「雪が無いと食えないが雪室リンゴ。
雪が無いと楽しめないのが屋外スキー場。
雪が無いと作れないのが雪像……他には??」
数ヶ月ぶりの16時台投稿である。
某所在住物書きは酷く「雪」に手こずって、書いて消して書いてを繰り返した。
去年もそうであった。雪はもう、「既に降った」のだ。ニュースを観れば分かる。
雪を待つどころか、例年以上の雪が、ブーストかまして先に来た地域もあったとか、なんとか。
「東京の雪??」
では、「雪を待つ」で待っているのは、都会の雪だろうか――物書きは閃いて、しかし首を横に降った。
都会の雪は交通麻痺だ。交通障害に直結するのだ。
――――――
最近最近の都内某所、某アパートの一室、夜。
部屋の主の名は藤森だが、
お題回収役はその後輩で、高葉井といった。
高葉井は藤森の部屋で、椅子付きテーブルコタツに座り、みぞれ鍋の完成を待っている。
高葉井は、右手にティッシュ箱、左手にはスマホ。
その日撮影した動画を、何度も何度も、何度もリピート視聴して、絶賛号泣中。
短期間の付き合いだったとはいえ、彼女の同僚が今月末で離職するのだ。
その同僚、名前を付烏月、ツウキというのだが、
菓子作りがトレンドで、
作って余った菓子を職場に持ってきて、
それが高葉井勤務の支店で人気も人気、大人気。
初めて貰ったのは初春のレモンパイ。
至極美味であったのを、高葉井はよく覚えている。
来月から職場で食えなくなるのだ。
来年の職場で待ってたって、レモンパイも、スノーボールクッキーも、白雪のホットチョコも、
何も、なにも、出てこなくなるのだ。
「うぅ、付烏月さん、ツウキさぁん」
えっぐ、ひっぐ、ぐしゅぐしゅ。ちーん。
涙の水たまりを生成しながらリピート視聴しておったのは、付烏月がその日持ってきた、「『お世話に鳴なりました』のアイシングレモンケーキ」。
画面の上で、男が茶こしを振っている。
茶こしからは白雪の、上等な粉砂糖が降っている。
「あの、高葉井」
鶏手羽元とショウガのみぞれ鍋をコタツに持ってきた藤森は、複雑な表情で、唇が真一文字。
付烏月は藤森の友人。 後輩は、付烏月が藤森の部屋に時折遊びに来ることを忘れているらしい。
「高葉井。コウハイ?」
「わだじ、付烏月さんのごど、忘れなうぁああん」
「聞こえてるか、コウハイ ヒナタ……??」
「ヅウギざぁぁぁぁぁぁん!!
お言葉に甘えて、私、来年レモンパイ食べに付烏月さんの職場に押し掛けるからぁぁぁぁ……」
――…高葉井が視聴している動画は、以下のように撮影されたものであった。
「ちょーっと早いけど、 お世話になりました〜」
時はさかのぼり、場所も変わって、
高葉井が勤務している職場の支店、昼休憩。
藤森の友人にして高葉井の同僚の付烏月は、
支店の冷蔵庫から、長方形の箱を取り出し、
美しいアイボリーで色付けされた、レモン味のアイシンクケーキをお披露目した。
「残り2週間、短いけど、どーぞよろしく」
網目の細かい茶こしを手に、中には白雪の粉砂糖を入れて、 それじゃあ、かけるよと。
高葉井は涙を流して動画を撮っている。1秒一瞬も逃さぬように、十数秒前からスマホを向けている。
「つっても、クリスマスケーキとか、仕事おさめケーキとか、まだいっぱい持ってくるけどね〜」
高葉井にとって、スピーチは動画で再視聴できるので、二の次。粉砂糖の「雪」を待っているのだ。
「ほい。初雪ー!」
パタパタ、ぱたぱた。
そこそこの高さから茶こしが振られ、アイボリーのレモンケーキに薄く白雪が積もる。
「雪待ちのレモンケーキ。おまちどーさま」
切って、皿にのせて、紅茶と一緒にめしあがれ。
高葉井は撮影の終了タップも忘れて、
号泣六割、嗚咽四割の音声をスマホに登録中。
「今年で会えなくなるワケじゃないんだからさ」
これが、高葉井が冒頭で視聴していた動画。
5分の動画の1割が、粉砂糖の雪を待つ高葉井の、哀愁と悲痛ダダ漏れな手ブレであったそうな。
「俺、前職の私立図書館に戻るだけだよ。レモンパイ食べたくなったら、図書館においでよ。
ウチの図書館、喫茶室があるの。待ってるよん」
「行く。私、パイ食べに、毎日図書館に行く」
「それはちょっと困るぅ」
「私、付烏月さんのこと、絶対忘れないからぁ」
「だから、あのね、今年で会えなくなるワケじゃ」
「料金は同僚割引の適用おねがいしまぁす」
「しないけど――?」
12/16/2024, 7:06:11 AM