「雪が無いと食えないが雪室リンゴ。
雪が無いと楽しめないのが屋外スキー場。
雪が無いと作れないのが雪像……他には??」
数ヶ月ぶりの16時台投稿である。
某所在住物書きは酷く「雪」に手こずって、書いて消して書いてを繰り返した。
去年もそうであった。雪はもう、「既に降った」のだ。ニュースを観れば分かる。
雪を待つどころか、例年以上の雪が、ブーストかまして先に来た地域もあったとか、なんとか。
「東京の雪??」
では、「雪を待つ」で待っているのは、都会の雪だろうか――物書きは閃いて、しかし首を横に降った。
都会の雪は交通麻痺だ。交通障害に直結するのだ。
――――――
最近最近の都内某所、某アパートの一室、夜。
部屋の主の名は藤森だが、
お題回収役はその後輩で、高葉井といった。
高葉井は藤森の部屋で、椅子付きテーブルコタツに座り、みぞれ鍋の完成を待っている。
高葉井は、右手にティッシュ箱、左手にはスマホ。
その日撮影した動画を、何度も何度も、何度もリピート視聴して、絶賛号泣中。
短期間の付き合いだったとはいえ、彼女の同僚が今月末で離職するのだ。
その同僚、名前を付烏月、ツウキというのだが、
菓子作りがトレンドで、
作って余った菓子を職場に持ってきて、
それが高葉井勤務の支店で人気も人気、大人気。
初めて貰ったのは初春のレモンパイ。
至極美味であったのを、高葉井はよく覚えている。
来月から職場で食えなくなるのだ。
来年の職場で待ってたって、レモンパイも、スノーボールクッキーも、白雪のホットチョコも、
何も、なにも、出てこなくなるのだ。
「うぅ、付烏月さん、ツウキさぁん」
えっぐ、ひっぐ、ぐしゅぐしゅ。ちーん。
涙の水たまりを生成しながらリピート視聴しておったのは、付烏月がその日持ってきた、「『お世話に鳴なりました』のアイシングレモンケーキ」。
画面の上で、男が茶こしを振っている。
茶こしからは白雪の、上等な粉砂糖が降っている。
「あの、高葉井」
鶏手羽元とショウガのみぞれ鍋をコタツに持ってきた藤森は、複雑な表情で、唇が真一文字。
付烏月は藤森の友人。 後輩は、付烏月が藤森の部屋に時折遊びに来ることを忘れているらしい。
「高葉井。コウハイ?」
「わだじ、付烏月さんのごど、忘れなうぁああん」
「聞こえてるか、コウハイ ヒナタ……??」
「ヅウギざぁぁぁぁぁぁん!!
お言葉に甘えて、私、来年レモンパイ食べに付烏月さんの職場に押し掛けるからぁぁぁぁ……」
――…高葉井が視聴している動画は、以下のように撮影されたものであった。
「ちょーっと早いけど、 お世話になりました〜」
時はさかのぼり、場所も変わって、
高葉井が勤務している職場の支店、昼休憩。
藤森の友人にして高葉井の同僚の付烏月は、
支店の冷蔵庫から、長方形の箱を取り出し、
美しいアイボリーで色付けされた、レモン味のアイシンクケーキをお披露目した。
「残り2週間、短いけど、どーぞよろしく」
網目の細かい茶こしを手に、中には白雪の粉砂糖を入れて、 それじゃあ、かけるよと。
高葉井は涙を流して動画を撮っている。1秒一瞬も逃さぬように、十数秒前からスマホを向けている。
「つっても、クリスマスケーキとか、仕事おさめケーキとか、まだいっぱい持ってくるけどね〜」
高葉井にとって、スピーチは動画で再視聴できるので、二の次。粉砂糖の「雪」を待っているのだ。
「ほい。初雪ー!」
パタパタ、ぱたぱた。
そこそこの高さから茶こしが振られ、アイボリーのレモンケーキに薄く白雪が積もる。
「雪待ちのレモンケーキ。おまちどーさま」
切って、皿にのせて、紅茶と一緒にめしあがれ。
高葉井は撮影の終了タップも忘れて、
号泣六割、嗚咽四割の音声をスマホに登録中。
「今年で会えなくなるワケじゃないんだからさ」
これが、高葉井が冒頭で視聴していた動画。
5分の動画の1割が、粉砂糖の雪を待つ高葉井の、哀愁と悲痛ダダ漏れな手ブレであったそうな。
「俺、前職の私立図書館に戻るだけだよ。レモンパイ食べたくなったら、図書館においでよ。
ウチの図書館、喫茶室があるの。待ってるよん」
「行く。私、パイ食べに、毎日図書館に行く」
「それはちょっと困るぅ」
「私、付烏月さんのこと、絶対忘れないからぁ」
「だから、あのね、今年で会えなくなるワケじゃ」
「料金は同僚割引の適用おねがいしまぁす」
「しないけど――?」
「去年は、『イルミネーション輝く商店街で、道路の段差に足取られて、あやうくタマゴを割るとこだった』ってハナシを投稿した、らしい」
今となっちゃ、もうサッパリ記憶にねぇけどな。
某所在住物書きは今日も今日とて、投稿の初案を消して次を書き、また消して書いてを繰り返した。
アプリ「書く習慣」は、年中行事や季節もの、恋愛系、エモい言葉の出題率が、比較的高い。
今回など「イルミ輝く夜に恋人同士で手を取り合って」だの、「イルミ輝く夜景をふたり寄り添って」だの、良い雰囲気のハナシは色々出てくることだろう。
書けぬ。 この物書き、それが不得意なのだ。
「……来年のイルミどうしよう」
物書きが途方に暮れるのは毎年恒例。 それこそクリスマス前から飾られるイルミのように。
――――――
とうとう、ウチの職場、ウチの支店にも、「給料に加算されない12月の大仕事」の「最初」が来た。
クリスマスのイルミ装飾だ。玄関飾って、暗くなり始める頃から終業時刻まで、ってやつだ。
隣のお店も向かい側のお店も、それぞれキレイに飾ってるから、そろそろウチもやらなきゃいけない。
本店に勤めてた頃は、総務課の連中がもっと早い時期に、倉庫からLEDのロープ持ってきて、
電源と繋げて、一応最近はGPS追跡タグなんかこっそり付けてみたりして、それで作業してた。
今、私は支店勤務だ。
あと数ヶ月で本店に、多分、たぶん戻るけど、少なくとも今年度はこの支店の従業員だ。
自分たちでやらなきゃいけない。全部、ぜんぶ。
……本店の連中どうせヒマなやつ多いんだから、
こういうときに応援に来れば良いのに。
(ところで:自分が本店に居た時の気持ちを述べよ)
「何が面倒ってさぁ」
するする、するり。 お客様入口の上に、あらかじめ設置されてるフックに、ロープをかけて伸ばす。
「これ、クリスマス終わったら、すぐに新年の準備しなきゃいけないってハナシだよね」
今は少し設定をいじれば、プログラムひとつで、
緑&赤のクリスマスイルミネーションから、白&赤の新年イルミネーションになる。
そこに関しては、文明の進歩の恩恵だと思う。
「ツウキさん。付烏月さん」
私が引っ張ったロープを片っ端から固定してくれてる、「今年度限定」の同僚に、話を振った。
「付烏月さんもさぁ、図書館に居た頃、こういうのやってたの。イルミの飾りつけとか」
「ウチはイルミより、紙でチョキチョキだよん」
付烏月さんは、本店に勤めてる私の先輩の、「諸事情」が理由で、ウチに転職してきた。
いわゆる恋愛トラブルだ。 先輩の元恋人が、ウチの職場に就職してまで先輩を追っかけてきた。
付烏月さんは、その元恋人に対する「トラップ」を、みずから買って出たのだ。
「図書館だから、予算少なくてさー。去年のを使い回したり、廃棄本のカバーを有効活用したり」
それに比べりゃ、イルミの分のお金を使える「ここ」は、キレイな装飾ができると思うよー。
付烏月さんはそう言って、笑った。
「ところでさ。後輩ちゃんの先輩、『附子山』の恋愛トラブルも、無事解決したじゃん」
「そだね」
「俺、つまり、恋愛トラブルのピンチヒッターの、任務がちゃんと完了したワケじゃん」
「そだね」
「予定早めて今年で図書館に帰るぅ」
「そだn。
……。 はい?」
「俺、図書館に帰るぅ」
「はい……??」
「あのね、そもそも、藤森の元恋人さんが、
俺が『附子山』を名乗って罠張ることで、『この職場に勤めてた附子山は、自分の恋人じゃなかった』って勘違いさせるのが、目的だったワケ」
なんでもないよ。ただの転職だよ。
付烏月さんが言った。
恋愛トラブル解決が、そもそも5月25日だから、随分昔のハナシだけどね、って。
何が困るって、いろんなことが困る。
この「今年度限定同僚」の付烏月さん、お菓子作りが最近のトレンドで、よく職場に小さいスイーツを持ってきてくれてたのだ。
お客さんからの評判も良かった。 付烏月さんのお菓子を目当てに店に来る常連さんさえいた。
なにより
私のレモンケーキが(いやお前のじゃない)
チョコモンブランが(だから、お前のじゃない)
クッキーとラングドシャと、あと、なんだっけ……
「年イチくらいで、お客さんとして来るよん」
はいはい、懇願チワワみたいな顔しないの。
付烏月さんはイルミロープを固定しながら、いつもどおりの雑談をする抑揚で言った。
「なんなら後輩ちゃん、図書館来れば、俺居るじゃん。たまに、喫茶室にケーキ食いにおいでよ」
私はイルミ装飾の手が進まない。
ただ、口を固く閉じて、富士山みたいに眉上げて、
ああ、おなかが、舌が、段々ケーキの気分に。
「むこうで、なんのおしごと、するの」
言いたいことも出てこなくて、ギリギリ聞けたのは、付烏月さんの向こうでの仕事内容。
んー、って首を傾けて、付烏月さんは笑った。
「『愛』を『注ぐ』って何だよって、去年もたしか、あれこれ悩んで途方に暮れたんよ……」
たしか去年は、「向こうは恋を求めたが、私が注いだのは愛でした」みたいなハナシを書いた。
某所在住物書きは、あらかじめ用意していた物語を、消して、書いて、消して、書いて。
今回のお題ひとつに対して、「これを詰め込みたい」の文量が、想定以上に多かったのだ。
「一旦投稿して、あとで削り出しかな」
2400字を2200字に、2000字程度に。
途中でスリム化を断念した物書きは、愛が注がれているであろう文章の投稿を、見切り発車した。
――――――
架空のゲーム、架空の職場に関するおはなし。
むかしむかし、数年前か十数年前か、
いっそ時間など、「世界線管理局」には監視と整備の対象でしかないかもしれません、
新しいスフィンクスと、新人のドワーフホトが、それぞれ新人研修を終えて、着任しました。
無毛猫のビジネスネームを冠するスフィンクス。
今で言う「着る毛布」を何枚も重ねて、お布団に籠城し、室温25℃の「寒さ」に耐えながら、
管理局の経理部に乗り込んできたスパイだの悪者だのから、 スポン、スポン。
魂をぶっこ抜き、適当に漬物容器だの果実酒ボトルだのに押し込んで、輝きを愛でておりました。
ある日、寒がりスフィンクスのもとに、
ドワーフホトのビジネスネームを持つ同期が、不思議なデ■ポンを持ってきて言いました。
「ずーっとお布団の中で、ヒマそうだなぁって。
丁度役に立ちそうな収蔵品見つかったから、
スフィちゃん、あげるぅ」
それは、今は滅んだ世界から丁度その日回収されてきた、自意識が有るんだか無いんだか分からぬ、しかし魂を電池にして動くミカンでした。
ドワーフホトは収蔵品保護課の所属。
情報登録が終わった物を、持ってきたのです。
ドワーフホトから自走式デコポ■を受け取ったスフィンクスは、それはそれは、もう大興奮!
「おお、おお!こいつ、俺様の命令を聞くぞ!」
自走式ポンデコは、よくよくスフィンクスの言うことを聞いて、身の回りの世話と警護を始めました!
「よし。おまえは、俺様の宝物としよう!」
すっかりデコポ■――商標登録の関係があるので、ここではポンデコとでも言っておきましょう、
ともかくドワーフホトが寄越してきた宝物を気に入ったスフィンクスです。
その日のうちにポンデコの、子分の「しらぬい」を24個、愛を注いで作りました。
自走式ミカンが24+1個に増えたので、買い出しから書類提出、悪者の拘束まで、なんでもござれ!
スフィンクスはベッドの上にいながら、室温26℃の「寒さ」の中に出ていくことなく、快適に仕事ができるようになりました。
翌日スフィンクスが、スポン、スポン。
相変わらず経理部に進入してきた悪者の魂をぶっこ抜き、その辺の保温水筒にブチ込むだけの簡単なお仕事を淡々とこなしておると、
ドワーフホトが、その日情報登録が完了した特別な「日向夏」を持ってきました。
たまたま、昨日と同じ「ミカン型」でしたが、ドワーフホト、細かいことは気にしてません。
触ると温かかったし、とても強い魔力を秘めておったので、ホッカイロに丁度良いと思っただけなのです。
「スフィちゃーん。ホッカイロ持ってきたよぉ」
それは、昨日の不思議な不思議なポンデコと同じ世界から回収されてきた、不思議な日向夏。
あらゆる「夏」、「太陽」、「火」、「暖かさと熱さ」、「完全と再生」の概念とチカラを詰め込んだ、要するにとってもすごいミカンでした。
「またミカン持ってきた。好きなのか?」
ドワーフホトから太陽と夏の象徴な日向夏を受け取ったスフィンクス、秘められた温かさと魔力に大満足!
この日向夏もまた、ポンデコとしらぬい同様、スフィンクスの宝物に認定しました。
「そんなにミカンが好きなら、俺様がその辺にブチ込んでる魂の容れ物もミカンにしたら、喜ぶかな」
すっかり日向夏を気に入ったスフィンクスです。
日向夏の温かさと内包された魔力を使って、
電力不要、拡張空間内包の、ハイパーコタツを作製し、コタツのコアとして搭載しました。
更にスフィンクス、今まで漬物容器だの保温ボトルだのに、適当にブチ込んでいた魂たちを、
美しい魂と、別に美しくない魂と、
それからとびっきり美しい魂に選り分けて、
とびっきり美しい魂だけを集めて、
とびっきりの愛を注ぎ、美しいミカン型の「魂の容れ物」をこしらえました。
美しい魂で作られた、美しい魂だけを入れておくための美しいミカンは、透き通った水晶の輝き。
「よし!おまえを、水晶文旦と名付ける!」
クリスタルミカンの美しさに満足したスフィンクス。きっと、ドワーフホトも喜ぶでしょう。
ニッコリ笑って、誇らしげに、クリスタルミカンもまた宝物として、認定したとさ。
「恋と愛で『下心と真心』、ことわざなら『魚心あれば水心』、類語なら『核心と中心』……他には?」
題目そのまま、「心と心」でネタが浮かばぬなら、言葉を少し足してしまえばよろしい。
某所在住物書きは硬い頭をネット検索でごまかしながら、列挙と却下を繰り返している。
「……そういえば」
物書きは閃いた。
「心が付く食べ物あるじゃん。『点心と心太』」
点心は「テンシン」と読めるのに、「心太」と書かれても「トコロテン」に辿り着けぬ。 謎である。
――――――
最近最近のおはなしです。「ここ」ではないどこか、動物のビジネスネームを使用している、不思議な不思議な職場のおはなしです。
猫の無毛種、「スフィンクス」のビジネスネームを持つ万年コタツムリ様がおりまして、
このコタツムリ様はコタツの中で仕事をして、
時折コタツ付属のコントローラーのボタンをポン。網カゴの上にミカンを召喚しておりました。
なんだか非現実的な職場ですね。
大丈夫。このおはなしはファンタジーで、
ここの職場もフィクションなのです。
さて。 その日もスフィンクスのコタツムリは、
カタカタカタ、ぽちぽちぽち。
経理部としての、主にプログラムや機器に関わる仕事を、しておりました。
今日のコタツのお客様は、同期の収蔵品保護課職員、「ドワーフホト」と、
こちらはガチで本物の、狐耳と狐尻尾、それからモフモフの狐毛皮を有した子狐。
「ねー、スフィちゃーん」
ドワーフホト、床にごしごし念入りに、何度も体をすりつける子狐を見ながら、言いました。
「そろそろさぁ、洗わなくて大丈夫ー?」
どういうことでしょう――つまり子狐と床の間には、おいしいおいしいミカンの「成れの果て」が、
果肉も皮も子狐の体重でゴシゴシされて、
原型をとどめず、果肉たっぷりオレンジジュースと化しておったのです。
いいにおい、いいにおい。 子狐の鼻に、強い甘さの品種のミカンが、とても心地よく感じたのです。
顔をごしごし、肩をごしごし。甘い冬の香りを身にまとう作業が、ずっと、続いておりました。
つまり子狐にミカンの香りが実装され、果汁でモフモフ毛皮がビッチャビチャのベッタベタであると。
「『洗う』、っつってもよ」
カタカタカタ、ぱちぱちぱち。 コタツムリのスフィンクス、仕事をしながら言いました。
「そいつ、俺様がせっかく開発してやった自動シャンプーマシン、完全にキョヒるんだぜ。
おてて広げてよ。ギャンギャン鳴いてよ」
だから俺様、知ら〜ねっ。
コタツムリのスフィンクス、ベタベタ子狐を放っぽって、子狐のやりたいようにさせておって……
ここでお題回収。コタツのお客様、ドワーフホト、両手をパンと軽く叩いて、
「あのねー」
ミカンの果汁の香水でべっとりの子狐を抱いて、
「あたしねぇ、試したい収蔵品があるのー。
『ペットの心が分かるシャンプー』ってやつぅ」
そのまま経理部のブースの外へ、消えてゆきました。
「ペットの心が分かるシャンプー」?
完全に非科学的ですが、大丈夫。気にしません。
このおはなしは、ファンタジーなのです。
ここの職場も、フィクションなのです。
「心と心」のお題回収のため、これからコンコン子狐は、ドワーフホトにジャブジャブと、心のシャンプーで洗われてしまうのです。
「ほらぁ。こわくなーい、こわくないよぉー」
自分の職場、自分が担当する収蔵庫の、洗髪区画の一番手前から、シャンプーとリンスの小瓶を取って、
ドワーフホト、自作の試供実践室に向かいます。
「お湯、あったかいねぇ。きもちいねー」
ちゃぷ、ちゃぷ。 ちゃぷ、ちゃぷ。
お湯を良さげな温度に整えて、動物シャンプー用のシンク台に少しお湯を張って、ベタついたミカンジューズを優しく取っ払います。
もこもこ、もこもこ。 わしわし、わしわし。
心と心、2個のハートの印のシャンプーを、
少量、泡立てタオルにタラリ落として、
人肌まで温まった泡で、子狐を洗います。
すると……?
『きもちい。きもちい。きもちいいなぁ』
ドワーフホトに洗ってもらう子狐の心が、ドワーフホトにポワポワ、伝わります。
『この子、おとなしーぃ。手洗いには慣れてるんだろうなぁー。機械がキライなだけかもぉ』
子狐を洗うドワーフホトの心が、子狐にポワポワ、伝わります。
心と心、気持ちと気持ち。
「ペットの心が分かるシャンプー」が子狐とドワーフホトの心を繋いで、穏やかな時間が流れます。
「よぉーし。あとは、シャンプー流して……」
スフィちゃんのコタツで、暖房乾燥してもらおうね。
ドワーフホトがシャワーでじゃぶじゃぶ、コンコン子狐の泡を洗い流してやろうとした、そのときです。
ぶるぶるぶるっ!!
「ちょっとー、やだぁ〜」
モコモコの泡にくるまって、羊形態だった子狐、柴ドリルならぬ御狐ドリルをキメまして、
その泡をぜーんぶ、ぜーんぶ飛び散らせて、ドワーフホトを泡まみれにしてしまいました!
「ワルイコだねぇ。ワルイコだぁー」
ひとしきり笑ったドワーフホト。ビッチャビチャでスリム化した子狐と一緒に、
泡を流して、念入りにタオルドライもして、
仕上げに、スフィンクスのコタツに一緒に潜って、暖房乾燥してもらったとさ。 おしまい。
「3月30日に書いたのが『何気ないふり』ってお題だった」
何書いたっけな。覚えてねぇや。某所在住物書きは大きく口を開けて、右アゴが地味に痛むのを、それこそ「何でもないフリ」のようにしていた。
リンゴのまるかじりを試したら固かったのだ。
「去年も同じことで悩んだけどさ。何でもない、『フリ』ってどんなフリだろうな」
おお、いたいいたい。気にしない。
物書きは右アゴをさすり、今日もネタに苦心する。
――――――
ゲームコラボのアイパレットを買った。
私が推してるゲームは、性質上、日用品や特定の食べ物との親和性が高くて、
時折、ネットストアにせよ、リアルのストアにせよ、コラボが展開されてる。
主要キャラのひとりがコタツムリ、かつ主食の頻度でミカンを食べるから、
その手の農協さんとコラボしたこともあったし。
同じく主要キャラのひとりが、ペンの形をしたアイテムで戦ったことがあったから、
その手の文具メーカーとコラボもしたし。
今回は化粧品メーカーとのコラボ。
完全に、普段遣いできるケースデザインと中身。
「手繋ぎのアイパレット」っていうアイテムだ。
ドワーフホトっていう、ウサギのビジネスネームを持ってるキャラのアイテムだ。
私の推しカプの右と左が手を繋いだきっかけを作ってくれたパレットの商品化である。
6個買った。
普段遣い用と普段遣い用のスペアと更にそのスペアと、保存用と観賞用と布教用だ。
おお、ホト様、ル部長とツー様の手を繋いでくださった、ドワーフホト様。
ありがとうございます(五体投地)
ありがとうございます(感謝の拝礼)
なお、仕事用メイクにも対応可能な、ガチで普段遣い可能な色ばかりが揃ってる、コラボアイテムながら優秀なパレットなので、
せっかくだし、職場に付けてってみる。
ファンアイテムだけど、何でもないフリ。
コラボアイテムだけど、何でもないフリ。
細かいところまで結構観察してる新卒ちゃんは、私の化粧が変わったことに気付いたみたい。
だけど時間はそのまま流れて、
誰からも、特に突っ込んだことは聞かれず、
「どこのメーカーのやつ?」とも言われず……
そのまま、夜になった。
――…「酷いよ!ちょっとくらい、聞いてよぉ!」
夜は、丁度私の推しゲーのコスプレグループが、ひとつの魔女風な喫茶店を貸し切って、コラボコスメの発売記念オフ会をやってた。
何でもないフリもせず、ガッツリ化粧直しして、ちょっと参加してきた。
なお新卒ちゃんを道連れだ。
新卒ちゃんを、沼に落とすのだ。
ホト様コスの神様に、直々にコラボコスメを付けてもらって、新卒ちゃんは少し嬉しそうだ。
よしよし。沈め。しずめ……(腕組みと微笑)
「しゃーないよ。『普段遣い特化』だもん」
昔っからの私の創作仲間は、ゲームに登場する某タバコ部長の服だけコスをして、タバコ型クッキーをぽりぽり、ポリポリ。
「完全に日常の使用に耐えるアイテムってのが、公式様のポリシーでしょ。そんな気づかないよ」
しゃーない、しゃーない。
1本食べ終えて、2本目。タバコを吸うマネを、タバコ型クッキーで再現する親友は、遠くでパフォーマンスしてるスフィンクス様コスの声に振り返った。
「見たまえ、諸君。これこそ俺様のコタツ、『Ko-Ta2』の根幹、セントラルコア。
滅びた世界が最期の間際まで溜め込み続けた、夏と太陽と暖かさと暑さと、火のチカラの結晶!
再生と完全の業火。日向夏である!!」
本物のコタツムリさん、本物のスフィンクス様と見間違う声と姿で、スフィ様コスのひとが大きなミカンの形の宝石を掲げると、
周囲のスフィ様推しは歓喜の声、感謝の写真と動画と以下略、それからお布施。
店内にどういうギミックを仕込んでたのか、
スフィ様コスさんが掲げたミカンジェムから、
火の粉みたいな光が溢れて、周囲を照らして、
なんなら、室温が少し上がった心地さえする。
誰もが光のショーに釘付けだ。誰もがスマホでそれを撮って、誰もが自分の近くに飛んでくる「熱くない火の粉」に触れて、喜んでた。
新卒ちゃんは、このパフォーマンスも気に入ったらしい。何でもないフリしてるけど、目がキラキラ輝いてた。 よしよし沈め……(以下略)
「せんぱい、あれも、」
ホト様コスの人からアイメイクをしてもらって帰ってきた新卒ちゃんが、
光と暖かさと気持ちの明るさを室内にもたらすミカンジェムを指さして、聞いてきた。
「先輩がやってるゲームに、出てくるんですか」
「そうだよ。日向夏っていうの」
新卒ちゃんを見る私の顔は、どんなだったろう。
「ホト様がスフィ様に贈って、スフィ様をミカンキャラに決定づけた、2個目の宝石でね――」