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言葉にするのが昔から苦手だった。

そのせいで、皆から''なにを考えているかわからない人''と思われていると知っている。
そりゃ、考えていることはいっぱいある。でも口に出そうとすると引っ込んでしまうのだ。
他の人だって、そんな経験一度や二度あるでしょう。私はそれが他の人より多いだけ。
そう言って、言い訳するたび閉じ込めた言葉がひとつふたつと心の中に積もっていく。
言葉にするのが怖かった。
そのうち、自分の言葉で溺れそうになってようやくひとつ、言葉がぽろっと口にでる。
でもそれは、誰も聞いてはいないのだ。
言葉も伝わらなければあっという間に消えていく。それは、自分の気持ちも消してしまうのと同じこと。
だから私は、いつまでたっても''よく分からない人''のままでいる。
ある日それがどうにも悲しくて、切なくて、気付けば曲を書いていた。誰に聴かせるでもないそれは、一枚、二枚と増えていく。たった1枚の紙にある世界はとても自由だった。自分の言葉を人がどう感じるかなんて気にしなくてもいい。紙の上では素直になれた。毎日重りを抱えて歩いているような気分でいたのに、枚数が増える度まるでスキップできるような心地になっていくのが不思議だった。
そうして''思い''がハードカバー程に増えた頃。独り言で終わらせるのがなんだか惜しくなって、一番最初の曲を歌にした。自分で歌う勇気はでなくて、電子の海を漂うお友達に助けてもらった。
ひっそりと動画サイトに投稿したそれ。今思えば稚拙で恥ずかしくてしょうがないけれど、自分の言葉が消えずに宙に響いていくのは楽しかった。
ある日ひとつ、通知が来ていた。溜め込んできた思いを詰め込んだそれに付けられた、たった1件のコメント。

わかるよ。

気付けば、涙が溢れていた。万感の思いが胸に満ちる。この気持ちを残しておきたいのに、言葉にしようとしてもどれも当てはまらないような気がして、もどかしいのにそれが不思議と嫌ではなかった。

…本当は、いつだって。私をわかって欲しかった。

''あなたって、ほんとに冷たい子ね''
幼い頃、母から言われた言葉。きっかけはわからない。ただ、いつだって私の心を蝕むそれは、いつしか私にとっての呪いとなっていた。
母の表情を伺って話すことが癖になっていた私を、あの人はどう思っていたのだろう。私をみつめるあの人の目は氷のようで、暖かみを感じたことなどなかったように思う。

本音で語り合うなどと言うが、それは恐怖でしかなかった。偽りの仮面を被るたび、口から出るのも嘘ばかり。
それが気持ち悪くて、私はいつしか話すことを諦めた。

そのことを後悔することなどないと思っていたのに。
もったいない、と初めて思った。思えたことが嬉しかった。

いつだって足踏みしたまま踏み出せない自分が嫌いだった。その一歩を、今初めて踏み出せた気がした。

「ありがとう」
その小さな声は、か細く震えていた。
けれどもそれは、偽りなどない、心からの言葉だった。

大きく息をすいこみ、ゆっくりと吐く。肩から力が抜け、普段は狭く感じるこの部屋も、今日はなんだか広く感じた。
 そうして、気付けば夜も更け辺りは暗闇に満ちている。時計の針はもう12時を過ぎていた。
明日も学校がある。そろそろ寝なければきっと授業中にまたうとうとしてしまうだろう。
立ち上がりパソコンの電源を落とすと、凝り固まった体をほぐすように伸びをする。
ベッドに入るとすぐに眠気が襲いかかってきた。
それになんとか抗って、明日のことを思い浮かべてみる。朝を迎えるのを楽しみに思ったのは久しぶりで、自分が浮かれているのがわかった。
 
明日は少し早起きして、母と話しをしてみようか。上手く言葉にだせるか分からないけれど、それでもいいと思った。
いつもはギリギリまで部屋にいて、顔も合わせず家を飛び出てしまうから、きっとびっくりするだろう。
 
 その表情を早く見たいと思って、睡魔に抗うことなく眠りにおちる。
 微かに微笑んだその顔に、仮面はもうない。














4/12/2026, 3:32:48 AM