「微熱は知らんが、『発熱』の定義って、世界と日本とで、微妙に違うのな」
日本の法律において37.5℃以上を発熱、38℃以上を高熱といい、アメリカで売っている内科の教科書では午前と午後で体温の基準を変えているという。
「発熱 定義 世界的」等々で検索をかけていた某所在住物書きは、「ハリソン内科学」なる単語を見つけて、ぽつり。完全に初耳であった。
「風邪とか体調崩したとかのネタは、何度か書いて、複数回実際に投稿してるのよな」
なんなら、俺から出せるほぼほぼ風邪ネタは書き尽くした説。 物書きは言う。
「風邪以外の『微熱』っつったら、たとえば、そうさな、強火じゃない方の微熱調理とか……?」
ひと、それを微熱より「低温」という。
――――――
最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。某稲荷神社敷地内に、稲荷の子狐と化け子猫と、それから子猫又が集まって、
小さな広場のような場所で、小さな小さな火にかけられた茶釜をかこみ、なにやら、わちゃわちゃ。
「がんばれ、がんばれ!」
「見て、ちょっとお肉、色が変わってきた!」
茶釜に対して、話しかけておりました。
ところでこの茶釜、タヌキの尻尾が生えています。
「ねぇ、後で、ちゃんと洗ってよ。約束だよ」
なんなら茶釜、言葉も発しています。
そうです。小さな小さな火に、微熱の火加減であぶられているのは、化け子狸なのです。
惣菜屋の娘にして、近所の魚屋でお魚の修行をしておる化け子猫が、このたび実家の惣菜屋から豚バラブロックを貰ってきまして。
こう言われたのです。「友達皆で、これを料理して、食べてごらん」――すなわち修行の一環です。
で、美味そうなお肉だったもので、
都合のつかぬ子カマイタチを除いた友達全員呼んで、稲荷神社に集まって食べよう!
というハナシになったのですが。
丁度稲荷の母狐が晩ごはんの仕込みで厨房を使っておったので。調理場が使えない。
『僕、茶釜に化けられるよ』
化け子狸が代替案を出しました。
『火は、狐火で、がんばって』
で、稲荷の子狐が頑張って、火事や延焼の心配が無い狐火をポツポツ起こして、
沸騰してるかしてないかの温度で、タヌキの茶釜に、豚バラブロックを調味料と一緒に、ポン!
入れてみたのでした。
「沸騰しなくても、お肉ってなんとかなるのね」
コンコン子狐が頑張って、おりゃー!とりゃー!
狐火を焚き続けているのを見ながら、
にゃーにゃー、子猫又が言いました。
「低温調理、っていうの」
微熱な火加減で、じっくり火を通すのよ。
お肉の提供者、化け子猫が言いました。
「テーオンチョーリ。 どこかで聞いた」
「多分、あなたの雑貨屋さんの、家電コーナーに、その調理器具があるんだと思う」
「テーオンチョーリの家電?」
「温度と、時間をセットして、放っとくの。そうすれば、勝手に温めてくれて、料理ができる」
ぽつぽつ、ぷかぷか。 子猫ーズがおしゃべりをしている隣で、稲荷の子狐、茶釜に火をくべます。
まだまだ修行の途中なので、使える狐火は小ちゃいし、温度も大人狐に比べれば、微熱なのです。
まぁ、おかげでポンポコ子狸も、茶釜の底、つまりおなかを焦がさず茶釜の中を、ポコポコ温めることが、できておるワケなのですが。
「お肉って、ニオイ、残るかな」
「だいじょーぶだよ。ちゃんと、あらうよ」
「ところでさ。低温調理って、あとどれくらいお肉茹でるんだろう。そろそろ僕、眠くなってきた」
「わかんない!」
そりゃ!えいやぁ! 狐火の微熱は相変わらず。
茶釜に化けて微熱に温められている子狸は、
あんまり微熱の狐火が心地良いので、こっくり、こっくり。もうちょっとで寝落ちてしまいそう。
「がんばれー!ねちゃダメー!」
「がんばる、がん……ばる……!」
最終的に子狐たちの「なんちゃって屋外調理実習」に気付いた母狐が、釜から豚バラを取り出して、
美味しく、ジューシーに、仕上げをしてくれましたとさ。 おしまい、おしまい。
「『太陽の下』って言葉の第一印象が夏なのは、だいたい理由分かるけどさ。
『月の下』って言われても、そういえばいまいち、特定の季節と結びつきづらいよなって」
なんでだろうな。不思議だけど、俺だけかな。某所在住物書きはポツリ呟き、太陽と夏の妙な結びつきを引き剥がそうと、懸命な努力を続けていた。
今は冬である。一部地域は平地で雪が降った。
東京の明日が20℃超え予想だろうと、どこかで寝ぼけた桜が狂い咲こうと、今は冬である。
寒空の太陽の下はさぞ、さぞ……どうであろう。
「放射冷却?寒い?それか道路の雪が溶ける?」
ヤバい。分からん。物書きは首を大きく傾けた。
――――――
最近最近の都内某所、某職場の、完全に倉庫かゴミ置き場と化した支店、朝。
お題回収役を藤森といい、まさしく「おてんとさまの下」すなわち「緒天戸」という男の下で、彼の指示に従い、本店から業務用車両で、ここに来た。
『混沌倉庫支店の整理をせよ』とのお達しである。
制服の上着を脱ぎ、汚れないように車に収納して、
ひとり、腕まくり、腕まくり。
「で?」
どこから手をつけろとのご命令だったか。
無人支店のドアを開け、一歩踏み出すと、
カサリ、靴と紙との接触音。
足をどける。 踏んだのは数年前の競馬新聞だ。
…――発端は昨日、本店の昼休憩にさかのぼる。
「おい。藤森」
緒天戸と藤森、ふたりで昼食を食っていたところ、
藤森の上司のお天道、もとい緒天戸が言った。
「お前このまま、俺の下で仕事しねぇか」
藤森の職場において、役員であるところの緒天戸。
藤森が今年の春まで抱えていた「職場内の恋愛トラブル」の一時的な避難先として、己の部屋の整備役という立場を提供していた。
「茶ァ淹れるのうめぇし、掃除丁寧だし、電話もすぐ出るから、総務課連中が助かっててよ」
「一時的」で終わらせる仮の仕事が、絶妙かつ高効率的に機能・貢献を果たしてしまい、
今ではお天道の下、もとい緒天戸の下で、藤森が緒天戸の仕事部屋を完璧に整えていることが「あたりまえ」になってしまった。
「『ヒラ』の私には、荷が重過ぎます」
あくまで自分は、「一時的」なのだ。藤森は緒天戸の残留の指示に、「否」を突きつけた。
「そこをなんとかしてくれよ。俺の下の方が、給料良いだろ?有給もとりやすいだろ?」
「ごもっともですが、私にできることは、誰でもできる雑用です。私のトラブルが解決して、ここに置いていただく必要が無くなった以上、」
「その『誰でもできる雑用』を、総務課の連中はお前ほど完璧には、やってくれねぇんだって」
「あの、」
「考え直せよ。藤森。
あ、そうそう。お前のウデを見込んで頼みてぇことがあってだな。『混沌倉庫支店』、『ブラックホール倉庫』のことは知ってるだろ。あそこの――」
――…「さすが『混沌倉庫支店』だ。置かれているもののラインナップが酷い」
時は進み場所も変わって、現在。
「競馬新聞、雑誌、本来なら廃棄されているべき契約書と解約書のセットにポテチの袋……
なんだこれは。『コンコン稲荷ブライダル』?」
その混沌倉庫に放り込めば、二度と戻ってこないが、確実にありとあらゆる物がそこに眠っている。
ブラックホールの異名と噂はダテではなく、混沌の比喩は直喩かと疑うほどのごちゃつき。
ひとまず「確実にゴミと断定できるもの」の回収から、藤森の混沌整理が始まった。
「あの人の下で、こんな酷い『ゴミ箱』が残っているとは……あー、20年前の退職届けまである」
菓子の袋、タバコの箱、ペットボトル。
紫外線に焼けた紙には昭和の日付が記されていたり、あるいはつい数ヶ月前の、「本来各支店・本店に並べられて在るべきチラシ」が数枚落ちていたり。
「いや、その『支店と本店に在るべきチラシ』が『ここにある』のは一大事では?」
ゴミとゴミでない物、正体不明と出所明確な物。
分けて、まとめて、袋の山が1時間も経たずにどっさり。撤去にはトラックが必要だろう。
「これ、今日で終わるのか……?」
「太陽」の下で働くのも、ラクじゃない。
大きなため息をひとつ吐いた藤森の手に、複数枚の紙の束が当たる。ほこりの付き具合から、最近置かれたものだろうと、藤森は推理した。
「えっ?」
それは現在、実際に効力を持っている最中であるところの、本店の従業員が取った契約書。
契約を取ってきた者の枠には、すべて、同一人物の名前が手描きで記入されている。
従業員の名前は、
「『藤森 礼(ふじもり あき)』……、」
藤森は業務用のスマホを取り出し、
「お疲れ様です。藤森です」
緒天戸に電話をかけた。
『お前の契約書、見つけたか』
太陽もといお天道、緒天戸はお見通しだった様子。
『お前が俺の下で働いてるのを、よく思ってない総務課のいち派閥、数名の悪いイタズラさ』
緒天戸が言った。
『「それ」をやったヤツの証拠が欲しい。
お前もちょっと手伝えよ。藤森』
「何が面白いって、静電気すごそうな『ペット用セーター』って商品があって、
そのわりに『ウチのわんこ、別に静電気起きませんよ』ってネットの投稿があるってハナシよな」
セーターっつったら、それこそ静電気と髪ボサと、指バッチンが王道なネタだと思ってたんだがな。
某所在住物書きは「ペット セーター 静電気」の検索結果をスワイプしてスワイプして、ため息。
興味深い検索結果である。毛糸と毛皮でバチバチしない状況があるというのだろうか。
どうやって?それとも、どのような湿度等々で?
「まぁ、セーター着ないから、俺には関係無いが」
だってガキの頃、バチクソにバチバチし過ぎて、酷い目に遭ったんだぜ、と物書き。
みなまでは言わぬ。すべては数十年の過去である。
「だって素材が、ガチの、アクリル毛糸……」
――――――
静電気が怖くて、静電気対策スプレーや静電気対策ブレスレットの有無にかかわらず、セーター絶対着たくないマンの物書きです。
今回はその「セーター」がお題とのことで、こんなおはなしをご用意しました。
最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。今回のお題回収役の名前を、藤森といいます。
藤森もセーターはニガテな民でして、
しかし、近所のリユースイベントの、福引きでリユース毛糸セーターが当たってしまうという。
「毛糸タワシとか帽子とか、お茶が好きならポットカバーに、リサイクルしちゃえば良いんですよ」
福引きスタッフさんが、言いました。
「ペットがいらっしゃれば、腹巻きなんかにも、丁度良いかもしれませんね」
なるほど。それならば、セーターと上手に付き合えるかもしれない。藤森少し納得しました。
藤森にペットは居ませんが、時折、藤森のアパートを訪ねてくる、近所の稲荷神社在住の、不思議な不思議な餅売り子狐が1匹おるのです。
静電気は気になるものの、スタッフさんいわく、「これは静電気が起きにくい素材です」とのこと。
手芸は不慣れな藤森ですが、そこはまぁまぁ自分なりに、頑張って、ハサミで切ってかぎ針で少しだけ編み直して、セーターをリサイクル。
1着のリユース毛糸セーターから、子狐用の腹巻きモドキ1個と、毛糸タワシに似た何かを複数個、
それから、子狐が遊びそうな毛糸トンネルひとつを、なんとか、作成、したつもりだったのですが。
藤森のアパートの近くにある、稲荷神社在住の子狐は、それら全部がおもちゃに見えたようで。
「えい!やあ!おりゃー!」
藤森のアパートにその日もやって来た子狐は、
まず本題として、藤森に稲荷のご利益ゆたかなお餅を2個ほど売って、おはなしして、
藤森が腹巻きを作ってくれたと聞いて大喜び、
「ぶんぶんぶん!えいやぁ!」
したのも束の間、腹巻きを藤森に付けてもらった途端、他の毛糸オブジェクトがあんまりにも振り回しやすそうな形をしておりますので、
毛糸タワシも、毛糸トンネルも、全部、ぜんぶ、
「どうだ!まいったかぁ!!」
噛んで振り回して引っ張って、バチクソ元気に遊び始めてしまったのでした。
ところで、子狐のふかふかモフモフな毛がなんとなく、ピンと立っているように見えますね。
気のせいでしょうか。 いいえ、静電気です。
「静電気が『起きにくい』」は「起き『にくい』」であって、「起き『ない』」ではありません。
知ってたのです。 知って、いたのです。
「んんん、ばちばち、してきた!」
遊びざかりのコンコン子狐、静電気で毛が立つのも、パチパチ鳴るのも楽しいらしく、上機嫌。
セーターの腹巻き付けたまま、見て見てと尻尾を振り回し、ポカン顔の藤森目がけて、
めがけて……?
「待て子狐、待っ……、ステイ!!」
パチパチ、バチバチ!
稲荷の不思議なチカラで増幅された静電気は、稲荷のコンコン御狐パワーに変換されて、子狐のまわりに小さな小さな、美しい稲妻の火花を咲かせます。
痛そうです。 だって、静電気です。
「待てと!言っているだろう!こぎつね!!」
案の定、パチパチ御狐スパークに触れると、
やはり、元々静電気だったところの火花は痛い。
なのに子狐、藤森が遊んでくれていると思ったのでしょう、追いかけっこを始めます。
最終的に5分ほど、子狐と藤森は防音防振アパートの一室で運動会。藤森は完全にヘトヘトです。
逆に子狐は大満足。セーターの腹巻きも、毛糸タワシも全部ぜんぶ、貰って帰りましたとさ。
「去年は『伏線が回収されて、ハナシがオチていく』ってネタで書いたわな」
気温がストンと落ちる、次々候補者が落選していく、食器の汚れがみるみる落ちる。
「闇堕ち」は少し違うかもしれない。某所在住物書きは「落ちる」にくっつくであろう言葉を探しながら、今後の気温分布を1週間程度確認している。
東京は水曜日頃、今まで少し落ちていた気温が逆に上がって、20℃に届きそうな予報。
「逆バンジー」は、「逆に落ちる」と読んで、今回のお題に使用することは可能だろうか?
「……いや無理よな??」
――――――
最近最近の都内某所、某稲荷神社の敷地、日中。
お題回収役の乙女を後輩、もとい高葉井といい、
11時58分まで拝殿で熱心に手を合わせ、
59分頃にスマホを取り出し、ディスプレイをタップタップ、タップ。ロックを解除する。
12時を少し過ぎたあたりで6通のメール。
抽選結果の告知である。
「どうか、どうか……!!」
高葉井には約10年の付き合いの推しがあった。
元々同人小説原作の同人ゲームから始まったそれは、コミカライズされ、ソーシャルゲームにも進出。
「公的機関に似た組織が、異世界同士の渡航・交易・問題解決等々の調整をしている」という背景が刑事ドラマと良い相性で、実写化の打診があった。
申し訳程度の原作要素と無駄に付与された恋愛シーン、事件パートにより、却下されたとか。
で、そのゲーム内に登場する、人気キャラクターの持ち物を、原作者監修で完全再現したファンアイテムの、早期抽選販売である。
最終的には後日、3ヶ月後の見通しながら、公式のネットショップより購入可能となる。
高葉井はこの抽選購入キャンペーンの中の、
己が信奉している非公式カップリング2名が
劇中で実際に使っている名刺&カードケースと、
実際に使っているタバコケースorマネークリップ、
実際に略、市販の替え芯が使えるボールペンを、
それぞれ2個ずつ、すなわち実用と保存用で応募。
結果はお題のとおり。落ちていく。
名刺も、タバコケースも、ボールペンも、
どのメールにも、「ご用意できました」が無い。
「終わった……」
膝から崩れ落ちるのもまた、お題回収。
惨敗であった。3ヶ月待機確定であった。
わぁん。コンちゃん。
コンちゃんの稲荷神社でお祈りしたのに、応募ぜんぶ、落ちちゃったよ。さびしいね。
稲荷神社在住にして、エキノコックス・狂犬病対策済の子狐が、参拝者を嗅ぎつけて高葉井に突撃。
尻尾をぶんぶん、扇風機のごとく振り回し、高葉井の鼻をあごを、ペロペロ、ぺろぺろ。
己の腹なり頭なりを撫でてくれる優しい乙女を、ドチャクソに舐め倒す。
子狐は高葉井の匂いから、落胆と敗北と、その他やり場のない感情とを知覚していたが、
ぶっちゃけ子狐にとって、ファンアイテムの抽選販売とその当落結果は何の意味も為さない。
ただただ賽銭よこせと、頭を撫でろと、コンコン、じゃれて甘えて幸福に、腹を見せるばかり。
「そうだよね、コンちゃん。元気出さなきゃね」
コンコン。キツネ、そんなこと言ってないよ。
「早期の抽選って、だけだもんね」
こやん。知らないよ。それよりお賽銭ちょうだい。
「よしっ!こうなったら私、実用と保存用と、実用のスペア買えるように、お金貯める!!」
くわぁっ!なでなで!お賽銭!お揚げさん!!
落ち込むのも一瞬なら、立ち直るのも一瞬。
新しい目標を見つけた高葉井は、すぐ立ち上がり、膝や上着に付いた枯れ葉も構わず、
スッと後ろを向いて、稲荷神社から出ていこうと、
「わっ、」
「おっと!」
一歩踏み出したところで、後ろに居たらしい「誰か」――聞き覚えのある男声の持ち主にぶつかった。
「すいません、ごめんなさい」
それにしても本当に、「親の声より聴いた声」である。誰とぶつかったのだろう。
距離をとり、深々と詫びの礼をして、
高葉井が頭を上げて、ぶつかった相手を見ると、
「あれ……?」
おかしいな、おかしいな。目の前に、「自分が推しているゲームキャラクター」のひとりにバチクソ似ている男が――タバコケースの方のひとがいる。
夢かしら。 夢落ちであろう。
一連のすべては夢でしたという結末に、それこそ、「落ちていく」のだろう。
「わ……わぁ……」
夢にせよ現実にせよ、突然現れた最高解像度の推しに、高葉井の信仰心のダムは決壊。
気付けば自分のアパートのベッドの上であった。
「夫婦箸、夫婦茶碗、夫婦喧嘩は犬も食わぬ。
夫婦は二世、とかいう言葉もあるらしいな」
おしどり夫婦の「オシドリ」、実は、ってハナシは聞いたな。某所在住物書きは「夫婦のことわざ」の検索結果をスワイプしながら、ぽつり。
「夫婦は合わせ物離れ物」の説明に納得している。
物書きはリアル世界での「幸せな夫婦」」を見たことがなかった。それらはすべて、物書きにとって、創作上の概念であった。
「夫婦なぁ」
物書きはため息をひとつ吐いた。
悪魔ベルフェゴールは、「幸福な結婚なんざねぇよ!」と結論付けたそうである――では反論は?
――――――
最近最近のおはなしです。前回投稿分より少し過去、だいたい数十分前〜1時間前。
つまり、日がとっぷり暮れた夜のおはなしです。
都内某所、某稲荷神社近くの路地に、■■■年前から続く手押し屋台のお店がありまして、
そこはお酒がバチクソに大好きな店主が、お酒にバチクソ合うおでんとラーメンを、お酒と一緒に出しておったのでした。
しかもその屋台、裏サービスとして、自分で持ってきた食材の煮込み代行までしてくれるという。
なかなか不思議で、おもしろい屋台なのでした。
なのに人間の客がとんと来ない。
さて。その日も近くの神社から、1組の夫婦が鍋ひとつ抱え持って、するり、するり。
屋台ののれんの中へ、吸い込まれていきます。
「こんばんは」
夫婦が長い付き合いの、屋台の店主にご挨拶。
「今日は、これを煮込んでくれませんか」
お鍋に入ったいくつかの食材を、そのまま店主に渡しまして、それから今まさに食べる分、飲む分の、お酒に餅巾着なんかも注文してから、
どろん! なんと店主の前で狐に化けたのです!
「狐に、『化けた』?」
いいえ、いいえ。逆ですの。嫁狐さんが言います。
「この姿が、私達の本性なのです」
つまりこの屋台、「人間の」客がとんと来ないのです。「人外の」客に人気なのです。
稲荷神社の御狐夫婦、それぞれ好きなお酒と好きなおでんを貰って、裏サービスの煮込み代行が終わるまでの間、仲良く食事を、しょくじを……?
「あのね。わひゃひは、私は、あなたが『お嫁さんになってあげましょう』と言ってくれたことで、
あの日、どれだけ、うれしかったことか……!」
食事をする前に、お酒にバチクソ弱い夫狐、さっそく酔っ払ってしまったらしく、
数分〜十数分で一升瓶を店主から貰い、両手もとい両前あんよで器用に抱きしめて、
ぺろぺろ、ペロペロ。おちょこの中身を舐め始め、
「わひゃいぁ、わたしは、あなたを、ずーっとずーっと、一生、幸せにしてみひぇるっ!!」
ともかくお嫁さんに対する感謝と、幸せへの約束とを、一生懸命話し続けるのでした。
対してコンコン嫁狐さん、「はいはい」「お酌しましょうか」と淡々。聞き飽きておるのです。
この夫狐、ともかく嫁狐を愛しており、嫁狐の前で酔うたびに日頃の感謝をコンコン、鳴くのです。
「おしゃくっ!あなたこそイッコン、どうぞ」
お酌の言葉に夫狐、大事に抱えておった一升瓶を、ふらふら、フラフラ。嫁狐のコップに入れたがります。ともかく尽くしたいのです。
「あなた、ちゃんと、おでん食べ終えて帰る頃には、『酔醒まし』舐めてくださいね」
「はいっ!わたしは、あなたを、かならず日本でイチバン幸せな、お嫁さんにしてみひぇます!」
「そんなこと話していませんよ。酔醒ましです」
「ひゃいっ!お稲荷寿司!」
あーあー。完全に、出来上がっていますね。
淡々々の嫁狐の皿に、ぐでんぐでんの夫狐、自分のとこの稲荷寿司をお引っ越し作業。
しまいには夫狐、嫁狐にここコォンコォン、毛づくろいまで始めてしまいました。
「あなた。おでんが冷めますよ」
「ひゃい」
「お水もたまに、飲んでくださいな」
「ぁい。花のユーレーさんに任せっきりにしないで、私も参道の草むしり、やります」
「酔醒ましのアザミ、鼻に突っ込んでよろしい?」
「ぁぅ?」
べろんべろんべろん。
嬉しそうに、幸福そうに、ひとしきり嫁狐を毛づくろいしたコンコン夫狐。満足したのかニッコリ笑って、またお酒の入ったおちょこを、ペロペロ。
一升瓶抱きながら舐めています。
「こんばんは」
ここでようやくおはなしが、前回投稿分に接続。
「テイクアウトを、お願いしたいのですが、」
狐夫婦がオノロケしているおでん屋台に、人間の準常連候補なお客がやって来ました。
「ほら、あなた。例の人間のお客様ですよ」
人間が来た後でも、構わず夫狐はぐでんぐでん。
人間相手に、お嫁さんの話をし続けましたとさ。