恋か、愛か、それとも:
ふと筆をとりたくなった。
何の決まりもないのだが、まっさらな白い紙にインクを躍らせたい瞬間がある。それは思考の具現化だったり、持て余す想いの吐露だったり、きたる翌日のあらすじを思い描くことだったりと様々で、時間を忘れて机に向かうこともある。
絵心はさっぱりだし、整った字も書けない。それでもこの衝動に駆られている時間は、見栄も虚勢も余分なへりくだりもない、微塵の飾り気もない自分が投影されているこの瞬間は、知らず心臓を昂らせるのだ。
私がこうであるように、誰かにとってこれに代わる何かがそこかしこにあるのだろう。理解の及ばぬ者には嘲られるかもしれない、まっすぐで柔らかな、それでいて確かな芯を持つ何かが。
その名を知ることはきっとないかもしれない。それを的確に表す言葉がこの世に存在するのかさえ知らないから。それでももし、この情熱を何かと問われるなら何と答えるだろう。そうだな、例えるならば。
―――恋か、愛か、それとも
まって:
永遠に走っていたかのように息が苦しい。
不十分な酸素で動かす体のなんと重いことか。
頭の中は整理できずに溢れた言葉で埋もれている。
視界は常にぼやけていて耳鳴りは止まない。
人並みを装うのに人一倍どころでない労力がいる。
なあ、お願いだよ人生。
これ以上わたしを引き摺っていかないでおくれ。
ただ君だけ:
あたたかな陽が射し込んだその場所に。
薫る風に振り向いたその先に。
眠る前のまどろみの、夢と現のその間に。
そこにただ君だけがいてくれれば、それだけでじゅうぶんだったんだ。
青い青い:
きょう私に温かな優しさを注いでくれたあの人は、きっといつか大きな傷を抱えた人だ。
そのとき必要だったはずの優しさを与えてくれる背中はとても大きく、それでいてひどく儚く見えた。
この優しさを、思いやりを、私はあなたに返せるだろうか。
どこまでも澄みわたる雲一つない空が、未熟な私を笑っているようだった。
夜が明けた。:
真っ暗な部屋に薄明かりが射す。遮光カーテンの向こうでは陽が昇り始めたようだ。じきに鳥も囀りだすだろう。
季節が変わって日の出も早くなったものだ。ほんの少し前までなら、この時間はまだ夜の闇に満たされていたのに。
ほんのわずかな陽の光とその温度で瞼が痛い。逃げるように布団を被って、束の間の暗がりに閉じ籠る。
今日も朝が来てしまった。
昨日も一昨日も、それよりずっとずっと前から、毎日朝に怯えている。眠りにつこうがつくまいがひどく恐ろしいことに変わりはなくて、どれだけ願っても明けない夜にはいられなくて。
それを希望とする描写がどうしても飲み込めない僕を置き去りに、明日も明後日も夜は明ける。どうせ逃げられないのなら、僕もその光の中で生きられるようにしてくれよ。