「お母さん! 受かったよ、大学」
私は大学受験の結果を見に行った。その結果合格だったのだ。
片道六時間の大学にワクワクとドキドキを抱えながら向かう。自分の受験番号と貼り紙を照らし合わせると、そこには自分の番号があった。もちろん興奮していたのだが、手元にあるスマホでお母さんには伝えず、口で伝えることにした。
「お母さん! 受かったよ、大学」
お母さんは目を大きく開き、まるでお母さんのところにしか光が存在しないかのように輝いていた。
「良かったわねぇ〜! 私も嬉しい…」
そう言ってお母さんは泣き出した。合格を発表したときとは反対に悲しげな顔をしていた。
理由は片道六時間の大学を今の実家から通うのは現実的に考えて厳しい。だから…引っ越さなきゃいけない。きっと、悲しそうな表情は「別れ」を悲しんでいるんだろう。
引っ越すことを止められはしなかったが、心配そうに見つめている。ずっと、ずっとずっと。
「お母さん。そろそろ実家(ここ)を出る」
「うん。あのね、最後に言いたいことがあるの。もし今度、自立することがあったら…って」
下を向いていたお母さんの眼はまっすぐこっちを見ている。
「あなたは私の本当の子じゃないの。本当のお母さんは私の姉なのよ。」
自立することがこんなにも大きなものを動かすのかと、これは夢か疑った。もう一度訊き直しても同じ返答が帰ってくる。
「あなたのお母さん、そして私の姉は、あなたをここにおいて消えたの。私の母はその時もう亡くなっていたし、お父さんも認知症を患っていたから、会社等を除けば姉を覚えているのは私しかいない。今、どこにいるのかもわからない。別れの際にあなたにこう言った『私みたいな道を辿らないで』と。それを私は見届けたきり、見たりもも、話したりももしていない」
新しい住居に向かうバスでほぼ無心に近かったと思う。今の私は、今のお母さんを受け止めるべきか、それとも本当のお母さんを探すべきか…
✻
お母さんは誰かに電話を掛ける
「もしもしお姉ちゃん? いまそっちに向かってる。だからもうすぐ出会えると思うよ」
『ありがとう。ここまで育ててくれて。親という形ではどうしても再会できないけど、大家として精一杯サポートしたいわ。本当にありがとうね』
お母さんは笑顔を完全に消して、闇のように暗い顔へと変化していく。
テーマ-【別れの際に】
「結婚を前提にお付き合いさせてください」
俺は初めてこんなに人を好きになった。
初めは一目惚れだったか社内で彼女を見ているうちに彼女しかありえないとまで思ってしまった。
俺の告白への返事は「YES」だった。
付き合って三ヶ月。お互い両親の許可を得て同棲を始めた。夢のような毎日が始まった。
付き合って五ヶ月。俺の誕生日の日だった。彼女は俺のために予定を立てて満足できる誕生日を迎えた。いつも家事を頑張ってくれている彼女には改めて感謝したいと思う。
付き合って十ヶ月。何が起こったの思う? 俺は彼女の誕生日だったから、ずっと行きたいと言っていたある遊園地へ連れて行った。そこは俺も行きたい場所だったから二人共楽しめたと思う。彼女は、ライトアップされた遊園地を上からみたい、と言ったので観覧車へ連れて行った。タイミングよく観覧車の一番高いところで彼女はこういった。
「結婚してください」
俺は観覧車にいるのを忘れて飛び跳ねた。
結婚して二ヶ月。彼女のお腹の中には赤子が一人いる。愛を一生懸命に注ぐことをここに誓う。
「生まれましたよ〜。元気な男の子です」
俺と彼女は目を合わせて泣いた。ワンワン、子どものように声を出して泣いた。
それからというもの家の分担がはっきり分かれた。妻は家事全般、育児全般。俺は仕事、仕事がない日は家事。どういうことだ、俺は赤子を育てられないのか? 我慢できない。
俺の子どもは幼稚園に行った。何しているかは今までと違って別に気にならない。妻からは仕事だけやってればいいと言われたようなものだから。
子どもが消えたんだ。妻が幼稚園のバス停に送っていって、いつもならバスまで一人で待てていたのに、バス停にいないと幼稚園から連絡が来た。何してるんだ? 俺の妻は何をしてる。なんかもうつかれた。いろいろとな。
俺はこの日記に愛を注ぐことを誓った。でもどうだ? 妻は俺に育児の分担を分けなかった。涙を流したのは俺なのに。話は変わるが警察も捜索を諦めた。誘拐された可能性も調べてもらったが警察犬についていくと山の奥に近づくから、恐らくは遭難だと言われたが真相はわからない。俺の妻はなんだか騒いでいるが、正直に言って俺は何も思わない──と言ったら嘘になるけど、今まで成長を見届けていない人間に、もしどこかへ消えてしまっても、妻ほど悲しくない──のだ。
大事にしたいと思っていたものは妻が亡くし、俺が最初に大事にしたいと思っていたものは、俺の前から突然消えた。離婚届を机の上において。横に置いてある紙にはこう書いてあった。
「あなたが結婚するとここまで性格が変わると思いませんでした。私にあの子の責任を押し付けるやら、私を殴りましたよね? 一回だけだと思っていましたが、仕事から帰ってくるなり私は毎日腹に殴られました。変わらないで欲しかったです。殴るのが愛なら、歪んだ愛は私は受け取れません。どうかお元気で」
テーマ-【大事にしたい】
みんなが知ってる世界とはちょっと違う世界。人口の一割だけが病気で能力を持っていない。政府は色々なポスターでその病気の人をバカにしてはいけないと伝えているけれど、すぐにそんないじめがなくなるわけがない。それはあなたの住んでいる世界でもきっとそうだろう。
俺は病気だ。だけど学校でも一人いるかいないかの中で、たった一人俺だけが病気なのは嫌だから隠している。皆には「度胸」という能力を持っていると伝えている。そうすれば、気づかれずに、いじめられずに過ごせる。
そう思ってた。でも実際は、無能力だけがいじめられるわけじゃない。能力の中で格差がつけられて、その差が大きければ大きいほどいじめられる。僕の──いじめを逃れるための嘘だけど──「度胸」は案の定、能力じゃなくとも得られる物だ、と言われいじめられる。
『火事です。火事です。今すぐ避難してください。』アラームと同時にこんなアナウンスが流れた。
「消防署に連絡したけど、渋滞と距離があるので1時間は掛かるらしい。まだ中に患者は何人いるんだ? 俺の妻は今どこにいるんだ?!」
隣からある同級生の声が聞こえた。
「お前の能力『度胸』なんだろう? いつもは役に立たないけど、お前の出番がやってきた。行ってこいよ。」
嘘なんだ。うそ。うそだ。────行きたくない。
背中を押され、同級生は叫んだ。
「こいつの能力が役だちそう! 行ってくるらしい」
気がつけばもう火の中だった。皮膚が焼け、ドロドロに肉が溶けていくのを感じる。皮が剥けたところから肉に熱気が入って、死んだほうがマシなほど痛む。
遂には心臓だけになっていた。──能力『心臓人間』──心臓には手足が生え、歩けている。目があり、前が見える。そこに女の人がいた。俺は叫ぶ。
「逃げろ!」
爆発音とともに俺の命は燃え尽きた。誰も救えず、何かを残すわけでもなく。自分に嘘をつき続け、終いにはその嘘が自分の首を絞めた。
取り返しのつかない失敗をした。
テーマ-【命が燃え尽きるまで】
彼女は朝の日差しが差し込む窓辺に座り、手に持ったコーヒーカップから立ち上る湯気を見つめていた。香りが心を少しだけ和ませる。しかし、その温もりも長くは続かず、心の奥に渦巻く喪失感が再び顔を出す。数ヶ月前、彼の突然の死から、日常が一変した。彼と過ごした時間は、まるで夢のように鮮やかで、かけがえのないものであった。それなのに、今はその記憶が彼女の心を締め付ける。彼の笑顔、優しい言葉、共に過ごした何気ない瞬間が、まるで影のように彼女を追い回す。
彼女は立ち上がり、無意識に二人の思い出が詰まった部屋を見渡す。彼の趣味であったギターが静かに壁に寄りかかっている。彼はいつも、ふと気が向いた時にストロークを始め、心に浮かぶ歌を歌っていた。彼女の好きなメロディーを弾くときに見せた、無邪気な笑顔が今、彼女の胸を苦しくする。喪失感は、まるで冷たい風のように彼女の身体を包み込み、温もりを奪っていく。
彼女はギターに手を伸ばし、そっと弦に触れてみる。かすかに感じる振動は、彼の存在を思い起こさせた。彼女は深い呼吸をし、指を動かすが、音色はいつも通りではない。彼の音楽が消えた空間で、彼女の音楽もまた途切れてしまったようだ。ささやかな喜びの瞬間が、喪失感の影によって塗りつぶされていく。日常は続いているのに、自分だけが立ち止まったままの気持ちが、彼女の心を押しつぶす。
彼女は一人、外の景色を眺める。周囲の人々が笑い合い、手をつなぎながら歩いている姿が、まるで遠い世界の出来事のように感じる。彼女だけが、孤独な影に包まれたように立ち尽くしている。彼の声が心の中で繰り返される。「大丈夫、君は一人じゃないよ。」しかし、その言葉の意味が、今は彼女には届かない。彼の声を思い出そうとするたびに、現実は厳しさを増すばかりだった。
日が暮れ、薄暗くなった部屋の中で、彼女はふと思いつく。彼との思い出を、一つの物語として綴ることができるのではないか。記憶の断片を繋ぎあわせることで、彼の存在を再び感じられるかもしれない。喪失感に飲み込まれるのではなく、その中に光を見出す方法があるはずだと信じ始めた。彼女はノートを取り出し、ペンを握りしめる。彼との出会いや、小さな幸せ、そして別れの瞬間を言葉にすることで、彼を忘れることはないと誓った。彼の音楽が再び心の中で響き渡る日を夢見ながら、彼女は物語を紡ぎ始める。
テーマ-【喪失感】
私にはお姉ちゃんがいる。私の両親とは仲良くはないけれど、私には仲良くしてくれる。
私が生まれたのは、お姉ちゃんが小学校二年生のときだった。勿論生まれてきた頃の記憶なんてあるものじゃないから、お姉ちゃんがどんな顔をして私を迎えたかなんてわからない。両親は私の誕生に喜んでくれていたけど……
今年から小学校に通い始めた。毎日日記を書かされているから、何か思い出を作らなくちゃいけない、とお姉ちゃんに言うけれど、そんなことしないで適当に書けばいい、とお姉ちゃんは私に言う。
そんな日常を過ごしているとある日、お父さんが無職になった──つまり、会社が潰れちゃってお父さんの働く場所がなくなってしまった──らしい。お父さんが仕事を見つけるまで、貯金から崩したり、政府からお金をもらったりでなんとか過ごしてた。
お母さんが突然私にこんな事を言った。
「ごめんね、〇〇ちゃん。お姉ちゃん、もうしかしたらまた施設に返さないといけなくなってしまうかもしれないの。
情けない話だけど、飼い始めた"ペット"を飼い続けるお金がなくなってしまったのよ。いい?」
「だめ!! わたしのペット!! あんなペットでも世界に一匹だけのペット大切なペットなんだから! 返しちゃだめ!!」
「でも私とお父さんはあの子に対してなんの愛情もないのよ? このまま育て続けても……ねぇ…?」
「いやったら嫌!」
その日、お姉ちゃんは死んだ。
"親"を殺して。
ママ?お姉ちゃん死んじゃったよ。
そうねぇ。困ったわぁ。お父さんも仕事が見つかったし、新しいペットでも飼いましょうか!次は弟かな?
*
なんで私を置いていったの?養護施設に預けたの?ママ?ねぇママ?私も死ぬから。
あなたも死ぬ前に答えてよ!私の想像通り応えてよ!
テーマ-【世界に一つだけ】