秋深し隣は何をする人ぞ
「って、こんなのありかよ!」
数日泊まり込みのバイトを入れたあと、アパートに帰ったら隣の遠山兄弟が引っ越ししていた。
アパートの部屋がもぬけの殻。家具家財道具一式全て消えてがらんとしている。フローリングの床しか見えない。
俺は愕然とした。
そしてすぐに逃げた。と気づいた。あの、遠山弟のむかつく能面顔が思い浮かんだ。
あの変態ーー姉に、遠山なぎさに執着する近親相姦野郎の仕業だと俺は察した。あいつが、俺の不在を見越して、夜逃げ同然で部屋を引き払ったのだ。俺から自分の姉を引き離すためにーー計画的に。周到に。
案の定、なぎさにLINEしても既読にさえならない。通話も繋がらない。あいつの入れ知恵で、俺との関係を一気に断つつもりだ。
俺は沸々とした怒りが腹の底から湧き上がるのを感じた。
ーー確かに俺はなぎさに対してストーカーまがいの執着をもって、これまで犯罪スレスレの行為をしてきた。盗聴、待ち伏せ、付き纏い。でも、アイツのほうがもっとヤベェのが、今ので証明されただろう?
遠山真宗のなぎさに対する執着は異常だ。
どうしてアイツのヤバさに皆気づかないんだよ。鉄面皮で無表情装ってるけどアイツは姉への執着のせいでドロドロした怨念みたいなのが溢れ出てるじゃないか。
なぎさが危ない。遠山真宗の魔の手が、なぎさに迫っているのだーー
俺は決意する。なぎさを遠山真宗の手から救い出す。どっちが異常者で、どっちが姫を救うナイトか俺が証明してやる。
俺は拳を握りしめる。そして、外階段を降り空を見上げた。
抜けるような秋の高い空が見えた。
風を背に受け、俺はなぎさ通う大学へと一歩、歩き出す。
何日掛かっても、そこで張って、なぎさを見つけ出す覚悟だった。
#秋風
「柔らかな光7」
「また、一年後ここで会おうね」
そう織姫は言ったくせに、今年の七夕、彼女は訪れなかった。
嘘つき。雨でも天の川のほとりには来るって言ったのに。
彼女は来ない。もう僕の前には。
織姫の心はもう他の男のところへ行ってしまった。
僕は川に身を投げる。恋に溺れて、命のともしびを自分で断つ。
織姫への想いを断ち切れないままーー
「見つけた、アンタ。織姫の生まれ変わりだろ」
「え、な、何。あなた」
「俺は天野星彦。七夕伝説の牽牛の記憶をもつ男だ」
「……は?」
「ひと目見てわかった。ビビビってきたぞ。アンタ、名前は?」
「お、織田姫子……」
「ほうらな、やっぱりだ。織姫、会いたかったぜ」
前世の記憶を持つのは、どうも彦星の方ばかりのようで。
この2人の恋物語、これより開幕?
#また会いましょう
「こんちはー、マサムネくん」
「……ちわす、」
アパートの外階段で、遭遇する二人。隣同士の西門と遠山真宗。
気安く声をかけるのは西門の方。
「こっちでの暮らし、慣れた?大学で何かのサークルとか入ったの?」
「いや、バイト入れてるんで」
そっけない反応は、初対面の時から。クールな和男子の外見のマサムネに対して、ピアスやパーマかけたふんわりヘアーの西門は今風のおしゃれな風貌で、対照的。
「へー、偉いじゃん。でもさ、折角親元から離れたんだからさー、色々羽目外さないと。彼女とかも作んないとね」
「……興味ない、す」
「ふーん。あんまなぎさちゃんに心配かけちゃダメだよ。おねーちゃん君のこと友達できないみたいって気を揉んでたよ」
先を行っていたマサムネが振り向きもしないまま、背中で言った。
「…、こないだ、うちのWi-Fiのルーターの調子悪くて配線見たんすよ、俺。そしたらなんか変な機械みたいなの出てきて」
「へえ?」
「おかしいなと思って調べたらーー盗聴器でした」
そこで振り向く。西門と目が合う。
「盗聴器? ほんと?」
「俺、工学部なんで、そっち系強いんです。何でうちに盗聴器仕掛けられてるんだろうっていま、警察に相談してるとこです」
「……それ、なぎさちゃんは?」
「内緒です、まだ。変に怖がらせるとあれなんで。色々判明したらちゃんと言います」
「そうか、それがいいね。物騒だなぁ、俺もうちの中調べてみようかな」
「……」
「ところでさ、なぎさちゃん。他にも俺にこぼしてたんだよね。買ったはずの下着の数が合わないって。外に干してるわけじゃないのに、何でだろうって気味悪がってたよ。この辺に下着ドロいるとか、噂ない?って」
「……へえ」
「女の子の下着盗んで、はあはあしてる変態がいるのかもね。キショいなあ」
マサムネくん、おねーちゃんからその話聞いてない?と言う。
「いえ」
「そっかー。心配させたくないんだね、姉ごころだね。優しいなあ」
「……じゃあ俺、こっちの駅なんで」
「あ、俺向こうの地下鉄。じゃあ、またね。マサムネくん、また情報交換しようね!」
バイバイと手を振って笑顔を見せる西門。
黙って会釈をして急ぎ足で駅に向かうマサムネ。
別々の方角へ向かいながら、同じタイミングで二人は舌打ちした。
〜〜あんのやろう……!
#スリル
「柔らかな光6」
「飛べない豚はただの豚だ」
「……当たり前じゃん? 何でわざわざそんなこと言うの?」
あーヤダヤダ、ジブリ見ない世代来た!
名作よ? 宮崎駿作品の中でも秀逸だと思うんよねー。紅の豚。
森山周一郎、めっちゃ渋いしさー。ジーナも大人の魅力満載で、アドリア海行きてーってなるじゃん!見た直後、飛空艇で空飛びたくなるじゃん、すぐに。カッケーじゃん、純粋に。
「あのさぁ、なんかさっきからごちゃごちゃ蘊蓄垂れててうざいんだけどー。それでもあたし、思うんよ。飛べない翼で、毎日仕事に出掛けてクレーム受けて、愚痴を飲み込んで、くそって足掻いて頑張る君も、相当カッコいいよ? ねえ?」
……君ってすごいね。
たった一言で、僕をポルコ・ロッソにしちまうんだもの。
「誰それ? イタリア人?」
「だから見てよ! 紅の豚だってば!」
#飛べない翼
めちゃくちゃ好きです。「紅の豚」
「なあ、にいちゃん。薄野って読めるか? 読めたらきっと行ったことあるんだろうなア、ぬふふ」
居酒屋のカウンターで隣り合わせになった客に話を向けられる。
見ず知らずのおっさん。酔客には割と声をかけられる方だが……
やれやれ。
「それ、カンハラですよ」
俺は言ってやった。
「へ?」
「漢字読めるかハラスメント。やめた方がいいですよ、普段から普通にやってるなら」
それに、と付け加え。
「ススキノはまだ行ったことないです。札幌に行ったら、一度行きたいとは思ってますけどね」
オヤジさん、お勘定〜。と声をかけて席を立つ。
「毎度!」
「……ほー…」
気の抜けた声が背後でした。おっさんの当惑した声が。
「オヤジい、その、ハラスメントってのは何なんだい?」
#ススキ