EL2

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12/22/2024, 12:44:45 PM

6 ゆずの香り

ふわりとほのかに甘い香りが漂う彼はいつも上品で優雅な雰囲気を漂わせる。
もの腰優雅で誰にでも慈悲深い微笑みは、〝まさしく天使様のようだ〟と皆から慕われていた。
うっとりするような甘い声音は耳に心地よい。

キッチンに立つエプロン姿の彼を眺める。すらりとした長身は、じっと見つめる女性も多いだろう。
料理に柚子をあしらった、手の込んだ温かな料理が器に盛られた。材料の持ち味を生かした料理は、目に訴える美しさも大切にしているようだ。

私には作れない。無理だ。

ずーんと落ちこんでいると、料理を手にした彼が心配そうに顔を覗きこんだ。だが、その良い匂いに誘われてお腹がなってしまった。

「ふふ、お待たせしました」

にこっこり笑って、テーブルに器を置いた。
馥郁たる柚子の香り――。

『汚れなき人』

彼にぴったりな柚子の花言葉である。

12/21/2024, 12:28:10 PM

5 大空


雲一つない空が嫌いだ。
晴天が嫌いだ。
どこまでも続く青い空が嫌いだ。

――ああ、血が飲みたい。

燦々と照りつける太陽の光を、いまいましげに睨みつけた。
漆黒の細い糸を綺麗に織りこんで作られた大きな傘に、縮こまって苛立ちをあらわす。
ついで、アスファルトに照り返す陽光にも腹立つ。

この不自由な身体になって、まだ、五日目の朝のことである。

12/20/2024, 1:50:57 PM

4 ベルの音

――リン……チリリン――……。

あー。ご飯の時間だ。

――リリン…チリンチリン――……。

あー……。お風呂の時間だ。

――リンリンリンリンリン……。

ああー……。子作りの時間だ……。

いつからだろうか。
ヒトが中心だった世界は滅び、それに、成り代わったのが大猩々(ゴリラ)たちだ。
謎の病原菌によって、感染した大猩々は、肉体と知識をヒト以上に進化させた。
筋肉隆々であった大猩々たちは、病原菌により、さらに、逞しい巨躯へと変貌をとげたのだ。
知性を手に入れた大猩々たちは、進化した最強の遺伝子を持った大猩々と、ヒトが交尾すれば子がなすのではないか、と考えていた。
人類と大猩々は近縁な類人猿……。
これは、実験的であり。そして、彼らの性欲を満たすはけ口としても使われた。

今、ヒトは、ベルの音一つで、規律を守って生活をしている。
……慣れれば快適、と言い聞かせて。

12/19/2024, 1:31:35 PM

3 寂しさ


14……15……16……。

ああ、満たされない。

89……92……98……。

まだ、満たされない。

129……150……176……。

223……348……388……。

人はなぜ、寂しさを感じるのだろう?
このよくわからない、寂しさはどこからやってきたのだろう。
どうしたら満たされるのだろうか?

ジュッ……と音が立つと同時に、肉が焼けるような、だが、それは、牛肉や豚肉などが焼けるときの食欲をそそるような香ばしいにおいではなく、不快なにおいが部屋に充満した。

「んー、398回目だけど、全然満たされないね?」

ごつごつした細い指は、紫色の紫煙の煙草をくゆらす。葉を細かく挽き紙で巻いたそれを、薄く形の良い唇が吸う。

「そんなに怯えないで。そんな顔されたら、俺も辛くなっちゃうじゃない?」

にこにこ微笑む男は、煙草を押しつけられて焼けた者の傷を、そっと撫でた。

「痛かった? ごめんね?」

心配そうに声をかける男は「んー」と、細く長い指をあごにあて、

「やっぱり、お口も焼いちゃったから満たされないのかな? 声、必要だったかも」

そう言い、残念そうに肩を落とす男だったが。
なにか閃いたようにぱっと顔をあげた。

「もしかしたら、俺の存在を必要とする人が現れたら、このモヤモヤした寂しさから解放されるのかも」

穏やかに微笑む彼はまるで天使のようだった――。

12/19/2024, 5:00:15 AM

2 冬は一緒に

今年もかれと一緒に過ごせて嬉しい。
昨年もかれと過ごせて嬉しかった。
来年も一緒に過ごせるかな?

ねえ、冬のいいところってなんだと思う?
……え?『二人で寄り添えば寒くないところ?』うふふ、確かにね、お互いの温かな血潮を強く濃く感じられる季節って冬だものね。
うん?『夏でもずっとくっついてるから季節は関係無いけどね?』 もう……! 

わたしは冬が好き。
雪降る夜中の田舎道でわたしたちは出会った。
すれ違いざまに、見ず知らずのわたしを襲ってきたかれ。
わたしの着てる服を荒々しく切り裂くと同時に、腹が減っている猛獣のごとく、わたしの体を貪った。そして、待ちきれないとばかりに、乱暴に押しこもうとするモノに驚き目を見開く。
だけど、わたしは雄の本能というものに、ひどく興奮して欲情してしまった。寒かったけど、肌がこすれあうたびに、かれのぬくもりを感じた。
わたしは冬が好き。

――あれから五年。
今年の冬も、かれと一緒に過ごします。
かれは、どうしてか、動かなくなってしまったけれどね。

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