KAORU

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12/4/2024, 6:18:25 PM

「ディズニーランドって、不思議だよねえ」
「不思議? どんなとこが?」
「入場ゲートを通ると、そこから突然夢の世界が始まって、日常から切り離されるじゃない? で、ワクワクの時間が怒涛のように押し寄せるの」
「ああ……そういうこと」
「で、パレード見終わって、ゲートを出ると、途端に現実に戻るっていう。ほんと、魔法の国だね」
「……帰りたくない?」
 俺は駅に向かう彼女に聞いた。パレードを見た余韻を引いて、まだ頬が紅潮している。
 君の横顔。
「ううん。帰ろ」
 彼女は笑って俺の手を握った。ぎゅっと。
 そして、
「君と暮らすおうちの時間も、いつもワクワクだよ」
「……うん」
 俺は彼女の手を握り返す。寒かったけど、手袋嵌めてなくてよかったと思いつつ、俺たちは夢の国に背を向けて現実の世界に足を踏み出した。

#夢と現実
もっとよみたい1000♡ 本当にありがとうございます。励みになります。

12/3/2024, 3:05:22 PM

 さよならって言うよりも、またね、って言って別れる方が好き。
 そう言った君は、事故で二度と還らぬ人になった。
 葬儀で僕は、少し時間が経ったらまたそっちで会おうと弔辞を述べた。
 君のいる天国で、またね。
 遺影の中から君は微笑み返した。
 こういう時はさよならって言ってもいいんだよと、ちよっぴり苦く笑ってるみたいに見えた。

#さよならは言わないで

12/2/2024, 9:45:21 PM

「ううむ……」
 悩む、ガチで悩む。
 コンビニのレジ脇ていうのは、なぜこんなにも悩ましい物品が置かれているのか。
 ジムで鍛えたばかりだからサラダチキンの摂取が今はベストの選択だ。でも、保温機の中にあるホカホカあんまんも魅惑的。
 ああ……ちょこまんが今年も出ているとな。甘いものを噛みしめ、疲れた体と脳がじんわり癒されるあの瞬間も捨てがたい……
 ジム帰りのコンビニというのは、俺を誘惑するものと、それを抑圧しようとする心と、理性と感情のせめぎ合いだ。
「って、なに固まってるの」
 背後から彼女がひょいと覗き込む。俺はうろたえた。
「あ、え」
「どーせちょこまん食べたいとか思ってたんでしょう。だめよ、糖質禁止!」
「う」
 俺の脇をすり抜けて彼女はセルフレジに向かう。そのかごにはプロテインバーや、エナジー系ドリンク、低糖質おにぎりなどが入っているのが見えた。
 俺と彼女はジムで知り合った。ジムともから、彼氏彼女に発展したのだ。
 彼女はしなやかな筋肉美の持ち主。スタッフからはボデイビルのコンテストへの出場も勧められているという。ストイックで美しい。
 豹のようなしなやかさでぴぴぴ、とレジを進めながら「君はわかりやすすぎるんだなー。後ろからでもぐらぐらなの一目でわかったもん。甘いもの食べたい、でも糖質が、って」
 頭の中に天秤があって、天使と悪魔がのっかって揺れるイラストみたいだったよ、と笑う。
 図星で俺は黙った。すみません……。
「ま。頑張ったからねー、今夜はいいんじゃない?」
 レジの店員さんに「ちょこまん一つください」とオーダーする。
「いいの?」
 嬉しくて俺は訊いてしまう。彼女はぷっと吹き出した。
「ワンコみたい。尻尾振ってる?」
 でも嬉しいものは嬉しい。ありがとう~、と俺は彼女をバックハグした。
「うぐ、っいたた」
「あ、ごめん」
「もー、毎日鍛えてて筋肉ついて、力強いんだから、気を付けなね」
 肩越しに叱られる。けど、ちゃんと俺が頑張ってることを認めてくれてるのがわかって、嬉しくなった。
「ねね、ちょこまん、半分こしようか」
と俺が彼女に囁くと、「だめー。甘い言葉でそそのかさないで」とプロテインバーでブロックされた。
 ちえ。

#光と闇の狭間で

12/1/2024, 11:02:47 AM

「え? 今なんて、新田さん……」
 俺は狼狽した。一緒に帰っていた新田さんが、生真面目な顔で言った。
「うちに寄っていきませんか。今、ちょうど母親も仕事で居なくて」
「え、どうして」
 ちょうどって。母親も居ないって、え?え? 胸の動悸が激しくなる。
 無意識に左胸を手で押さえた俺に向かって、
「間宮くんの手袋編みたいの。だからゲージ、測らせてほしくて」
と言った。おねがい、と顔の前で手を合わせる。
 ゲージ……、手袋。ああ……。
「編み物ね、ナルホド」
 あーびっくりした。ゲージなるものが何かわからなかったけど、サイズを測るんだってことは何となく理解できた。
「学校じゃダメなの?」
「うん。みんなの前だと、ちょっと」
 口ごもる。俺はそんな新田さんを見て、俺とうわさになるの、やなのかなと胸にぴりっと痛みが走った。
 それをはぐらかすため、いいよ、と言ってしまった。それまでもうちの前まで送っていたけど、中に招かれたのは初めてだった。
「どうぞ」
 新田さんは玄関のドアのかぎを開け、俺を中に通した。俺はおじゃましますと言って中に入る。
「今、毛糸と編針持ってくるから、ちょっとリビングで待っててくれる? あ、スリッパ、これ。お茶、何がいい? 甘いのと、
甘くないの」
 ぱたぱたしている。きっと男友達を招いたのなんて初めてなんだろう。ひょっとしたら、女友だちも今までなかったかもしれない。
 高校の委員長は、なんていうか、孤高のひとだ。勉強もできるし、美人で有名。教師からの信望も厚い。でもその分、他の人を寄せ付けないところがある。
「……」
 シューズを脱いで出されたスリッパに足を通そうとした俺は、動きを止めた。三和土に立ったまま、あのさ、と切り出す。
「え?」
「やっぱ今日はやめる。ごめん、ゲージとかよくわかんないけど、日を改めていい? お母さんがいないときとか、よくないよ。うん」
 新田さんの顔が曇った。俺はなぜか罪悪感に駆られる。
「でも」
「なんで、ちょうど? なんで親がいない時だといいの。俺と二人きりになって心配じゃない? 俺、密室で新田さんと一緒だと何するかわかんないよ」
 言ったら傷つけるかもしれない。そう分かってて俺は口にした。
 だって、手を出して傷つけたくないから。ーーいや、それを拒まれて、傷つきたくないのは俺の方だ。
 俺はずるい。でも……
 新田さんを直視できずにいると、彼女が俺に歩み寄るのがわかった。ソックス履きのつま先が俺に向いた。
「わかんなくて、いいよ……。間宮くんなら、いいって思ったから、私」
 だから、今日呼んだの。と消え入るような声でそう言う。
 俺は顔を上げた。ばちっと新田さんと目が合う。至近距離で。
 ーーやべえ。
 瞬きを、目が忘れる。こんなきれいな目をしている女の子がいるなんて、俺、知らなかった。
 心臓の鼓動が胸からせり上がってきて、喉を口を通り越して脳に到達する。バックバクと、耳の後ろがうるさいほどだ。
 俺たちは玄関で向き合ったまま、ただ見つめ合う。手を伸ばせば、触れられる距離で。

#距離
「セーター4」

11/30/2024, 11:07:46 AM

 上司の佐久さんが、やらかした。
 できる女の佐久さんも、マシンじゃない。やらかす時はやらかす。受注ミスだった。納期スレスレで何とか納品したが、先方はおかんむりだった。菓子折りを持って出向いて謝罪して、小一時間担当者に嫌味を言われてようやく放免となった。
 同行した俺でさえ、疲弊した。ましてや佐久さんはをや、ってやつだ。
「殿山くん、ごめんね。付き合わせちゃったね」
「いや、俺は構わないですけど……。大丈夫ですか、佐久さん」
「何が?」
「何がって……」
 自覚がないのか。酷い顔をしている。
「うちまで送ります。それより飲みに行きますか。どっちでも」
 俺は言った。佐久さんはかぶりを振る。
「そんな、いいのよ。気を遣わせてゴメン」
「いや。そういうんじゃなくて」
 普段、優しくしてもらってる分、こういう時こそ力になりたかった。ぼろぼろの彼女を一人で帰したくない。俺は引かなかった。
「とにかく送ります。タクシー拾いましょう」
「大丈夫だってば、心配性だなあ。じゃあお言葉に甘えて、電車でね」
 困ったように笑い、佐久さんは折れた。
 電車は混んでいて座れない。やはりタクシーにすれば良かったと後悔していると、ドア口の手摺りに持たれていた佐久さんがポツリと呟いた。
「ほんとだ、酷い顔してるね、私」
 電車のドアの窓に姿が映っている。俺はかける言葉に迷う。
「カッコ悪いね、いつも殿山くんにはしゃんとしなさいって口を酸っぱくして言ってるのにねー」
 泣き笑い。
「……そんなことは、ないです」
 俺は俯いた。佐久さんの細い肩が見える。
 そこで駅に電車が滑り込み、乗客を吐き出し、より多くの人が車内になだれ込んできた。俺は背を押され、佐久さんとの距離を詰める。
 懐に彼女の身体を包み込む形になった。密着する。
 俺は動揺した。佐久さんの柔らかい身体が押し当てられる。なんていい匂いーー。いきなりのことで、動悸が……
「……」
 佐久さんが息を詰める気配がした。俺の肩に額を押し当てる。
 俺はわざと電子広告を見上げた。そして彼女にしか聞こえない声量で
「泣かないで……」
と言った。
 佐久さんはぴくっと身を硬くして、黙った。ぐす、と湿った音が胸の辺りから聞こえた。
 泣かないでください。佐久さんにそう囁きながら俺は、心の中で「泣いてもいいよ、泣いていいんだよ」と繰り返していた。
 佐久さんの背をさすりながら、俺は電車のかすかな振動を感じつつ夜を征く。


 俺がこの人を大事にしたい。守りたいと心から思った瞬間だった。

#泣かないで
お付き合いの前の二人です
 
「紅茶の香り6」

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