狭い部屋、又はカーテン
裾のほつれたカーテンに一切の感情もなく腕を伸ばす。腰ほどの高さの窓には丈の合わない、濃紺をしたそれを勢いに任せてシャっと開ける。
未だ夢を見ているような薄らとしたした夜の暗闇から、一転、目を背けたくなるほどに眩しい朝の陽光と明瞭な現実が、狭い部屋に一人、逃げ場のない私の五感全てを襲う。
余分なカーテンの生地は、自身と現実を過剰なほどに隔てる壁を無意識に表しているのか、或いは、ただ単に安さに惹かれて選んでしまった、私の浅慮の結果なのか。(恐らく後者であろう。)
目につく度に気になるくせに、買い換える気など更々無い、2枚の大きなネイビーブルーに、窓の向こうの小さな景色たち各々が持つ鮮烈さが取って代わるとき、私の相も変わらず狭い部屋、たった一人から広がる夢の世界は、日々変わり続ける広い世界、ひしめき合う群衆や事象を伴う狭い現実と接続されるのだ。
あぁ、やはりまだカーテンは閉めておこう。
神へ
死んでも許さないから!!
1発殴らせろ!!!!
海の底
荒々しく削ったような岩場から、震える足先をそっと水につける。
僕の自由を奪うために、僕の体をまるごと冷凍してしまうのでは無いかと言う程の冷水が、徐々に僕を覆い隠す。
沈むつもりはない。ただ、大海にひとり、うっすらと明けゆく青い世界で、手足を投げ出し寝そべるだけだ。
肺が凍りついてしまう程の冷気を、かろうじて浮いたままの僅かな部分に感じて、僕は、自分が生きているのかさえ曖昧なまま浮かび続ける。
寒いだとか冷たいだとかを通り越すほどの景色のなか、なぜか僕は心があると思しき場所に、小さな、
しかし確かな熱を感じた。
陸地にいるとき、僕は海の底にいるようで。
もう誰も、僕を見つけられなくて。
もう誰も、僕のことなど探してさえもいないようであった。
僕はもう一度だけ、海の底に沈んだまま
もがき続ける自分自身を、無情な程に寒々しい
一月下旬の大地のもとへ、浮かび上がらせることに
挑戦しようと思う。
今しがた僕の心に宿った小さな熱が、僕の凍りついた肺を溶かしたようだ。僕は大きく息を吸い込んで、
目の前に構える岩場を、海水に包まれて重くなった服と共に登ることを決心した。
君に会いたくて
二月へ突入しつつある今日この頃。
僕に向かって飛んできては
たちまち肌を刺すつるぎのような寒風と、
僕のなかで、ゆっくりと凍りついてゆく何かの前では幾重にもなる衣服の鎧も、
まるで歯が立たないようだ。
僕を取り巻くすべての冷ややかさに、
スニーカーの中の足先が、僕の言うことを聞けなく
なってきたとき、厳しい冬の匂いに紐付けられて、
不意にあの街と君に関してが記憶から引き出された。
僕の人生の30パーセント程度を過ごした場所は、
僕のセピア色の記憶から、新しい色へ
随分と塗り替えられたらしい。
良いことも悪いことも全て鮮明に覚えておかなくてはならない君との思い出も、随分と改ざんされて、優しい思い出になっていた。
君に会いたくて。
でも、あの街ごと変わってゆく君の姿を、もう見たくなくて。
もう、君のそばで変わることの出来ない僕を
君に会わせたくなくて。
閉ざされた日記
ざらざらとした紙の質感
誰にも見られたくないのに
誰かに見られたくて化粧をしていた
あの頃の私のようにごてごてとした表紙
思い出したくなくて
忘れたくない
とりどりの色が散りばめられた青い記憶の文字列
一生なくすことはないけれど
二度と読むことはないだろう
三度目の正直でもう開くことのない
この、閉ざされた日記