無色の世界
「無色の世界」とは、どんなものだろうか。
なーんて、ちょっと小難しく考えてたらダメよ。
無色。色のない世界。何もない世界。
すなわち、眼が機能していない、視界。
なんて、きっと私たち「有色の世界側」、つまりは目が見える側には、分からないもの。きっとね。
だって、そうでしょう。
無は有に成れず。有は無に慣れず、よ。
だからこそ。
無は無を制せる。
つまり、無を受け入れることで、無である自分を、解るの。
そして、有も又、無を解れば、共に在れるの。
一応、それなりに簡単に言うとね。
目が見えないひとは、ほぼ目が見えるようにはなれない。
目が見えてたひとは、いきなり目が見えなくなることを、すぐには受け入れられないことが多い。
でも。
目が見えないことを、良しとすることで、自分のことが理解出来る。
自分の身体を、初めて本当に理解することで、見えない自分を、そのままで有ろうと思える。
そして。
目が見えるひとでも、理解し、尚且つ望めば、見えない目に寄り添うことも、きっと出来る。
……まあ、この話はね。あなたがもっと大きくなったら、お父さんに聞いてみるといいわ。
ふふ、仏頂面で、今とおんなじように答えてくれるはずよ。
なんてったって、私たち二人の考案のものだから、ね。
神さまへ
なんで、俺はこんな身体なんだ。
俺は嘆いた。
「あなたの体が、生きたいと言ってたからよ」
医者はそう言った。
そんなはずはない。こんな、全身包帯で巻かれた、こんな焼けた身体が。
「……勘違いするんじゃないよ。言ったのはあんたじゃない。あんたの体の、細胞だよ」
なんだって?
「あんたらはね、産まれるまえから、生きることに貪欲なんだ」
馬鹿なことを。
「あんたが、どんな悪党かなんて、あたしら医者には、全く関係ないことなんだ。まったくね」
なら、俺はまだまだ、この痛みと向き合わなくてはならないのか。
「……まあ、この火傷は。あんたが殺した人間からの恨み、或いは神さまからの天罰。とでも思うんだね」
そう、その医者は言った。
そうか。それなら納得できる。
しかし何故、俺は喋っていないのに、会話になっているんだ?
「そんなの」
ふっと、視界から医者が見えなくなった。
……いや。正しくは、視界がなくなったのだ。
「ここが、神さまのいる場所へ魂を送るか、地上へ返すかの、選定の場だからね」
「あんたは、体が生きようとしている。加えて殺人犯は、地上にて人間らしい裁きを受けないと、ね」
その医者は、最後にそう言って、俺の焼けただれた身体に触れて、わざと痛みを与えた。
ああ、そうか。
「神さま」はどうあっても、俺を生かしたいらしい。
その記憶は。
地上へと返された俺には、残らなかった。
何一つ、全く。
神さまよう、これで満足か?
言葉にできない
どう考えたらいいんだろう。
ひとから言われた。
「悩み、なさそうでいいよね」
えぇ……?
そう見えるの?
言わないだけで、悩みだらけよ。
だって、一つの言葉にしちゃったら、そこで「固定」されちゃうでしょう?
ひとは大抵、よほどでない限り「長所と短所」がある。
例えば
「あの子、ウザい」
と一言言えば、きっと周りは
「あ、あの子のこと嫌いなんだな」
と解釈される。
でもよく聞いて。
「あの子「いつでも元気なのマネ出来ないから」ウザい」
だったら?
一つは肯定して、一つは否定している。
矛盾だと、言われてしまうかもしれないけれど。
元来。人間の感情は「矛盾だらけ」だと思うの。
でも、それは周りを困惑させる。
だから私は、あまりオーバーには感情を言い過ぎないようにしてるの。
不確かなことは、言葉にできないだけで。
これでも、実はいろいろ考えてるんだからね。
春爛漫
いつも思うの。
あなたたちはどうしてこんなにも、わたしたちに心惹かれてるのかしらって。
「開花宣言」
どうして「花が開く」の、そのままの意味の宣言を、いつかいつかと、待ちわびているのかしら。
イヤね、昔はカメラのシャッターだったのが、今はただの眩しい光をかざす長四角の……そう。「スマホ」の穴ばかりが、わたしたちに向けられているじゃない。
昔の方がまだ、わたしたちを眺める人の顔が見えていたわ。
その、うっとりと綻んだ顔を見つめるのが、わたしたち草花の楽しみなのに。
今はよく見えないわ。
ねえ。もっと間近で、わたしを見て。
キラキラしてる人間の眼、わたしは嫌いじゃないのよ。
ほら、今わたし、あなたの前で少し花びらの開きを大きくしてみたの。
──どう? 綺麗に見えているかしら?
その、ただの人の眼で、よぉく見てごらんなさいな。
春だけの、わたしたちの一瞬を。
これからも、ずっと
出来ることなら、ずっとそばにいたかったな。
どうしてこんなに、ボクとキミは、生きる長さが違うんだろう。
キミは泣きながら、でも一生懸命笑って、ボクに言ってくれる。
「ポチ、ありがとうね」
ごめんね。ずっとそばで、一緒に生きれなくて。
でもね。あのね。
キミのこと、ボクはずぅっと、これからも見守っていくよ。
もし、新しい家族を迎えても、何も文句はないよ。
それでキミが笑ってくれるなら。
でもね、お願い。
たまには、ボクを思い出して、みんなで笑って?
キミたちが笑ってくれるから、ボクは此処に来れて、家族になれて。
なによりも、幸せだったよ。
これからも、幸せだよ。