たまには、君に会いに行こう。
本を開けばほら、あっという間に君の世界に飛び込んでいけるんだ!
その世界から見る君の姿は、いつだってきらきら輝いてみえて。君の言葉は、何度だって僕を奮い立たせてくれる。
物語の終わりが近づくと寂しさが胸をよぎるけれど、その頃には読む前の僕のことなんか忘れて次、何をしようかなんて考えてる。
踏み出すための一歩をくれる、大好きな僕の初恋
本を閉じて、そっと表紙に触れる。元は真っ白だったその色は、今ではもうすっかりくすんでしまっていた。
本を片手に立ち上がると、窓から差し込む光の眩しさに目が眩んだ。
もう、そんなに時間が経っていたのか。なんだかお腹も空いてきた気がする。
窓辺に寄り窓を開けると爽やかな風が吹き込んだ。
今日は、なにをしようか。
手にした本を窓辺のそばのテーブルに置くと、まずは腹ごなしをしなくてはと扉を開けた。
残された1冊の本は、陽の光に照らされ元の白さを取り戻したかのようであった。
カーテンが揺れ、本のページが開かれる。
微笑んだ少女は、凛とした声で告げた。
──あなたは、何度だってやり直せる。
満開の桜も徐々に花びらをおとし淡い紅色に緑が混じる。それを目に写し心から思う。
あぁ…桜餅が食べたい、と
まさに花より団子。どんな景色も食欲を前にしては散るしかないのだ
花の香りが私を次の季節へと連れて行ってくれる
「おはよう、こっちは久々にとてもいい天気だ。そっちはどう?」
その文面を目にするとベッドから身体を起こし小窓にかかっているカーテンを開く。うん。こちらは本日も晴天なり。
2人で約束した挨拶がわりのメールが今日も私の携帯に届く。
枕元に置いた携帯を手にとり写真を撮るとメールに添付し送信した。
彼が転勤のため遠方に引越してから1年が経つ。初めは一緒にいられる時間が圧倒的に少なくなることに不安を抱いていたけれど、今はこのメールのおかげで毎日を楽しく過ごすことができている。けれど、
「…そろそろ声が聞きたいなぁ。会いたいなぁ。」
そう、彼が引越してから一度も会えていないのだ。彼の親友である私の幼なじみにそのことを時折こぼすもいつも本当に忙しくしているみたいだよ。…僕も、会いたいんだけどね。まったく、何してるんだか。そう言って苦笑して遠くをみつめる彼をみると、何だかこちらが申し訳なくなりそれ以上言えなくなってしまうのだ。
「っと、そろそろ起きなきゃ。」
携帯をぼーっと眺めていると気付いたら約束の時間が迫っていた。今日は幼稚園の頃からの幼なじみと会うことになっている。
彼は、会えないことで落ち込む私を気にしてか色々なところに連れて行ってくれる。一通り準備をすませ玄関へと向かう。靴を履き扉を開くと暖かな日差しが降りそそぐ。今日もきっといい日になるに違いない。そう確信すると、約束の時間に間に合わせるため駆け出した。
──扉が閉まり日の光が届かなくなった靴箱の上には、うっすら埃の被った写真立てが役目を果たすことなく静かに伏せられている。
「ごめん、待った?」
「ちょっとだけね。...ふふ、走ったの?髪、乱れてるよ。」
その言葉に幼なじみの顔をみると、優しげな面差しをした青年が眦を和らげ困った妹をみるかの様な瞳でこちらを見つめている。
少し気恥しくなり髪をなおすふりをして照れた顔を隠す。
「…なおった?」
「ふ、ふふっ。うん。うん。大丈夫だよ。じゃあ行こっか」
…今日はこの前話していたカフェに行こうと思うんだ。ほら、前にアイツと一緒に行ってそこで食べたランチがとても美味しかったって言ってただろ?なんだか僕も食べてみたくなっちゃってさ。
そう言うとお店に向かって歩き出す。幼なじみは彼との思い出を話しまた行きたいと私が言った場所にこうして連れだしてくれる。
カフェに入ると2人用の席に案内される。椅子に腰掛けるとメニューを取りだしページを捲っていく。
「うわぁ。どれも美味しそうで決められないや。」
「そうでしょう?私たちもね、前にきた時全然決められなくて結局半分ずつにして食べたのよ。」
そうして悩むこと数分、なんとかメニューを決めると一息つくように水を口に含んだ。
「こんなに悩むとは思わなかったよ。」
「私なんて悩んでいるうちにお腹が鳴るかと思って焦っちゃった」
待っている間話しをしていると、通知音とともに彼がかばんを探りだす。そうして携帯を取り出すと同時にカシャン、と何かが落ちる音がした。
「なにか落ちたみたいだよ?」
テーブルの下を覗き込むと彼が手にしたものとは別の携帯が落ちている。
「はい、どうぞ。」
「あ、あぁ。ありがとう。社用のでね。一応持ち歩くことにしてるんだ。」
「そうだったんだ。何だか大人だね。」
その言葉に気まずそうな顔をするとそんなことはないんだけどね、と呟きながら目線を横にずらす。
…なんだろう?それにしても、あの人が使っているものと似ていたなぁ。…気のせい、だよね?似ている携帯なんていっぱいあるし。
なんてことを考えているとお待たせいたしました、という声と共に頼んだメニューが来た。
美味しそうなランチを目の前にするとお腹が空いていたことを思い出し思考が霧散される。
「わぁ〜!本当に美味しそう!温かいうちに早く食べよ!」
いただきます、と手を合わせると声にだし食べ始める。
そうして2人であっという間に平らげお腹を満たすと、一度お腹を落ち着かせるため店をでて近くにあった公園で散歩することにした。
暖かな空気とともに木漏れ日が2人を優しく包み込む。
しばらく歩いていると木製のベンチがあり並んで腰掛ける。
そうして座っていると先程のお店に行ったことを彼に伝えたくなり携帯をポケットから取り出すとメールの文面を開き打ち込み始める。
その様子を眺めていた彼が少し顔を傾け覗き込んでくる。表示されている画面に目を僅かに見開くと静かに元の体勢にもどる。
「…メール?」
「そう、彼にもあのお店にまた行けたこと伝えたくて。…それに、また一緒に行きたいなって」
「いいね。」
そう言って微笑むとカバンを肩にかけ徐に立ち上がる。
「少し、歩いてくるよ。」
メールを送れたことを確認すると目線を上げ返事をしようとしたところ、歩きだした彼のカバンから聞き慣れた音がした。
…毎朝耳にしている、メールの通知音が。
「っそれ…」
それは、2人でお互いのメールがきたと分かるように設定した2人だけの通知音だった筈だ。
「なんで、君の、携帯からその音がするの?」
2人が好きな曲が鳴るようにしたのだ。そうすれば君からきたってすぐに分かるから、彼がそう言って嬉しそうに笑いながら言ってくれた。私もそうしたい、そう返して。
彼は立ち止まったまま動かない。
「携帯、みせて」
その言葉に観念したように肩を落とすとカバンから携帯をとりだしこちらを振り向く。目線は下を向いたまま合う様子がない。
彼の手から奪い取るようにして手に取るとメールの受信欄を開く。
────────『今日、前に君と一緒に行ったカフェに行ってきたよ!とっても美味しかったんだけど、やっぱりメニュー中々決められなくて困っちゃった。君ともまた行きたいな』
画面には、先程送ったばかりのメールがあった。
手が震えだし目の前がチカチカとする。揺れる視界とともに浮遊感が私を襲う。地面に突然大きな穴が空いたようだった。
「なっ、なに、なんで?だってこれ、あなたの仕事ようの携帯だってさっき…」
彼は顔を伏せたまま。
「ねぇ、答えてよ。なんであの人の携帯がここにあるの…!!?」
その言葉に肩を揺らすと静かに顔を上げる。彼は口をはくはくとさせたまま、声が出ないようだった。
「だって彼、転勤だって!なんで!わた、わたし、「ごめん、嘘、ついてた」
目を固く瞑ると意を決したように彼が言葉を口にする。
「君、1年前のこと、覚えてる?3人で、旅行に行ったよね?あいつが遠方に引っ越すことになったからその前にどこか行こうって」
「おぼ、覚えてる。彼が運転してくれて、それで。海に連れて行ってくれて、そのあと、旅館に泊まったわ。」
「そうだよね。じゃあ、その後は?」
「…その後?彼が運転してくれて、帰ったじゃない。無事に家に着いて、彼は、、、」
頭が痛い。
「家にね、着けなかったんだよ。僕ら3人とも、病院に運ばれたんだ。…向かいから、逆走してきた車がいてね。避けきれなかった。」
その言葉に、何かの光景が脳裏をちらつく。
頭が痛くて、痛くて、立っていられない。
「僕ら2人はなんとか助かったけれど、彼は病院に着いたときには既に亡くなっていた。それを知ったときには、僕らも意識を失っていたから、もう彼が葬儀場へと運ばれて葬式をすませた後だった。」
「…ご両親が泣きながら僕らに話してくれてね。君は、呆然とした顔をしていたね。」
「なんとか2人して退院して久々に会った時にね。君、言ったんだ。『そろそろ彼もあっちでの生活に慣れたかしら』って。」
…嫌だ。もう、もうこれ以上聞きたくない。頭が痛くてしょうがないの。こんな話知らない。だって、彼は、今日もメールをくれて。でも、でも、
「…自分の耳を疑ったよ。でも、君があまりに澄んだ目で話すから。…耐えられなかったんだろう?あいつが死んだ事実に。僕らは、最期にあいつの顔もみれなかったものね。余計に死んだって思えなかったんだよね。」
「君がね、『彼と毎朝メールをする約束をしたの』って嬉しそうに笑って言うから。僕はね、かえって好都合だと思ったんだよ。君が忘れたままでいた方が。君の心をあれ以上壊さないようにするためには、忘れたままでいてくれた方がいいと思ったんだ。だからね、君の言葉を聞いて、少しでもあいつが生きていると思ってもらえるように僕が代わりにメールを送ることにしたんだ。あいつの両親に事情を話してね。」
目の奥に、白いランプが反射して、彼がこちらを守る様に覆いかぶさってくる情景が頭に浮かぶ。それとともに衝撃音がして、痛くて、
しゃがみこんで立ち上がれない私をみかねてか、彼が私の腕を掴み引っ張り上げてくる。目線はぶれたまま、ゆらゆらとして立っている実感がわかない。
「でも、それだとあいつがあまりに浮かばれないだろう?だから、記憶を取り戻す一端になればと思って、君があいつと行った場所に連れていけばそれが刺激になって思い出せるんじゃないかと思ってたんだけど」
「ごめん、まさかこんな形でバレると思わなかったんだ。本当に。普段君と会うときは音がならないようにしていたし。」
これが現実だと思いたくなかった。もう、頭では分かっているのに受け入れることができない。これ以上聞くことが出来なくて彼の腕を振り払い走り出すと、公園をでて近くにあったバス停に乗り込んだ。席に座り込み後ろを振り向くと息を切らして動き出したバスをみつめている彼がいる。
その光景に目を逸らすと、現実から逃げるように目を瞑った。
そうしてなんとか自宅に戻ると、ふと靴箱の上に伏せられたままの写真立てが目に入る。
いつも横目でみていたけれど、どうしても手にとることが出来なくて伏せたままにしていた。
震えた手で写真立てを手に取ると裏返す。
そこには、1年前、旅行前、最後にとった笑顔で写る2人の姿があった。
「ぁ…あ、あぁ。あぁあぁあーーー!!!」
それを目に写すとその瞬間、全てを思い出した。彼が庇ってくれたとき、生きて、って言ってくれたことも。彼の両親がごめんねって泣きながら謝ってきたことも。目を覚ましたときは既に彼がこの世にはいなくなってしまっていたことも。
…私が彼に会いに行こうとしなかったのは、どんなに声を聞きたくて、その姿をみたくて、触れたいと思っていても彼を探しにいこうとすらしなかったのは…
どこかで、彼がもう居ないのだと、会えないのだと、分かっていたからに違いない。
写真に写った君が、君の笑顔をみたいのに、目の前がぼけていてはっきりみえない。頬が熱くて、床に水が広がっていく。少しでも君の熱を感じとりたくて写真立てを抱きしめた。
「ごめん、ごめんね。ありがとう。好きだよ。大好きなの」
彼の落ち着いた声が、私に触れる優しい手のひらが、笑ったときにできる皺が、私をみつめる瞳が、彼の全てが好きだった。
もう、彼のことをひとつも忘れたくなかった。だから、彼はこの世にはもういないけれど、私の思い出にはいるから、心の中に居てくれるから。巡ろうと思った。今度はひとりで。
彼の面影を探しに、逢いに行く。
テーマ:君を探して
水平線に、一筋の光が射し込む。
真っ暗闇に呑み込まれてしまうのではと夜が来る度に怯えていた。
吐く息は白く、かじかむ手を擦り合わせ熱を与える様に息をふきこんだ。
昔から、私は夜が怖かった。1人暗闇に身を置く度に孤独が私を追い立てる様で、逃げるように家を飛び出し気付いたら海へと辿り着いた。
あれ程恐れた暗闇を、オレンジ色の光が徐々に徐々に焼き尽くしていく。波の音が、水面に反射するきらめきが、朝を告げる鳥の声が、私の世界に色をつける。
この光景を覚えている限り、夜に怯えることなどきっともうない。
終わり、始まり