに、似合いのピアス揺らして。
綺麗に整えられた髪も、白魚の様な指先まで美しく。
「契約期間いつまでだったの」
「早死にしないようにーだし。死ぬ迄じゃない?」
重たい睫も濡れたような瞳も、薄く色付く唇すら見とれるような、そのヒトは。
「ほんと、並の女の子より可愛いとか詐欺だろ詐欺」
「やりたくてやってる訳じゃないのにー」
「じゃ、着たい服は?」
「えー……花嫁さん?」
「お前ほんと上目遣いやめて死者が出る」
「答えの方に突っ込んでよー」
「あ?どう考えてもばりばり似合うだろうが」
「そっち?」
ころころ笑いながらシェイクに口をつける一瞬、眩い日差しがスポットライトみたいにその背に落ちて。
ーーー柔らかな白のベールの夢想。
「花嫁姿二人分とか、華やかすぎるよなぁ」
「んっふふ、それも良いけどねー」
伸ばされた指先、輝くスパンコール。
緩く柔く突かれた胸元は。
「君のタキシードだって、ばりばり似合うんじゃない?」
潰し尽くした胸の内を、小さく撫でるよう引っ掻いた。
<好きじゃないのに>
頭に感じた硬くもべとりとした感覚。
反射的に空を見上げれば、一面のカラフルに思わず舌打ちした。
こっち、と呼ぶ声のまま潜った軒の上、がらがらべたべたと騒がしく。
「今日は一日晴れじゃあなかったか」
「その筈。通り飴だといいんだけどね……」
まだ硬い内の破片を払う横、重く粘る甘さに早々拭うのは諦めて、せめてと髪を解きながら。
「うわ、家の方チョコボンボン降ったって」
「は?チビ共庭遊びの日だったろ」
「チョコの時点で屋内に間に合ったみたい。でもやっぱりアルコール臭やばくて、みんな寝かせたらしいよ」
「また拗ねるな……。次の雨は?」
「予報通りなら明日。チビちゃん達のご飯が終わる頃には」
「はー……了解」
がらりがらりと飴が降る。
硬いままに転がり積もればまだ良いものを、地上にぶつかる度べたりべたりと溶けていく。
日頃は鬱陶しい雨も、コレを洗い流してくれるなら待ち遠しいばかりだが。
「どうしよっか、傘と靴買ってく?」
「……いや」
差し出されたハンカチを押し返して、少し先の自動ドアへ視線を向けた。
「明日に帰ると連絡しといてくれ」
「それは、」
ひとつ、ふたつ、息をする間。赤らんで見える耳。
「……そういう言葉は、期待、しちゃうよ?」
「は、抜かせ」
喫茶店も商店も、東屋だって近くにあったくせに。
「『この軒』を選んだのはお前だろ。なあ?」
つり上がった口許を、隠せても居ない癖に。
<ところにより雨>
ちょっとしょっぱいキャラメル味。
期待に期待を重ねて食べた飴は、
あんまり好みの味じゃなくて、
笑われながら背を叩かれた。
「お前は此方が好きでしょう?」
嘗め終わったらゆっくりお食べ、と
積まれたのは至極ありふれた米菓。
お爺ちゃんの作った可愛い湯呑みに
熱くないお茶を入れてくれるお婆ちゃん。
「わたし、この特別の方が好き」
炬燵の両隣からふわふわと
柔らかく撫でる手が嬉しくて。
<特別な存在>
「こんなの作ってなんになるのさ」
「生者の心の安寧に」
「此処にはなんにも居ないくせに?」
「信じる限りは聞いている」
「こんなの作ってなんになるのさ」
「お前もどうせ、居ないくせに」
<バカみたい>
手を繋いで走っていた。
後ろから来るモノに、追い付かれてはいけなかったから。
時々小さく手を引かれたけど、その度に強く引き返して走り続けた。
追い付かれてしまわぬよう、力付くで引き続けた。
走って、走って、走って
突然強く腕を引かれた。
転んでしまったのかと振り返った。
繋いでいた、握りしめていた手を見た。
其処には誰もいなかった。
後ろにすら、何も無かった。
開いてみた手の中で
小さな小さな指が
黒く干からび潰れていた。
直ぐ隣に居た筈の人を、
顔も声も思い出せない程、
気を遣っていなかったことに気が付いた。
<二人ぼっち>
美しい時間だった。
君と出会ってから、
沢山重ねてきた日々。
夕焼けを背に笑って、
紡がれた筈の言葉。
「……教えてほしいよ」
君の残した走馬灯の中、
いつも、いつも、何回も、
三文字目から先を
聞くことができなくて。
<夢が醒める前に>