一番になりたかった。
二番ではなく、勿論最下位でもなく、
完全無欠の一番になりたかった。
勉強も運動も、得意なことはなかった。
外見も、精々中の下程度では話にならなかった。
コミュ力もなければ、家やネット上なら強いということもなく。
霊感とか、そういった特異な事もなかった。
一番になりたかった。
自分以上に出来る者はないと、胸を張って言いたかった。
そうすれば、君の選択肢に入れると思った。
そうなれば、君の前で名前を言えると思った。
画面の向こうの君に、ちゃんと認知して貰えると、思ったのに。
<誰よりも>
タイムカプセルを埋めようと思った。
大切な宝物を一つ一つ紙に包んで、一等お気に入りだったお菓子の缶に、丁寧にぎっしり詰め込んだ。
幾らか重たくなった缶を抱えて、私だけの秘密基地、金木犀の木の下に埋めようと土を掘った。
かつん、と。
少し掘って直ぐに金属音がした。
沿うように掘り進めると、それはお菓子の缶だった。
丁度、今私が持っているのと似た缶だった。
蓋を開けてみるとスカスカで、便箋が一つだけ入っていた。
『明日に9歳になる私へ』
『明日、知らない人が誕生日祝いに来たら、絶対に着いていくんだよ』
『宝物を埋める必要もない。一緒に持っていけば壊れることはないから』
『"私"が今の"私"に辿り着けるよう、健闘を祈るよ』
『無事大人になった私より』
「……そっか」
少し土で汚れてしまった手紙を畳み直し、再度便箋に入れる。
埋まっていた缶を確認すると、確かに、10年程先の賞味期限が読み取れた。
「うん、そっか」
元通りに缶を埋め直し、宝物を入れた缶を抱え直す。
此処にいてはいけない。
逃げる準備を、しなければ。
<10年後の私から届いた手紙>
「ねえ"私"さん」
「貴方は"私"じゃないから知らないのでしょうけど」
「明日誰が来るのかも、何で連れていきたいのかも、私もう知ってるの」
「そういえば、タイムカプセルの話をしてくれたのも、この手紙を読ませるためだったのかしら」
「未来を騙るなんて、本当に鬼みたいな人達ね」
元は男性から女性へ花を贈る催しが、
女性から男性へチョコレートを贈る催しに変わり、
本命だの義理だの友だの家族だの同僚だの自分用だの、
人間関係を網羅する如く種類が増え続け早幾年。
「で、今年は」
「美味しそうだったんだけど駄目だった」
「ふーん……おい内容読めって普通にシナモン入ってる」
「大々的に書いてなかったからつい……」
「難儀な好き嫌いだよな……」
3×3のケースから、白と黄の入り交じる立方体は一つ欠け。その隣を躊躇いなく取り上げる。
角切り林檎とホワイトチョコ、ふわり甘く香るスパイス。
毎年なんやかんやと理由を付けて差し出される、食べ掛けのチョコレート。
毎年必ず香る"独特"の"甘い"匂い。
口を閉ざす意味を、問い掛けない理由を、沈黙の内に共有して。
昨日も今日も明日も変わらない、この上なく素晴らしい日々を、今年もまた続けるのだ。
<バレンタイン>
絹糸は黒く、少しだけ茶を載せて。
黒瑪瑙も良いけれど、煙水晶の揺らぎも捨てがたく。
しろくやわらかな包みは大きめに。
細かな螺鈿も忘れてはいけない。
中身は白を中心に、様々な赤と、一番外側は黄色系。
それと隙間を埋め合わせるのは青。
自立出来る位にしっかり包みに詰め込んだ薔薇の花。
贈る筈だった白い衣装。
噛み破った指先で唇を飾って。
ゆらゆら燃える小さなカンテラを確かに持たせた。
「もう一度、やり直そう」
奇跡の材料は揃えた。
禁忌の境界は越えた。
川の縁に立ち竦む指を
この手に確かに引き寄せるために。
<待ってて>
もしもし、元気してる?
私はねー……まぁうん、はい。
全く、人の言う事は一旦聞くべきだったよ。
……後悔はね、しちゃいけないから、しないよ。
まぁこれも君が言ったんだっけね。
あ、そっちって時間有る?無かったら別に良いんだけど、後でまた無駄話に付き合ってよ。
……例の、もう無駄な答え合わせ。今更結果なんて無いけどさ、やるだけやらせてくれると助かる。
「まぁ、私が君と同じ所に行けたらの話だけどね」
ーーーこの番号は、現在使用されておりません。
<伝えたい>